Snow job
翌日の土曜。僕とナナは駅前のショッピングモールに赴いていた。
シンシンと降る雪がガラスの屋根に蓋をしているモールの中。背の高い木が両端に並ぶ通路には、人がごった返していた。
今はクリスマスシーズン。
天井には『クリスマスセール!!今なら全品30%オフ!!』だの、『恋人をお持ちのあなた!プレゼントなら「Honey Love」!!』だの、鬱陶しいほどクリスマスごり押しの垂れ幕がぶら下がっている。
当然、それらは僕に縁のない話。
くだらない広告を無視して歩く。
「お前、寒くないのか?」
横を歩くナナは、中央に『GO TO HELL!!』と、いかついフォントが印刷された長袖に、パンクロックな傷のついたジーパンを着ている。
どちらも僕が小学校だった時のものだが、どうやら彼女にはオーバーサイズ気味だったようで、袖が垂れていた。
「へいき」
そう答えるナナの鼻先は若干赤い。だが足取りは軽く、本当に平気そうだ。エリスは寒さにも強いらしい。
その時、僕の携帯からポロンと通知が鳴った。
時刻は14時30分。通知には『早く来なさいよ!!噴水前だからね!分かってる!?』との未海樹からのメッセージ。
初手で、会う気が失せる。しかし、このまま帰れば、さらなる怒号が待っていることを僕は知っていた。
仕方なく、重い足取りのまま集合場所に向かった。
「やっときた!!おっそい!!」
円型の白い噴水の前。
ベンチに座る未海樹が、近づいてくる僕らに気づいて立ち上がった。
「こいつに合うサイズの服を出すのに、手間取ったんだよ」
「ふ~ん」
未海樹は疑うような視線をナナに向けた。
途端、未海樹の口があんぐりと開く。
「ちょっ、あんたどんなセンスしてんのよ!!」
「はあ?」
「可愛いナナちゃんに、こんなダサい服着せてどういうつもりって聞いてんの!!」
「仕方ないだろ、これしかなかったんだ」
「なんでこんな終わってる服残してるのよ!!もっと他にあるでしょ!!あーもう、予定変更!早速行くわよ!!」
「どこに」
「ナナちゃんに可愛い服、見繕わなきゃ!!」
◆◆◆◆
「────で、なんでゴスロリショップだ?」
「最初見た時から着せてみたいって思ってたのよね~、キャーかわい~!!!」
未海樹は試着を終えたナナを見て、一人で盛り上がっている。
「次!次これ着てみて!!」
「まだ……着るの……?」
「当り前じゃない!!せっかく可愛いんだもの、おしゃれしなきゃ損よ!!」
ナナも若干飽きているようだ。
僕は長くなることを悟って店から出た。
十数分後。やっとナナの着せ替えに満足したらしい未海樹は、ピンクと黒の萌え萌えした買い物袋をぶら下げて店から出てきた。
「おせぇよ」
「うっさい。それよりほら、荷物持ち」
未海樹は買い物袋を手渡してくる。
「……いくらだった」
「いいわよそんなの。これは奢り」
僕は買い物袋の中から服を取り出し、タグを見る。
1万2000円、8000円、1万円。占めて3万か……。
僕はボロボロになった革財布から3万円を取り出して、未海樹に押し付ける。
「いらないつってんでしょ。戻しなさいよ」
「借りは作らない主義なんだ。いいから受け取っとけ」
「それ貯金でしょ、ミズキちゃんの入院費の。もらえないわ」
「これは学費の方だ」
「それもいらないわよ!てかそんなん持ち出すんじゃないわよ!!」
「そうもいかねぇんだよ」
「あーもう!めんどくさ!!借りとか貸しとか、小さいこと気にし過ぎなのよ男って!行こっナナちゃん!!」
えらくデカい主語でそう吐き捨てた未海樹は、ナナの手を引いて次の場所へと足早に移動していく。
「…… お前が気にしなさすぎなんだよ」
僕は、手元の3枚の万札を見下ろす。
普通、人は自分に利益がないと動かない。当たり前の話だ。
でもお前は、自分が損する選択肢を取ってでも、人に尽くそうとする。なんでそうも”良い人”でいられるんだろうか。
しばらく考えても答えが出ない。僕は、札を雑にポケットにしまい、未海樹の後を追った。
時計の針は17時を指している。
散々歩いて買い物を済ませた僕らは、最初の集合場所である噴水のベンチに座っていた。
「それにしてもたくさん買ったわね~!!どうだったナナちゃん?」
「キラキラいっぱい。たのしい」
ナナにしては珍しく、口元に笑みを浮かべて、楽しそうに足をパタパタと揺らしている。
「そうよねー!!私も買い物大好き!!また行きましょ!!」
「僕は勘弁だ。次はぜひ二人で行ってくれ」
「何言ってんのよ。あんたは荷物持ちで強制連行。奴隷のように、馬車馬のように、サンタとプレゼントを乗せるトナカイのように仕事すんのよ」
「横暴だ。独裁女め」
「それじゃ、文句しか垂れないあんたは即刻打ち首ね!さ、そろそろ帰るわよ!」
そう言って未海樹は勢いよく立ち上がり、スタスタと歩いていく。
その後ろ姿に、やっと帰れると安堵の息を漏らして、僕はナナと共にベンチを立った。その時だった。
二人の少年と少女が横切る。
腰を曲げてふらふら歩く少年は、冬場に似合わないサングラスに、レザーのジャケットを着たアフリカ系人種。少女の方はキャップとパーカーのフードをかぶっている。
僕はその女の方に強い既視感を覚えた。
思わず振り返る。だが、もう二人の姿はなかった。
……気のせいか?
「ゆう……」
ナナが僕の手を強く引いた。
「あ?」
「かんな……どこ」
揺れる瞳は不安で満ちていた。
「あ?……どこって、さっきまで前歩いて────」
視線を戻すと、未海樹がいない。ゾッと背筋に嫌な怖気が奔った。
考えている暇なんてない。僕は買い物袋を全て放り出し、未海樹が歩いて行った方向に走り出した。
まだこのショッピングモールの中にいるはずだ!!どこだ、どこだ!!
「ゆう……そっち、違う」
ナナがポツリと僕の手を引いた。
「……未海樹の場所が分かるのか?」
「ん……いい匂いだったから、覚えてる。あっち」
ナナが指差したのは真反対。違和感のある二人組が歩いて行った方向だ。
その瞬間、僕は思い出した。
「あの女の方……!!ナナを襲ったやつじゃないか!!」
今更気付いた自分に腹が立つと共に、僕は迷った。
おそらく、あいつらの目的は未海樹じゃない、ナナだ。明らかな罠。だけど、どうする。このままだと未海樹が────!
「いかない……の?」
僕の考えを知ってか知らずか、ナナは言った。不思議そうに僕を見つめている。
その言葉で、僕は腹を括った。
「追いかけるに……決まってんだろ!!」
僕は歯噛みして逆の方向に向けて、走りだした。




