六話 殺シテ
ヴェスが帰った後、カイルは一人で泣いていた。
「俺は……どうしたらいいんだ……」
カイルは一人で考えた末、決意を決めた。
涙を拭き、カイルは部屋の電話の方に歩き、電話を取ると、電話をかけ始めた。
「もしもし? ……はい、そうです。え? ……今すぐお願いします。ええ、今すぐで。話したいことがあるので……」
夕方頃、寮のカイルの個室に赴いた保健室の先生は、少し部屋の前で待っていたが、その内招き入れられて、椅子に座っていた。
「すみません、先生、ここまで呼び出して」
「いいのよ。で、相談って?」
二十代後半彼氏無し、というのはおかしいほど綺麗な保健室の先生は、心配をかけないように微笑んだ。
「先生、俺を殺してください」
保健室の先生は、驚きを隠しきれず、口を手で押さえた。さっきまで笑っていた顔は、引きつっていた。
「何故そのような事を言うの? 何か虐めでもあったの?」
保健室の先生は、目の前のベッドに腰掛けていたカイルの肩を揺さぶった。
「俺……。この学校の裏切り者になってしまいましたっ。この学校は、吸血鬼を倒す者を育てる学校ですよね? 当の俺が、なってしまいました……。封印が解けたと吸血鬼は言うんですけど……」
カイルは何も言わず、ワイシャツの左袖を捲り上げ、赤黒く染まった腕を保健室の先生に見せ付ける。
「な、何よ……。これが吸血鬼の証拠という訳じゃないわよ。そうよ……」
保健室の先生は嘘だ……と呟き現実逃避した。
「今の俺は、貴方を噛み、吸い殺すかもしれない危険人物です。じ、自分で包丁を刺して死のうとしたのですけど、死ねませんでした……」
保健室の先生に電話して、来る前に仲間になるくらいなら死のうと考えたカイルは、台所の包丁を左胸に刺そうとしたが、何かが止めた。後一センチだけなのに、それ以上胸に近づけないようになった。
まるで、カイル以外の誰かが一緒に包丁を持っていて、カイルは刺そうと、もう一人は反対側に引いているように――。自殺しようとしても死ねなかった。
カイルは、保健室の先生に抱き着いた。
「もう無理ですよ……殺人衝動が……抑えられません。早く殺してください。……俺が殺してしまう前に」
カイルは包丁を手渡した。
「貴方が殺しても、罪にはなりません。むしろ、吸血鬼を殺して、喜ばれますよ……?」
保健室の先生は、顔を歪めてカイルの背中に先の尖った包丁を突きつけた。
どちらもゆっくりと目を瞑り、殺す反動と殺される反動に耐えようとした。
カイルの髪と瞳が、赤よりも綺麗な紅に染まっていく。
先に動いたのは、保健室の先生だった。鋭い包丁が背中に刺さり、カイルは悲鳴を上げた。
「うおぉおお! だれだ、殺そうとするのは! ここで、死ぬわけにはいかないんだあぁぁ! のみたいんだぁあ!」
保健室の先生は、殺した彼を見たくなくて、ずっと目を瞑っていた。そして、瞑ったまま立ち上がる。カイルが滑り落ちて、床に血潮を作りながら倒れていった。ドアの前まで来て、包丁を落とすと、まるで何かに取り付かれたような、空ろな目で出て行った。
夜頃、カイルはうつ伏せの状態で目を覚ました。出血多量で意識が朦朧としていたが、今、自分が生きていることを知り、涙を流した。傷は浅く、死に達する量では無かったので生きていた訳なのだが、それが悲しくて、カイルはうつ伏せのまま静かに涙を流した。
既に出血は止まっている。
「俺、死んでしまいたかったのに……」
頬を伝わって落ちた涙が、床に一粒落ちた。
目を瞑ったら死ぬかと思って、覚悟を決めつつ瞑ると、そのまま眠ってしまった。
曇り空は消えていて、その代わり月と黒に染まった空が広がっている。
生まれたのは、カイルだけは無かった。もう一人、双子の片割れがいた。
最初に封印をかけられたのはカイルで、その次にかけたのは片割れだった。一人一人に歯茎に紫色で、封印文字を書くのは大変な作業だった。
そして、カイル達をとある施設に入れて、家へと帰った。カイル達を関わらせる訳にはいかない。
とある日、一息ついていたとき、政府の者が家の中に入り込んできた。そして、政府の者達に向かって言い放った。
「殺しなさい。私達は罪を犯した人間よ」
父も母も、決心を固めた顔で言ったが、内心は怖かった。兵士の内の二人が満足そうに頬を緩ませ、手持ちの槍で刺した。二人は悲鳴を上げながら倒れた。施設に入れられた、カイル達はその様子など知るよしもない。
片割れは四歳頃、好奇心で怪我をした施設の先生の傷口を舐めてしまい、封印はすぐに解けて、数日後には吸血鬼になっていた。施設の者達は、政府を恐れて捨ててしまった。
そこから路地生活が始まった。ある時はそこらを通ったおじさんに甘え、衣服を欲しがり買ってもらったところで血液を少し頂き逃げ、ある時は路地裏にいた者達を襲ったりもした。
この記憶は、カイルの記憶には無い。幼い子供だったからか、どうでも良かったことなのである。
そうして今も、片割れの少女は人の血を吸って生きている――。
次回、第一部終了予定です。