1-10.葬送カンタータ
彼らの神々はどこにいるか、
彼らの頼みとした岩はどこにあるか。
彼らの犠牲のあぶらを食い、
灌祭の酒を飲んだ者はどこにいるか。
立ちあがってあなたがたを助けさせよ、
あなたがたを守らせよ。
今見よ、わたしこそは彼である。
わたしのほかに神はない。
わたしは殺し、また生かし、
傷つけ、またいやす。
わたしの手から救い出しうるものはない。
わたしは天にむかい手をあげて誓う、
わたしは永遠に生きる。
(申命記第三十二章より)
一七九〇年二月二十日。
ボンのオペラ・シーズンが終わる頃、ウィーンでヨーゼフⅡ世が死んだ。
「ありゃ、毒殺に違いないぜ」
「ああ、きっと誰かが……」
いつも革命だかカントだかに熱狂している教室も、この日ばかりはこの話題で持ち切りだった。革命の波が、ついにフランスからドイツに流れ込んだのだと、皆信じたがっていた。
そんなうるさい教室の片隅で、ぼくは五線紙を持ち出し、『ヨーゼフⅡ世に寄せる葬送カンタータ』のスケッチをし始めた。と言うのもレストラン兼書店の「ツェーアガルテン」で知り合った読書協会の連中から依頼があったからで、こんな仕事を引き受けたのは、ぼく自身、ヨーゼフⅡ世の思い出を書き残しておきたいと思ったからだった。
思い出と言っても、それはあくまで印象に留まる。彼とはウィーンに行ったときにたった一度話したことがあるだけだ。
スヴィーテン男爵邸での音楽会のとき、彼は側近も連れずにたった一人でやってきた。しかも平民の格好でだ。でも、彼が皇帝だということは、それ以前に顔を見ていたのですぐ分かった。彼はモーツァルトを愛していた。彼女の音楽だけではなく、彼女自身を愛していたのだ。
そのことで警戒心丸出しだったぼくに対して、彼は気さくに話しかけてきた。
「この世界についてどう思う?」
という彼の問いかけに、
「革命間近ですね」
と率直に答えた。彼は怒るかと思ったが、上辺だけとはいえ、ぼくの意見に賛同したのだ。
彼の印象を一言で言えば、どこか冷たい、では済まない、冷血、とすら感じた。頭が切れ過ぎるところが顔に仕草に現れていた。しかし彼の言動から感じ取るところで言えば、学問の上での正しさをひたすら追究している進歩的な人物のようだった。読書協会に対しても、理解があったというのだからすごい。
説明があとになったが、この読書協会というのは、秘密結社『光明会』の別名だ。秘密と言っても以前は結構堂々と活動していた革命思想団体だったのだが、何しろこういうご時世なので、三年前、表向きには今の当たり障りのない名前に変わったという。
と、そこでおせっかいな奴が「おい! ルイが何か書いてるぞ」と、大声で人を呼び集めてしまう。
「一人にしておいてくれ!」
と怒鳴ると、彼らは静かに散っていったが、もうぼくの音楽的創造の源は怒りに妨げられてグチャグチャになっていた。
「くそっ!」
ぼくは苛立って五線紙を引きちぎると、そのまま学校を出た。もう授業を受ける気になどなれなかった。今何をしても滅茶苦茶になることが見通せたので、しばらく森の中をうろつき回って過ごした。
自然の優しさに慰められて、ようやく気持ちが落ち着くと、改めて、彼、ヨーゼフⅡ世のことを思い起こそうとした。だが、そうするまでもなく、彼の方からその洗練された姿で間近に迫ってくる。彼はぼくにとっても大きな存在だった。だからなのか。
ぼくはヨーゼフII世に取り憑かれたまま、例のレストラン「ツェーアガルテン」に入った。するとそこには医師のクレーヴェルトがいた。
「やあ、ベートーヴェン君」
「お久し振りです、というのも変ですね。よく会っていますから」
ブロイニング家での彼との議論のあと、いつぼくの演奏を聴いたのかと尋ねると、宮廷のオルガンを聴いたのだと言う。最近こういうファンが増えてきた。
「ヨーゼフⅡ世がついに亡くなったな」
と彼はむしろ喜ばしげに言った。
「ええ、大学内もその話ですっかり盛り上がっていますよ。あまりにうるさいんで、ぼくは早退しました」
「カントの話もそっちのけでかね?」
「ああ、やめてください。その名は聞きたくない」
「はっは、君は反対派か。しかしこのブームでは彼についての講義も多かろう」
「多いどころか、猫も杓子もカントですよ」
カントとは、イマヌエル・カント。現在六十五歳のドイツの哲学者だ。彼の著書は多数ある。『純粋理性批判』『哲学序説』『道徳形而上学原論』……最近では『実践理性批判』という論文が発表されたばかりだとか。
だがぼくはそれらを一冊も読んでいない。読む気もない。教授や人が話していても意識して聞かないようにしているから、内容は全く知らない。
「なぜ彼を嫌うんだね?」
とクレーヴェルトが他の連中と同じことを聞いてきた。
「別に嫌っているわけじゃありません。ぼくが避けているのはカントだけじゃありませんよ。今は誰の影響も受けたくないんです。一人で考えたい」
「はっは、なるほどね。君らしい方針だ」
と、やたら大笑いされているところに、カール・マルクスがやってきた。彼はかなり年上の友人で、選帝侯の宮廷出仕のオーストリア大使の私設秘書をしている男だ。
「ヨーゼフⅡ世が死んだんだってな」
と彼の第一声もこれだった。ぼくは内心溜め息をついたが、しかし彼は他の連中とは少し違っていた。
「彼は理想的な君主だったらしいね。民の心を理解するよう努めたばかりじゃなく、すべての民に人間として心得るべき教育が行き届くように尽くした人だったっていうじゃないか。オーストリアも惜しい人を亡くしたものだ」
と目線を真っ直ぐに空に向けて言う。そこにヨーゼフII世を見ているかのように。この革命熱に浮かされた時代では珍しく冷静な見解だった。
「ルイ、おまえ三年前ウィーンに行ったんだったな。ヨーゼフⅡ世には会ったか?」
「ああ、会うには会ったが」
「噂通りの人に見えたか?」
「いや、それ以上に優れた人物だったよ。市民を思いやりながらも、自分の定めた規律に対しては冷徹な感じだったな」
「そうか、今の時代ではおかしな言い方になるが、彼は理想的な権力者だったわけだ」
「と言うより彼は、たぶん権力者とはどうあるべきかをいつも考えて振る舞っていたんだろうと思う」
「すごいよな。恵まれた環境にある者はたいていそれにたぶらかされるものだが、彼は違ってたってわけだ」
マルクスはどんな細かな事件も大袈裟に捉えようとするところがぼくと似ていた。少し目立った事件でもあれば、それに対する自分の立場をはっきりさせずにはいられないのだ。それも、ぼくと同じで、安易な世評に巻き込まれたくないという考えのもとでのことらしかった。
彼はこの件についていろいろ語った末に、
「たとえ全世界の支配者であろうと、善意の大いなる法則を自分の中に見出さない者は、ぼくにとってはただの愚か者だ。豊かさは、精神の貴族に与えられてこそ意味を持つ」
と、まるで革命思想とカントがごっちゃになったようなことを言い出したので、ぼくはつい口を挟んだ。
「マルクス、君の言うことは正しいし、うなずけるよ。しかしここで豊かだの貧しいだのという環境論を持ち出すのは間違いだ」
「なぜだ? 個人の持つ信念がその環境に屈するか屈しないかは重要だ。ヨーゼフⅡ世が環境に屈しなかったことは賞賛に値するだろう」
「そのことについてはぼくも同意見だ」
「そうだろう? すべての人間は、どんな環境下に置かれていようと、いかなる法則にも縛られず、自分にできることは何でも許されたものとし、自分が正しいと見なすことを成すために働くべきなんだ。これを成し遂げた者こそが本当の貴族と言えるんだ」
「だが、ぼくたちは実際、いつも環境にたぶらかされていやしないか? 今回の革命だってそうだ。物質的な豊かさにこだわりすぎてる。だが、物質的な豊かさなんて報酬にも値しない。精神が豊かであればそれでいいんだ。王も乞食もない。どんな状況下に置かれていようと、しない者はしないし、する者はする。ヨーゼフⅡ世は偶然目立つところにいたというだけだ。ぼくたちが語るべきは、彼が皇帝としていかに優れていたかではなく、人間としていかに優れていたかだろう」
それからぼくたちは、とことん議論し合った。物質の価値を信じ譲らない彼とは最後まで折り合えなかったが、議論、というもの自体を好むぼくは、おかげですっかり調子を取り戻すことができた。
店の中から、学校帰りのアヴェルドンクが通りかかるのを目にしたとき、ぼくは、あることを思い付いて店を走り出た。そして彼を掴まえる。
ぼくたちはブロイニング家に向かった。できるだけ早く落ち着ける場所が欲しかった。ぼくの望む通りの場所を用意できるのは、この世でただ一人、ブロイニング夫人だけだったから。
彼女はいつものように、ぼくのために美しい花に虫が付かないような環境を整えてくれた。
なんのためにそれが必要だったのか? 『ヨーゼフⅡ世に寄せる葬送カンタータ』を作曲するためだ。ぼくとアヴェルドンクは、まず作詩から入った。彼が趣味で詩を書いているということを知っていたので、ぼくはヨーゼフⅡ世のイメージを彼に伝え、彼がそれを詩にした。ブロイニング家でのその作業は数日かかったが、立派なものに仕上がった。その詩の内容は途轍もなく壮大にして深淵だった。
一匹の巨大怪物、その名は狂信
地獄の深みから這い上がり出で……
大地と太陽のあいだに体を伸ばし
そして闇夜をもたらした!
そこで神の力を身につけたヨーゼフ現れ
暴れ狂う怪物を引き裂いた
天と地のあいだで!
そして頭を踏みつけた
ここで静かなる平和のうちに眠っている
偉大なる忍耐の人、
ただの一度たりと
傷を受けずにバラを手折ったことのない人
偉大なる忍耐の人、
その広き心の下に
人間の幸せを願うが故の苦痛を
人生の最後の日まで背負い続けた人
「素晴らしいよ。ありがとうセヴェリン。何も言うことはない」
ぼくは心からアヴェルドンクに礼を言った。それからあとは一人になりたくて、その日はもう彼には帰ってもらった。
一人きりの広い部屋で、ぼくはヨーゼフⅡ世の姿をまた思い浮かべる。地味な身なりをして、側近を一人も連れずに自由に町を歩いていた。彼がその内に秘めていた自信と実力は、いわゆる王らしきものを超えていた。ひたすら神に近付くために、完全体に近付くために、人生のすべての時間を費やし、最後まで志を手放すことなく貫いた。彼の高貴な魂は、自分を助くることではなく、民を助くることのみに費やされた。
だが、その行動はあまりに正し過ぎて、「こうあるべき」世界を実現させることはついに叶わなかった。
今、皇帝というしがらみから脱した英雄よ! あなたは理想に生き、死を超えた今は神の座にある。
ああ、王座につくすべての者よ! そこから我々が見えるだろうか。ここにいる小さなぼくを見てくれ。あなたがたをそこに押し上げた力が、今のぼくには必要なのだ。
新しく見出すたびに、かつて見出したものを失い……何もかも失ってしまいそうだ。ぼくには何をどうする力もない。絶対的なものが何も見出せない。未だに迷いと衝動を繰り返している。
「不滅の精神なる君……幸運なる墓よ」
全力を尽くして人生を生き、そして死なねば得られないものがある。天上の王座。不死なる魂。永遠の芸術。ぼくはそれを目指していきたい。
そのためにも、ぼくはこの作品を完成させる。これで、真実を愛する者はまた一人、友を得たのだ。
【参考文献】
★『ベートーヴェン』(上)(下)
メイナード・ソロモン著 徳丸吉彦、勝村仁子訳(岩波書店)
★『ベートーヴェンの生涯』(上)(下)セイヤー著 大築邦雄訳(音楽之友社)
★『ベートーヴェンの生涯』青木やよひ著(平凡社)
★『ベートーヴェン 生涯篇』属啓成著(音楽之友社)
★『ベートーヴェン書簡選集』小松雄一郎訳(音楽之友社)
★『ベートーヴェンの虚像をはぐ』武川寛海著(音楽之友社)
★『古代の宇宙論』
C・ブラッカー、M・ローウェ編 矢島祐利、矢島文夫訳(海鳴社)
★『世界創造の神話』
M=L・フォン・フランツ著 富山太佳夫、富山芳子訳(人文書院)
★『ギリシアの神々』曽野綾子、田名部昭著(講談社)
★『ギリシア・ローマ神話事典』
マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル著
木宮直仁、西田実、入江和生、中道子、丹羽隆子訳(大修館書店)
★『プロメテウス―ギリシア人の解した人間存在』
カール・ケレーニイ著 辻村誠三訳(法政大学出版局)
★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ベートーヴェン』(音楽之友社)
★『作曲家別 名曲解説ライブラリー ハイドン』(音楽之友社)
★『コンスタンツェ・モーツァルトの結婚―二度ともとても幸せでした―』
〈音楽選書65〉
ヴィゴー・ショークヴィスト著 高藤直樹訳(音楽之友社)
★『シカネーダー伝―『魔笛』を書いた興行師』原研二著(新潮社)
★『現代医学のみた大作曲家の生と死 ハイドン/モーツァルト』
アントン・ノイマイヤー著 礒山雅、大内典訳(東京書籍)
★『ハイドン(1970年)(永遠の音楽家16)』
ピエール・バルボー著 前田昭雄、山本顕一訳(白水社)
★『モーツァルト』メイナード・ソロモン著 石井宏訳(新書館)
★『比類なきモーツァルト』
ジャン=ヴィクトル・オカール著 武藤剛史訳(白水社)
★『ベートーヴェン事典』平野昭、土田英三郎、西原稔編著(東京書籍)
★『ベートーヴェン大事典』
バリー・クーパー著 平野昭、横原千史、西原稔訳(平凡社)
★『モーツァルト大事典』ロビンズ・ランドン監修 海老澤敏訳(平凡社)
★『ベートーヴェン全集』(講談社)




