表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼は夜に舞ふ  作者: 凍霜
一章『覚醒編』
8/14

六話 殺シテ

 ヴェスが帰った後、カイルは一人で泣いていた。


「俺は……どうしたらいいんだ……」


 カイルは一人で考えた末、決意を決めた。

 涙を拭き、カイルは部屋の電話の方に歩き、電話を取ると、電話をかけ始めた。


「もしもし? ……はい、そうです。え? ……今すぐお願いします。ええ、今すぐで。話したいことがあるので……」




 夕方頃、寮のカイルの個室に赴いた保健室の先生は、少し部屋の前で待っていたが、その内招き入れられて、椅子に座っていた。


「すみません、先生、ここまで呼び出して」

「いいのよ。で、相談って?」


 二十代後半彼氏無し、というのはおかしいほど綺麗な保健室の先生は、心配をかけないように微笑んだ。



「先生、俺を殺してください」



 保健室の先生は、驚きを隠しきれず、口を手で押さえた。さっきまで笑っていた顔は、引きつっていた。


「何故そのような事を言うの? 何か虐めでもあったの?」


 保健室の先生は、目の前のベッドに腰掛けていたカイルの肩を揺さぶった。


「俺……。この学校の裏切り者になってしまいましたっ。この学校は、吸血鬼を倒す者を育てる学校ですよね? 当の俺が、なってしまいました……。封印が解けたと吸血鬼は言うんですけど……」


 カイルは何も言わず、ワイシャツの左袖を捲り上げ、赤黒く染まった腕を保健室の先生に見せ付ける。


「な、何よ……。これが吸血鬼の証拠という訳じゃないわよ。そうよ……」


 保健室の先生は嘘だ……と呟き現実逃避した。


「今の俺は、貴方を噛み、吸い殺すかもしれない危険人物です。じ、自分で包丁を刺して死のうとしたのですけど、死ねませんでした……」


 保健室の先生に電話して、来る前に仲間になるくらいなら死のうと考えたカイルは、台所の包丁を左胸に刺そうとしたが、何かが止めた。後一センチだけなのに、それ以上胸に近づけないようになった。

 まるで、カイル以外の誰かが一緒に包丁を持っていて、カイルは刺そうと、もう一人は反対側に引いているように――。自殺しようとしても死ねなかった。

 カイルは、保健室の先生に抱き着いた。


「もう無理ですよ……殺人衝動が……抑えられません。早く殺してください。……俺が殺してしまう前に」


 カイルは包丁を手渡した。


「貴方が殺しても、罪にはなりません。むしろ、吸血鬼を殺して、喜ばれますよ……?」


 保健室の先生は、顔を歪めてカイルの背中に先の尖った包丁を突きつけた。

 どちらもゆっくりと目を瞑り、殺す反動と殺される反動に耐えようとした。

 カイルの髪と瞳が、赤よりも綺麗な紅に染まっていく。

 先に動いたのは、保健室の先生だった。鋭い包丁が背中に刺さり、カイルは悲鳴を上げた。


「うおぉおお! だれだ、殺そうとするのは! ここで、死ぬわけにはいかないんだあぁぁ! のみたいんだぁあ!」


 保健室の先生は、殺した彼を見たくなくて、ずっと目を瞑っていた。そして、瞑ったまま立ち上がる。カイルが滑り落ちて、床に血潮を作りながら倒れていった。ドアの前まで来て、包丁を落とすと、まるで何かに取り付かれたような、(うつ)ろな目で出て行った。




 夜頃、カイルはうつ伏せの状態で目を覚ました。出血多量で意識が朦朧としていたが、今、自分が生きていることを知り、涙を流した。傷は浅く、死に達する量では無かったので生きていた訳なのだが、それが悲しくて、カイルはうつ伏せのまま静かに涙を流した。

 既に出血は止まっている。


「俺、死んでしまいたかったのに……」


 頬を伝わって落ちた涙が、床に一粒落ちた。

 目を瞑ったら死ぬかと思って、覚悟を決めつつ瞑ると、そのまま眠ってしまった。

 曇り空は消えていて、その代わり月と黒に染まった空が広がっている。






 生まれたのは、カイルだけは無かった。もう一人、双子の片割れがいた。

 最初に封印をかけられたのはカイルで、その次にかけたのは片割れだった。一人一人に歯茎に紫色で、封印文字を書くのは大変な作業だった。

そして、カイル達をとある施設に入れて、家へと帰った。カイル達を関わらせる訳にはいかない。

 とある日、一息ついていたとき、政府の者が家の中に入り込んできた。そして、政府の者達に向かって言い放った。


「殺しなさい。私達は罪を犯した人間よ」


 父も母も、決心を固めた顔で言ったが、内心は怖かった。兵士の内の二人が満足そうに頬を緩ませ、手持ちの槍で刺した。二人は悲鳴を上げながら倒れた。施設に入れられた、カイル達はその様子など知るよしもない。

 片割れは四歳頃、好奇心で怪我をした施設の先生の傷口を舐めてしまい、封印はすぐに解けて、数日後には吸血鬼になっていた。施設の者達は、政府を恐れて捨ててしまった。

 そこから路地生活が始まった。ある時はそこらを通ったおじさんに甘え、衣服を欲しがり買ってもらったところで血液を少し頂き逃げ、ある時は路地裏にいた者達を襲ったりもした。

 この記憶は、カイルの記憶には無い。幼い子供だったからか、どうでも良かったことなのである。







 そうして今も、片割れの少女は人の血を吸って生きている――。

次回、第一部終了予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ