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比翼のエリス  作者: 帯川 葬


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7/7

世界を断つ爪

ナナの魔法発動時における、ナナの「手足がなくなる」という表現を「ブリキの手足になる」に変更します。

 サッカーコートほどの広さがある戦闘訓練空間────闘技場(アリーナ)。そのフィールドはあるエリスの魔法で作られており、爆破や衝撃、超高温にも耐えられる。


 模擬戦闘や訓練、はてにはエリス同士を戦わせることさえある闘技場(アリーナ)はつまるところ、施設内で唯一、暴れることが許可されている場所というわけだ。


「本当にここまでする必要があったんですか?」


 闘技場(アリーナ)二階部分。フィールド全体を見渡せるその場所で、儘螺は不安げにこぼした。


「なにがだ?」


 火種の視線の先には二人と二匹が向かい合わせで佇んでいる。


「雛織君です。聞けば彼、ついさっき初めて魔法を使ったそうじゃないですか。それまで戦闘経験のない人が、獅子葉さんに通用するとは思えません。ましてやそこに轟く者(フォルアレン)も加わるとなれば……尚更……」

「たしかに、獅子葉の格闘訓練のスコアは特務室内でも頭一つ抜きんでている。そこにエリスの力が合わされば等級(クラス)Cはくだらないだろうな」


 火種はガラスを撫でて小さく笑う。その姿に儘螺は疑いの目を持って再度問う。


「ではなぜ組ませたんですか……」

「言っただろう?我々の目的は終幕個体エンディングナンバーのデータ採取。魔法に始まり、成長率の概算チェック、ストレス下における脳波の揺れ、欲求の有無、免疫システムの管理方法、会話パターンに至るまで、彼女の全てが価値の高い情報だ。だからこの模擬戦闘の結果はそれほど重要ではないのだよ」

「……フォルアレンの親和性チェックの話は」

「あれは雛織を口説くための嘘八百だ。ま、効果はなかったがね。現時点でフォルアレンに暴走の可能性は無いよ」

「悪い上司だ。最悪このマッチアップは死人が出ます」

「出させないさ。それに案外、いい勝負になるかもねお互い憑依型だし」


 ◆◆◆◆


 最悪だ。


 僕は今までの出来事を反芻し、頭を抱えていた。


 エリスの少女を助け、身分を偽っていた偽教師に拾われ、その先で金に目が眩んで戦闘?はっ、まったく最低なお笑いだ。全く面白くない。自分の愚かさに心底呆れる。


 汚れた制服を預け、ピチッとしたボディスーツに着替えた僕はその感触を確かめて、今一度相手を見据える。


 相対するのは同い年くらいの桃色髪の少女。確か獅子葉とかいったっけ、そしてそれにぴったりと張り付くのは燃える(たてがみ)を持つ獅子。よく見ればその腹には剣が刺さっている。


 しかし女が相手か、色んな意味でやりずらいな。


「ね~君~」


 僕が嘆息をこぼした時、獅子葉が猫耳のように立った髪を直しながら呼ぶ。


「なんだ?」

「今モモのこと舐めたでしょ~。そういう匂いしたニャ」


 匂いだと?ふざけてるのか?


「……だったら?」

「そういうやつは全員”分からせる”って決めてるニャ。終幕個体(エンディングナンバー)がどうとか関係なく、ニャ」


 二ヤリと口角を上げる獅子葉の顔に影が入った。すっかりやる気のようだ。


「ゆう。戦う、の?」


 僕を見上げてナナは首を傾げる。


 獅子葉も僕と同じで、獅子型のエリスとバディになったばかりのはず。なら……ある程度勝負にはなるだろう。まったく乗り気じゃないが、ここまで来てしまったからには給料分は働くとしよう。


「ああ、やる」

「ん。どれ、ほしい?」


 僕が答えると、ナナは体を差し出すようにスッと両手を広げた。

 どれでも持っていっていいと言うその顔に、僕は覚悟を決めて答える。


「両腕」

「分かった」


 ナナが答えると同時、彼女の両腕が光に包まれ収縮していく。そしてその光は白銀の骨となって僕の腕に憑依した。


『二人とも~そろそろ始めるよ!準備はいいかな!?』


 闘技場(アリーナ)にエインスの声がノイズに乗って響く。

 そんな中、獅子葉はトーントーンとジャンプを重ねて薄く笑う。


「綺麗だにゃ~その腕。モモも俄然、燃えてきたニャ。でも、モモはフォルアレンなしでやる」

「あ?」


 僕はナナをフィールド外に出した後、獅子葉を睨む。


「モモは弱い者いじめはしない主義なんだニャ。あ、でも君は終幕個体(エンディングナンバー)ちゃんの魔法使ったままでいいよ。どうせモモが勝つしニャ~」

『じゃ~いくよ~!!』

「まだ使役して間もないから使うの怖いってだけだろ?何イキってんだ」

「はあ?お前ごときにエリスの力を使うまでもないんだニャ!黙ってろ!!」

『さ~ん』

「やけに早口だな。図星か?」

『に~』

「ぐっ……。も~怒ったニャ!意地でもエリスは使わないニャ!」

『い~ち』

「お前のエリスの力を測るって話はどこへ行ったんだか……」

「うるさい!!」

『ゼロッ!やりすぎはダメだからねっ!!』


 響くは開始の合図。瞬間、前方に見えた獅子葉の姿が揺れた。


「速攻!ニャッ!!」

「チィッ!」


 開始と同時に繰り出される獅子葉の超速の飛び蹴り。なんとか反応した僕は両腕でそれを受ける。


「まだまだぁ!」


 だが、獅子葉は体が宙に浮いた状態から、まるで曲芸師のようにくるりと回転。そして、延伸力を利用した回し蹴りが僕の肩にめり込んだ。


「づぅっ━━━━!!」


 くそっ!もろにくらった!


 獅子葉に弾き飛ばされた僕は、転がった体を起こそうと手をつく。その時、目の前にかかった影に、僕はほぼ反射で体を捻る。


 瞬間、獅子葉の蹴り上げた足が耳の横を掠めた。


「にゃっ!今の避けるのは凄いにゃあ」


 間一髪で回避に成功した僕は、そのまま起き上がり距離を取る。一連の動きで息は上がりっぱなしだ。


「チョロチョロ避けてたらいつまで経ってもモモに勝てにゃいよ。その綺麗な腕を上手く使わないとっ!」


 言うなり、獅子葉は床を蹴って距離を詰めてくる。


「チッ、分かってんだよそんなこと!!」


 僕は咄嗟に右腕を振り上げる。刹那━━━━大気を震わせる衝撃を乗せて床が抉れた。床から天井まで迸る、五筋の亀裂。まるで巨大な爪に切り裂かれたかのような痕跡に、僕は放心する。


「は……」


 僕がやったのか?


「にゃ、なんにゃその魔法(ちから)!反則にゃ!!」


 フォルアレンに助けられ、危機一髪で避けたらしい獅子葉が吠える。


 反則……。確かに今のが斬撃を飛ばす能力なら、危険この上ない。おまけに……この暴力的な威力。


なるほど、確かに反則だ。だが、なんにせよ。


「これで、形勢逆転だ━━━━!」


 拳を握り、確かな勝ち筋を見出して僕は獅子葉を見据えた。


「ぐぬぬ……。離してフォルアレン!モモはあいつを懲らしめなきゃいけないにゃ!!」


 胴を咥えられた獅子葉が僕を指さす。だが、獅子型のエリス。フォルアレンは彼女を離す気はなさそうだ。


「どうしたんだにゃフォルアレン!いいから離すにゃ!」

「グルルルル……」

「なんでなんでにゃ!!行かせろにゃ!!」

「ガウウウウウウウウウウ!!」


 獅子葉がフォルアレンの顎をガンガンと叩く。だがフォルアレンは意地でも離そうとしない。


 その姿に獅子葉がハッとした顔でこぼす。


「まさかお前、モモを引き留めてるのかにゃ……?」

「グルル……!」

「フォルアレン……。確かに、生身じゃキツイ相手にゃ……でも……」

「いい加減にしたらどうだ」


 プライドが邪魔しているのか、フォルアレンの力を使おうとしない獅子葉を、僕は急かす。


「お前だけじゃ勝てないのには気づいたはずだ。だからそいつも引き留めてる。何をそんな意地になってんだ?あ、もしかし……まだ怖いのか?」

「ああ!?そんな訳あるかにゃ!!分かった、分かったよ使えばいいんだにゃ!?」


 煽りを込めた僕の言葉に、獅子葉は額に血管を浮かべて叫んだ。


 やっとやる気になったか。こうでも言わなきゃ頑なにエリスを使おうとしなかっただろうからな。契約不履行で給料食いっぱぐれるのだけは勘弁だ。


「行くにゃフォルアレン!お前の全部、モモによこすにゃ!!」

「グルルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ━━━━ッ!!」


 フォルアレンから解放された獅子葉の叫び。

 それに呼応するのは当然フォルアレンだ。大地を軋ませる咆哮が闘技場(アリーナ)中に響きわたる━━━━。


 それは背に大剣を宿し、烈火の如く鬣を燃やす獅子。力と威厳の象徴であり、神の使徒と称される百獣の王は、一人の少女と融合し、その姿を変えた。


 獅子葉の手足から黄金に燃える獅子の体毛。顔は猫科らしい狭い瞳孔と長い猫ひげが伸びる。そしてぽっかりと空いた腹には大剣の柄が収まっていた。


 その百獣を統べる獅子の少女に僕は息を呑んだ。


「アチいアチい……けど、モモ今すげぇ燃えてるにゃあっ!!!オラァッ!!」


 途端、爽快な笑顔で獅子葉が床を叩いた。


 何かしてくる!?避け━━━━


 咄嗟に僕は体を捻って後退を図る。だが、僕の体はそこで硬直した。


 身動きが取れない!!一体何が━━━━!? 


 そこでようやく僕は、床が小さく揺れていることに気がついた。


 微細な振動によるスタン!?さっき床を叩いた時か!!


「にゃはっ、その顔を待ってたニャアッ!!」


 体中の痺れで指の一本も動かせなくなった僕目掛け、獅子葉は床を蹴る。そして僕の腹に先ほどの振動の乗った拳を振るった。


「ぐっ、がふっ……!」

 

 僕はなすすべなく宙に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


 その衝撃で呼吸が一時できなくなる。衝撃に強い壁だけにクッションの役割は望めなかった。体中に広がる鈍痛を堪え、僕は立ち上がる。


 搦手は予想外だった……。まさか振動を利用したスタンなんて。


「あ〜!爽快にゃ!なんなのにゃこの力!!もっと早く使っておけばよかったにゃ!!」

「くそ……舐めてんじゃ、ねぇっ!」


 はしゃぐ獅子葉目掛けて僕は右手を振るう。


 その軌道をなぞるように床がえぐれる。だが、それを華麗に避けた獅子葉は続けて拳を床に振り下ろす。


「そんな攻撃、軌道がわかればどうってことにゃい!!」


 直後、水の入ったコップに水滴が落ちたように獅子葉の周りの床が波打った。


 避けないとまずい!


 僕の本能が全力で警鐘を鳴らすその波に、僕が選んだ択は━━━━


「上だ!!」


 空中なら振動は届かない。僕は咄嗟に跳躍した。その跳躍力はとうに人のそれを超えて、高い天井にまで届きうるほどだった。


「はっ!考えなしに飛ぶなんてばかだにゃ!!着地しても振動は続く!その瞬間……に……まて。お前なんで、なんで宙に浮いたままなのにゃ!?」


 獅子葉は動揺する。目線の遥か上、空で佇む僕を見上げて。


 地から高く浮かび上がった僕は、そのまま宙に足をつけていた。脚を見下ろすと白銀の骨が憑依している。


 僕は二階部分で火種たちと共に観戦しているナナを見る。その手足は魔法発動時の代償として残るブリキに変わっていた。


 やはりナナの魔法か。助かった。


「ずるいにゃ!!一体いくつ魔法のが使えるのにゃ!!まさか……終幕個体(エンディングナンバー)ちゃんは高位のエリスかにゃ!?」

「あ?」

「エリスには序列が存在するにゃ!それは純粋な強さを示す指標。高位のエリスになればなるほど魔法の数も質も上がっていくにゃ!そして空間を断つ斬撃と空中浮遊の魔法、二つも使いやがったお前のバディは、もしかしたらとんでもなく高位のやつなんじゃにゃいか!?」


 戦慄する声で獅子葉は告げる。


 だが、序列だとかナナの魔法がどうだとか全く興味のない僕はただ笑った。


「負けた時の言い訳作りか?声震えてんぞ」

「ああ!?な訳あるかにゃ!!このっ!!」


 獅子葉の跳躍。向かう先はもちろん僕だ。


 当たったら今度こそまずいな。まあ、当たればだが。


 空間を断絶する爪は初見殺しの技だ。一度回避さえしてしまえば、その後は見切られてしまう。だから、向こうから当たりに来てもらうことにした。


 僕は一直線に向かってくる獅子葉に笑みを送る。


「向かってきてくれて助かったよ」

「にゃっ━━━まさか!?」

「そのまさかだ」


 空中で身動きは取れない。そこにここまでの加速も合わされば当然、的はその一点に絞られる。


 僕は天翔る獅子を見下ろし、その一点目掛けて右手で空を薙いだ。

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