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比翼のエリス  作者: 帯川 葬


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6/7

使役と対価

「内閣官房エリス特務室。日本国が有する極秘の研究機構だ。研究ベースはアルケーを参考にしている。だが、唯一違うのは研究とは別に捕獲の部隊が編成されているということ」


 得意げな顔でガラスの外を見下ろす火種は続けて、


「私の役割はその捕獲部隊の統率。警察や軍部隊では手に負えないエリスを、エリスの力を使って制す。そのための部隊さ」

「エリスの力を使う?」

「そうだ。お前も見ただろう?あの金髪の傭兵が蛇型のエリス────混ざる者(アスクァエナ)を使役しているのを」


 たしかにあの蛇は女の指示どうりに動いていた。でも……


「そんなことが可能なのか。そう言いたいんだろう?」

「うわぁぁぁぁ!!ラプラスぅぅぅ!そのコード引っ張っちゃだめですよぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ヒャヒャヒャッ!!こっちか!!こっちだな!!」

「ちょうどきたようだ」


 どこからか高い声の叫びと楽しげな声。

 すると、後ろのドアが突然開き、巨大な翼が視界を覆った。


 それは大鷲型のエリス。雪がくすむほど美しい銀色の羽。肉を断つには十分すぎるほど鋭利な爪。体には所々、苔色の龍の鱗。そして瞳からは鹿のような角が伸びている。


「紹介しよう。儘螺(ままら)モノくんとそのバディ、ラプラスだ」

「ギャハハッ!!広っ!!広っ!!探索していいかモノ!!」

「ダメに決まってるでしょ!!」


 儘螺と紹介された少年は、顔の半分ほどある黒縁の丸眼鏡をかけた、ボサボサになったおかっぱ頭が特徴的なやつだ。


 手元には、申し訳程度の黒いリードが大鷲型のエリスへ伸びている。手綱なのだろうが、そのヒョロヒョロの身体じゃ引きずられて当然だろうと、僕は若干呆れた。


「時間通りだなえらいぞ」

「火種さん!!バディなりたてのラプラスを連れてこいなんて無茶言わないでくださいよ!!ここに来るまでフロアの壁やら備品やらを何度も破壊したんですよ!!ああ……どんな処分が待っているのか考えただけでも震えが止まらない……」

「安心したまえ儘螺!懲戒解雇にはならないよう働きかけといてやる!」

「全責任を負ってくださいよ!!」

「嫌だよ。なんで私が」

「指示したの火種さんでしょ!!」


 僕そっちのけで会話を始める火種たちだが、ふと儘螺がこちらに気づく。


「そちらの方は?」

終幕個体(エンディングナンバー)ちゃんとバディの雛織悠くんだよ」

「ああ、そうですか初めまして僕は…………今終幕個体(エンディングナンバー)って言いました?」

「言ったよ」


 さらりと火種が答える。途端、儘螺の丸眼鏡にビシッと亀裂が走った。


「はああああああああああああああああ!?」


 気弱な姿からは考えらないほどの叫びに、僕はうるせぇと声をあげたくなるのをぐっと我慢する。


「あああああああ……あの怠惰で真っ先に名前が上がる火種さんが終幕個体(エンディングナンバー)を回収!?まぐれですか!?まぐれでしょう!!絶対に!!」

「ふふ、お手柄だろう?」


 散々な言われようだが、当の火種は得意げな顔で無い胸を張っている。


 なんだこいつら……。


「と、とゆうか!雛織くんでしたっけ!?終幕個体(エンディングナンバー)のバディになったって……一体何を代償にしたんですか!!見たところ五体満足で済んでいるようですけど……」

「あ?代償?」


 詰め寄ってきて何をごちゃごちゃ言っているんだこいつは。


「先の説明がまだだったな雛織」


 目を顰める僕に火種は白衣を翻し、続ける。


「まず、エリスには二つの分類がある。理性体と……それ以外だ」


 火種は指を一本二本と立てて語る。


「理性体はその名の通り、ある程度の理性を有し、こちらの意図を汲み取ることができる個体のことを言う。そして……意志の疎通が可能と言うことは当然、取引も可能と言うことだ」

「取引……。だから代償がどうとか言ってたのかこの幸薄騒音野郎は」

「幸っ……はいぃ!?」

「そう言うことだ。おいラプラス」

「あいあーい?」


 バタバタとそこら中を飛び回り、ケーブルでぐるぐる巻きになったラプラスが呼ばれるままに寄ってくる。


「お前、儘螺は好きか?」


 羽をスッと羽を仕舞い、静かにフロアに降り立ったラプラスに火種が問う。


「当たり前さ!!モノは蜂蜜をくれるし遊んでて飽きねぇ!!それに────寿命を三分の一もくれたんだ。好きじゃないなんて言ったら嘘になるぜ」


 ガパッと大きく口を開け、愚問とばかりにそう言い放った。瞳がないため感情が推し量りづらい。だが、口から漏れている潰れたような笑い声は心底楽しそうだ。


「理性体は言うことを聞く代わりに、それ相応の対価を望む。儘螺の場合は寿命の三分の一。こう言っちゃなんだが運は良い方だ。中には脳の前頭前野を食われて植物状態になった奴もいるからな」


 儘螺の猫背をポンポンと火種は叩いた。励ましているつもりなのだろうが、当の儘螺は顔色を真っ青に染めげんなりとしている。


「ギャギャギャッ!優しい私に感謝するんだな!!感謝は蜂蜜でいいぞ!!モノ用意してくれ!!」

「ええ!?さ、さっき食べたところじゃないか!!」

「私があれだけで満足するわけないだろう!!それに、他ならぬ私の頼みだ。な、いいだろ?モノ」

「ええ……」


 なるほど……。ラプラスの物言いで大体分かった。理性体と代償を払った契約者(バディ)の立場は決して対等じゃない。あくまでエリスに対価を支払って魔法を使わせてもらっているだけ。使役なんてたいそうなものじゃない。


 僕が息を呑んでいると、静かに横にいたメイドが前に出る。


「ラプラス様。不肖、このレレナが蜂蜜をご用意させていただきました。ご案内します」

「む!そうかよくやった!モノはどうする?」

「ちょっとの間、私に付き合ってもらうよ」


 火種が答えると、ラプラスはこちらに背を向けて笑う。


「そうかそうか!モノも可哀想になぁ!お前みたいな性悪の元で馬車馬になるなんてよ!!ギャギャギャッ!!」


 純白の廊下に消え入る笑い声。そしてその独壇場の舞台に幕を下すように、ドアがオートでパシュンッと閉まった。


 嵐が過ぎ去った。そんな感覚だけがあった。


「ま、あれは理性体の中でも特別性格が悪い個体だ」


 そう言って火種は歩き出した。ほっと息づく暇もない。僕はナナの手を引いてそれについていく。


終幕個体(エンディングナンバー)は言うまでもなく理性体だ」


 火種はそう切り出して続ける。


「雛織、お前が終幕個体(エンディングナンバー)の魔法を使った時点で契約は成立している。代償を払った覚えは?」


 火種の言葉に、僕はナナを見下ろす。相変わらずの無表情。とてもじゃないが対価を望むほどの下心があるとは思えない。


「……どうか……した?」

「お前、僕に何か望んだか?」

「……?」


 ナナはこてんと首を傾げる。


 まあそうだよな。


「これといってないらしい」

終幕個体(エンディングナンバー)……。やはり異常(イレギュラー)は付きものか」

「火種さん……。ちなみになんで僕も呼ばれたんですか……?」


 考え込む火種に、疲れ切った表情で儘螺が問う。


「お前は見学だ」

「見学?」


 部屋を半周した火種はある扉の前で立ち止まり、カードキーを認証デバイスにかざす。

 カードキーを認証した扉は、音もなく横にスライドして僕らを迎え入れた。


 扉が開いた先は吹き抜けのある大部屋。中央に芝生が敷かれ、そこには大きなカプセルが置かれている。カプセルの上からは管が伸びて二階部分につながっているようだ。二階のガラスの手すりから幾人かの白衣を纏った大人が見える。


「にゃああああああああああああ!!いやだあああああああああああああああああ!!」


 奥から女の叫び声。見ると、配管(ダクト)にしがみつく桃色の髪の少女を赤色の獅子が引っ張り、さらにその獅子を白衣の男が引っ張っていた。


「風刺画か何かか?」


 その昔話に出てきそうなキテレツな光景に、僕は思わずこぼす。


「やあエインス今日もここは賑やかだね」


 火種が、獅子を引っ張る白衣の人物に声をかけた。


「ん?ああ火種か!!ちょっと待ってね!こいつめ……!うーーーーん!!しょぉおっっ!!」


 気合一発。だが、踏ん張った拍子に獅子の尾から手がスポンと抜け、男は壁に激突する。


「あでぇ!!」

「にゃあああああああああああ!!だずげでぇぇぇぇぇぇ!!」


 獅子に顔を舐められて少女は涙目になっている。


「あれ大丈夫なのか?」

「ふふ、彼も嬉しいのだよ。夏目ギンジと再会できて」

「は?どういうことだ?」


 夏目ギンジは五年前に死んでいるはず……。


「エリスは理性体とそれ以外に分類されると言ったろう。あれはそれ以外の方だ」


 火種は楽しそうに口元を歪めて続ける。


「それ以外。意思疎通の測れない獣の使役は困難を極めた。なぜだと思う?」

「理性がないからだろ」

「うむ。模範解答だ。しかし本質とはズレている」


 僕は火種を睨んだ。だが火種は軽く笑ってそれを流す。


「使役を邪魔したのは、母である夏目ギンジにしか懐かなかったからだ。本能なんだろうな、研究員が近づこうとするもんなら殺す勢いで歯向かってくる」

「そうは見えないが」


 少女の顔を舐める獅子を見る。その光景はペットが飼い主とじゃれているようにしか見えない。


「母である夏目ギンジにしか懐かない本能を、私たちはその母をすり替えることで利用した」

「すり替える?」

「極限に近い高度のストレスを与えることで記憶リセットし、精神を胎児の状態にまで低下させる。すると、奴らは初めて見た生物を母と誤認するんだ。まるで鴨の雛のようにな」


鴨の雛が生まれた際に、最初に見た動くものを親と認識してしまう学習行動。たしか『刷り込み(インプリンティング)』だったか……? 


つまりあのエリスは、少女を母と誤認している状態。だから夏目ギンジとの再会か……。


「いやーまいったまいった!ありゃちと元気すぎるね」


 先ほど吹っ飛ばされた白衣の男が頭をさすりながら近づいてくる。


 だが、そのさすっている頭は人が持つそれではない。飄々と笑う男の首から上には、真っ赤な花弁が揺れる花が咲いていた。


 コスプレ?エリス?いやそもそも生物か??


 そいつに対する疑問が僕の中で飛び交う。


「お花……?」


 ナナも不思議そうに男の頭を凝視している。


「おや?君たち見ない顔だね!あっ!顔のない僕が言うのは違うか!!ハハハハハハッ!!」


 初対面でしょうもない冗談で高笑い。苦手なタイプだ。特務室にいる連中全員が腹立つのはなぜだろうか。


 僕たちの沈黙などお構いなしに花の男は続ける。


「ま、そんなお花ジョークはさておき!実は先にレレナちゃんから聞いていたよ、終幕個体(エンディングナンバー)ちゃんと雛織悠君。初めまして私は内閣官房エリス特務室研究課のエインス・F・ヒュートマン!よろしくね!!」


 エインスと名乗った花の男は手袋をつけた手を差し出してくる。


「ほら!ほら!」


 変に馴合う気はないためその手を取らずにいると、エインスはさらに近づいてくる。僕は仕方なく手を握った。


 機械という感じはない。生身だ。


 その瞬間、花の男は逃がさないとばかりに僕の肩をつかみ、グッと力を入れた。


「自己紹介も済んだところで雛織悠君!早速一発ヤろうか!!」

「はあ!?」


 同性愛者の花?笑えない冗談だ。

 僕が露骨に顔を歪ませたのを見て、火種は苦笑する。


「エインス。その言い方は誤解を生むよ」

「はっ、そうか!!いやーごめんごめん!!つい興奮しちゃって……///」

「それもだ」

「あちゃ~」


 再度顔をゆがめた僕を見て、エインスは花弁の頭部を掻いた。

 幸い花粉などは出ないようだ。


「え~、コホン。じゃあ、いらぬ誤解を生んだところで本題に入ろうか」


 まだ何かあるのか……。


 僕はでかいため息をぐっとこらえる。


「雛織君にはあそこの少女、獅子葉ココちゃんと模擬戦をしてもらう」


 エインスの視線の先には、未だ獅子とじゃれている少女がいる。


 模擬戦……ということは戦闘か?やるわけないだろ。


「断る。じゃあな」

「はやっ!どうしてだよ~頼むよ~!」

「ぐっ、おい離れろ!きめぇ!!」


 扉へ向かう僕を止めようと、エインスは縋るように抱き着いてくる。


「獅子葉のエリス、轟く者(フォルアレン)は先ほどバディになったばかりなんだ。戦闘を行って能力の親和性を図り、暴走の可能性を見るためにも模擬戦闘は必要な工程だ。雛織、どうか頼まれてくれないか?」

「そんなの僕以外に頼めばいいだろ。そこの幸薄とか」

「ぼ、ぼくぅ!?」

「儘螺はあまりにも戦闘経験が薄い。それと終幕個体(エンディングナンバー)のデータも取りたいところなんでな」

「最後のが本音で僕をここまで連れてきた理由か。くだらない。やりたいなら僕抜きでやってくれ。ナナは置いていく」

「あひぃんっ!」


 僕はエインスに蹴りをいれてパッと握っていたナナの手を離した。


 僕は一刻も早く新しいバイト先を見つけないといけないんだ。こんなところで油を売っている場合じゃない。


「バイト代を出す」


 ・・・・・・・・・・・・。


「いくらだ」


 ドアに差し掛かった足を止め、僕は振り返る。そして火種はゆっくりと指を5本立てた。


「千か……?」

「万だ。国家直属機関を舐めるな」


 ……バイト。見つかった。

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