一話 始マリ
剣が弧を描いて床に落ちた。
「つえぇ! また負けた!」
「これで九十九勝だな。お前、鍛錬しているのか?」
「やっているさ! 俺だって、お前以外なら勝てるって! お前が強すぎるんだよ!」
負けた方はそう吐き捨てた。
ここは、戦士育成学校。トップクラスの剣と弓矢の使い手が入学を許されている。そのため、生徒は少なく、六十人程度しかいない。
その学校の武道室で、真剣な真剣での模擬戦が行われている最中だった。
「はい、勝っても続けるんだよー。暢気に喋っていたら、流れ剣が突き刺さるよー?」
初老の先生が手で制した。
「……チッ。次こそは勝つ! 覚悟しておけよ!」
負けた方の少年は、剣を拾って他の人と戦い始めた。
「ねぇ、カイル、油断しちゃ駄目だよ? 殺すかもよ?」
後ろでニヤリとして言ったのは、茶髪でロングヘアーの女子だった。栗色の瞳が輝いている。
勝った方の少年――カイルは、喉に突きつけられた鋭く尖った剣を見た。素早く避ける。
「不意打ちかよ。卑怯だぞ、セリア」
「カイルが油断していたからじゃないの。学校一の戦士さん?」
セリアは、剣を片手に彼の方へ走ってきた。身を返して避けると、カイルはセリアの剣を払おうとした。しかし、セリアはこの事態になることを分かっていたようで、既に避けていた。
「あんたの行動パターンはぁ……」
剣を振りかぶりながら、カイルに近づく。
「もう既に見切っているのよぉぉぉお!」
カイルは左側に避けてから、振り落としかけた剣を、剣で払った。カイルの黒い髪が揺れた。剣は、あっさりとセリアの手から抜け床に落ちた。
「へっ?」
セリアは反動で、顔から床にぶつかった。立ち上がったとき、鼻血が出ていて、カイルは密かに命の危機を感じた。
「痛いじゃないのよー!」
「鼻血ダラダラの顔で言われましても……。プッ」
「笑うなー!」
丁度いいタイミングで鐘が一つなった。終わりの合図だ。先生達が、教室に帰るように促す。
「カイル、ホラ、保健室連れて行きなさいよ! 顔がヌメヌメして気持ち悪い」
「あー、へいへい。連れて行きますよ、五月蝿いお嬢様」
カイルはセリアを軽々とお姫様抱っこした。セリアは首に手を回す。
「あっ、ちょ、ちょっと! 恥ずかしいから降ろしてー! 連れて行かなくてもいいからー!」
「お嬢様、そのような顔で言われましても……」
「もーっ、カイル! お嬢様じゃないわよ! アンタは学校一の剣士でもあり学校一のプレーボーイね!」
セリアは文句を言いながらも、ずっと嬉しそうに手を首に回していた。
保健室に着くと、カイルは彼女を降ろして、近くの椅子に座った。首筋にセリアの血液(鼻血)が付いていた。
「まぁ、セリアさん、どうしましたの、その鼻血」
「ちょっと転んじゃって……」
保健室の先生は、手際よく止血し、ティッシュの丸めた物を鼻に詰めた。
(この血、どうしようか……。ここには水道はないし、出て行ったら怒られるし。と言ってこのまま放って置いて見つかったら心配かけるし)
仕方なく手で拭き取ったが、これをどうしようかと悩んだ。セリアがこちらを向いて向かってくるときに、仕方なくペロリと舐めた。
「あぁぁあああ!」
甘い感覚が舌を伝わると同時に、歯茎の裏を激痛が走った。今までのすべての痛みよりもずっと痛く、カイルはあまりの痛さに叫びながら倒れた。
「え! カイル! どうしたの、しっかりしてよ!」
カイルはそこで意識を失った。
何年も前、一人の子供が生まれた。母は吸血鬼で、父は人間だった。
吸血鬼は、吸血鬼としてのプライドを重んじるので、人間となんか子供を生まなかった。だから、あまりいなかった。また、生まれたとしても、その親は処刑されることになっていた。混血は、武術に優れ、強いとされていた。
母は、吸血鬼としてのプライドを捨てて、人間として暮らし始めた。一つのアパートを借りて、ひっそりと暮らしていた。ただし、吸血鬼なので、人を見ると殺人衝動が起こり、殺すので、人前には滅多に出なかった。彼には、そのときに出会った。お隣の部屋の方だった。
「あの、これ差し入れ。良かったら食べて」
「いいの?」
「うん」
ありがたく受け取ったが、ずっと下を向いていた。
吸血鬼は、人間が食べる普通のものが食べられなかった。食べられたとしても味がしないのだ。
そこから、交際が始まった。
そして、数年後、一人の子供を産んだ。でも、混血を産んだ事がバレ、産んでから数日後、二人は殺された。母は、殺される前に、息子――カイルに吸血鬼とならないための封印をかけた。歯茎の裏には、紫色の字が薄く付いていた。それが封印だった。
唯一の解除は……。
血を飲めばいい。人間の血を飲めば、封印は解除されて……。
人間を蝕み、そして吸血鬼へと変貌されていくことだろう。ゆっくりと、ゆっくりと、吸血鬼になっていくことだろう……。
カイルは目を覚ました。保健室のベッドの上だった。保健室の先生はカイルを見ており、起きた事を嬉しがっていた。
「起きた? 貴方、急に発狂して倒れたのよ? どうかしたの?」
カイルはあまり思い出せなかった。血を飲んだところまでは覚えている。もう歯の裏は痛んでいなかった。
「ごめんなさい。迷惑かけました、先生。あれ、セリアは?」
「セリアさんなら、教室で勉強中よ」
「どれくらい時間が立ったのですか?」
カイルは少しずつ思い出してきた。叫んで、それで……。これ以上思い出せない。
「約五十分よ」
「それくらいたったのか。結構寝ているのかと思った。もう少しで終わるな……。ありがとうございます。もう大丈夫です」
カイルは立ち上がろうとしたが、ふら付いた。保健室の先生に支えられた。
カイルよりも保健室の先生の方が背が高いので、首を動かすと保健室の先生の首が見えた。そして、少し口を開けて首筋に近づけて――。
「大丈夫? フラフラしているようならば、もう少し休んでいたほうがいいわよ?」
はっ、と我に返った。
(俺は、一体……)
鐘が鳴った。お昼の時間だ。
序盤からこういう展開です。