白金の川
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
白金、と聞いたら高級なイメージを思い浮かべる人は多いだろう。カタカナで書くとプラチナとなるあれだ。
字面からして別の合金であるホワイトゴールドと同じように思われたり、日本では昔に銀を「しろがね」と呼んだものだから、そちらのように思われたりする。化学的にも酸化しづらくて安定しているということで、いろいろなものに使われる金属だ。
プラチナ的な意味での白金に関しては、残念ながら先生は手にしたことがない。しかし、ホワイトゴールド的な意味での白金に関しては、接触した機会があるんだ。おそらくは合金として知られるのとは別の「白い金」だったと思う。
ちょっと、先生のそのときの話を聞いてみないか?
あの日。夜中に珍しく地震のあった翌日のことだった。
寝ているときの体は思いのほか敏感で、地震の発する小さな揺れであってもいち早く感じ取り、覚醒することがままある。みんなも経験があるんじゃないか?
あのときの揺れは短く、強いものだった。家族が起き出して、互いの様子を確認するほどだったが、それ以上の余震はやってこなかった。やがて元の部屋へ戻っていくも、中途半端に目覚めたせいか、あとは朝までろくに眠れなかったよ。
で、翌朝だ。
学生だった先生の通学路は、途中に橋がかかっている。歩いて渡るのに4、5分はかかる長さのその橋は、通行人もそこそこ多い。たいていは自分の用事で精いっぱいといわんばかりに黙々と歩を進める彼らが、今日はやたら橋の下の川へ気や視線を散らせていた。
理由はすぐに分かる。この日の川が白を基調としながら、かすかな黄金色を帯びつつ光っていたからだ。
雨の後ならば、茶色く濁った河の水が大いにかさを増し、流れていくだろう。上流より多くの泥などを巻き込んできて、その色をたたえているからだ。
だとすると、この白い金色と表現すべきそれは、いったい何を中へ抱き込んでいるのだろうか。
あいにく先生は学校より冒険を優先できるような度胸はなかった。
登校時間の制約に押されるまま学校へ向かい、授業を受け終わってから件の川へ戻ってきたんだ。
あの白い金の色は失われてしまっている。先に出したような雨の後でもないから、水かさだっていつも通りの状態。もはや通りがかる人の関心を引けそうな材料にとぼしく、見かける人も今朝のような注目を川に浴びせたりしない。
その列にまぎれることなく、先生は橋のたもとから川へ降りた。たとえ川の大部分からいなくなったとはいえ、生き残りは根強くいるものだ。残党たちのしぶとさは、歴史が物語ってくれている。
川べりを見回し、転がっていた長い木の棒を手に取る先生。それでもって、川と岸のふちに棒を突き立てると、そのまま流れに沿うこと50メートル。へりの石をこするギリギリでもって歩いて行った。
そうして引き抜いてみると、水に浸かっていた棒の先は元の茶色とは似ても似つかない、白い金色に染まっていたんだ。今朝に見た、川の色とそっくりの。
想像していた通り、川全体を席巻していた彼らは、この岸辺に脱落者を置いていったというわけだ。あるいは岸を気に入り、とどまることを選んだか。
先生の棒は彼らを集める役を、見事につとめることができたわけだ。
こいつが何なのか、正体をつかめたら面白いかも。
先生は10センチ近くこびりついたそれを、近くにあった小石でこすって落とそうと思ったけれど……できなかった。
石でいくらこすっても、こびりついた白い金たちはみじんもこぼれる気配がなかったんだ。こすった石そのものにすりつくこともなく、一粒たりとて離脱を許さなかった。試しに、先生自身の爪を立てても同じことだった。
想定外ではあったが、ある意味で嬉しい誤算だ。これほどまでに頑強なブツとか、それこそ並大抵ではない証拠じゃないのか。
これはますます観察のしがいがあるぞ、と先生は白い金たちがくっついた10センチ程度を残して枝を折り、その残りを持ち帰ったんだ。
家族に見せびらかすことは、あえてしない。正体をいまひとつつかんでいないものなど、見せたところでたいした手柄じゃないと思っていたからだ。むしろ家族に価値を知っているものがいて、これが実は全然すごいものじゃない、などと教えられたりするのもシャクだ。
ここは自分なりに価値を見極めたうえで、アクションを起こすのが得策。そう考える先生は白い金のついた枝をちょうどいい大きさのガラス瓶に入れ、自分の部屋の机の隅へ飾っておいた。
そのときは寝入るまで時間、枝を観察していたのだけど。
夜になって、いざ布団へ入ろうとしたとき。
カタカタと瓶がふるえて音を立て、先生はそちらへ目をやった。
枝の姿は、この視線を離した数秒ですっかりなくなり、白い金をくっつけたことだけは共通する虫の姿へ変わっていたんだ。
カミキリムシによく似ていたが、その威力はカミキリムシのあごを凌駕している。
わずかひと噛みで、瓶のガラスがたやすく割れて、ムシらしきものはぬっと瓶の外へ出てきてしまったのだから。
普通じゃない、と先生はいつも枕もとに備えている殺虫スプレーを手に取った。カミキリムシに吹きかけたことはないが、全く効果がないなんてことはないはずだ。
けれど、先生の予想はくつがえされる。スプレーの噴射を浴びてもムシもどきは平然としているのだ。苦しむことも、先を急ぐようなこともせず、噴射前と変わらない悠然とした足取り。
このままじゃ逃げられる。そうなったら、何をされるか分からない。
とっさに先生は、部屋の隅に立てかけていたバットでムシもどきを叩いていた。先の効果のないスプレー攻撃をどのように思っていたか分からないが、ムシもどきはまともにバットを受ける。
そして「壊れた」。
飛び散ったのは血じゃなく、白い金よりもなお細かい、小さな金属の破片たちだったんだよ。直前まで、ムシじみた挙動をしていたヤツが出していいものじゃない。
元のムシじみた箇所は全く残らず、先生はあわててそれらをティッシュで包んでゴミ箱へ捨ててしまったよ。
それから数日、あの白い金が流れた川の全域で、木がめっぽう数を減らしたという話は聞いたんだ。ひょっとしたら……ね。