三話 味
どこかの森の中に、小さな館が建っていた。五人程度の吸血鬼が、人とあまり接せずにひっそりと生きていた。
「阿呆かよ、お前。ここで何やっているんだ。ここは、リビングだぞ」
館の中のリビングで、四人の吸血鬼が集まっていた。皆はソファに座ってポーカーをしていたが、一人だけは、皆と離れたソファの近くに座っていた。
「何って、これから食事よ。お腹減ったわ。しばらく誰も吸っていないもの」
ソファの上に座っていなかったのは、ソファの上に既に人間が寝かされていたからだった。ソファを占領していたので、座れなかったのだ。
「だからってな、アリス。自室で吸うとか、なかったのかよ。何でここなんだよ」
「皆と居たいもの。気にしなくていいから、ポーカーしていてよ」
「毒は入れてあるのか?」
「首筋噛んで入れておいたわ。多分動かない」
アリスは、ソファに居る人間にまたがった。ピクリと人間が動いた。
「怖くないから。大丈夫。すぐにいい気になれるわ。貴方の血は美味しいかしら?」
アリスは先に噛んでおいた出血箇所から、止血しないうちに吸った。歯で傷を深くして、噛み締めるように吸っていく。人間が心地良さそうに目を閉じた。心臓も肺も動かなくなって、人間は死んでしまった。
「美味かったのか?」
「ええ、まろやかで美味しかったわよ。ご馳走様」
月曜日。今日から学校が始めるのに、カイルは行く気がしなかった。こんな姿で行くのは嫌だった。今日見てみると、右腕の二の腕を除いた腕に赤黒い模様が付いていた。左腕は、すでに腕全体が赤黒くなっていた。
仕方がないので、暑いというのに長袖ワイシャツを着て、手の部分は包帯を巻いて学校へと向かった。
「よぉ、カイル」
寮から学校までの道で、この前戦って負けた奴――レインが話しかけてきた。
「何だ、九十九敗」
「その呼び方はやめろ、カイル。お前、腕どうした。怪我したか?」
バレたのかもしれない、とカイルは怯えながら言葉を返す。
「ちょっと、怪我しただけだ」
「ふぅん。じゃあさ、お前、セリアとはどこまでいったんだよ。……あ、キスまでいったのか?」
はぁっ、とカイルは顔を歪めた。
「はぁっ? 誰がするか! 別に……。ただの友達だ」
バレていないことに胸を撫で下ろしたが、今度は突飛な質問をしてきた。今は付き合ってもいないし、両思いでもない。只の友達だった。また、昔一緒だったチームが優勝したときに喜びのハグをしたぐらいで、それ以上までの進展は見せていない。
「そうなのか。ふぅん。じゃ、学校も近いし、オレ、行くから。バイバイだな、カイル」
「あぁ。そうだな、レイン」
教室に着くと、既にセリアの姿が見えた。どうやら待っていた様で、カイルの姿を見るなりすっ飛んできた。
「大丈夫なの? あっ、腕、どうしたの?」
「鍛錬中に怪我したんだ」
「あーっ、昨日、今日は寝ておきなさい、って言ったじゃないの! あれから鍛錬したの?」
しまった、とカイルは黙った。これは嘘なんだ。お前に心配かけたくないだけなんだ、と心の中だけでずっと言い訳していた。その間ずっとセリアは怒っていたが、下を見つめて震えるカイルを見て、黙ってしまった。
「……訳があったのね。ごめんなさい……」
嘘だと見抜いたが、セリアはあえて何も言わずに走り去ってしまった。セリアの友達が、カイルを睨みつけてから追った。カイルはそこに立ち尽くした。孤児院にいた時から、ずっと一緒に暮らしてきたから、カイルの行動などはセリアが一番よく分かっている。
だから、カイルが嘘を付いている事が分かった。普段は、あまり嘘を付かないカイルが嘘を付くという事は、珍しいことだった。その重大さを感じたのだろう。
その日セリアは、カイルの元には来なかった。
カイルの事を思って、あえて接しなかったのだ。
帰る前に、全校集会が行われた。絶対に出席、ということだったので、カイルも渋々参加した。
「皆さん、時間を削ってしまってごめんなさい。今日は、どうしても話さないといけないことがあります」
会場内が、一瞬ざわめいた。
「今日の夜頃、吸血鬼が攻めて来るようです。警戒してください。銀の装備を忘れないで下さいね」
それだけ言って校長先生は壇を降りた。これで今日は解散となった。
カイルは寮に帰って、包帯を外した。左腕の赤黒さが、広がっていて、肩まで続いていた。
(進行している。これは、体全体に広がっていくのか?)
そこでお腹が鳴って、初めて今日と昨日で、昨日の粥一口しか食べていないことに気がついた。なのに、まったく食べる気が無い。コンソメスープを作って食べると、味の無さに口を押さえた。
「味を……感じない……?」
コンソメは、もっと美味しいはずだった。分量もいつもと同じだったし、味付けもしたはずだった。それなのに味も無く、水を口に含んでいるように感じた。
味の無いコンソメスープを平らげても、お腹は満腹にはならなかった。
――いや、空腹のままだった。
おかしさを感じて、苦痛と空腹を感じつつ、カイルは夜を迎えた。