アレスの故郷
神の元へと戻ったガイドは、満足そうな笑みを浮かべていた。
神の居間は、神々しい光に包まれており、
どこまでも続く薄い青空に囲まれていて、
金色の雲が足場になっていた。
神はその中心で大きな椅子に何人かの従者に囲まれて腰かけていた。
「なぜあのような嘘をついた?」
「どの嘘のことですかィ?」
「七つの大罪がなんとやら言っていたな。
あれについてはまるで意味がわからなかったぞ」
ガイドは「ヘヘッ」とかしこまるように笑いながら答えた。
「それっぽいでしょ?あれは俺の趣味ですよ。
だけど、おもしろいことになってきましたねェ。
あなたみたいななのは珍しいですよォ」
神はむせ返るような咳をすると、
そのまま返事をせずに座る姿勢を変えた。
(私とて「変わっている」から苦しいのだ)
それでも神はただひたすらに見守り続ける。
神の間は相変わらず眩い。
しかしその光は地上には決して届かない。
それから、阿賀野たちは一晩をテントで過ごした。
その一日で起こったことがあまりにも現実離れしていたため、
ほとんどの者が眠ることができなかった。
各々が別れてきた者たちに思いを馳せたのだった。
翌朝、さっそくアレスの故郷に行くことになった。
このまま無為に野宿を続けるよりかは、
少しでも会える人に会っておくべきだという結論になったのだ。
言い出しっぺでもあり、ほとんど親しい者に別れを告げる間もなく召集された彼は、
誰よりももう一度故郷に帰りたいという気持ちが強かったため、皆が譲った結果であった。
彼の故郷はイタリア中部の小さな町であった。
阿賀野たちはアレスの故郷の付近の森に召集権を使用して移動し、
そこから徒歩で人気の少ないだだっ広い田舎道を進みながら町の中心部に向かっていった。
森を出て数十分ほど歩いたところ、
建物が増えてきてようやく町らしい賑わいが見えてきた。
特段高いビルや建物も見当たらず、
多数の民家が密集している様子であり、
どこにでもあるような穏やかそうな町だと阿賀野は感じていた。
阿賀野の「宣言」からは少し時間が経っているためか、
町のあちこちで暴動が起こっている気配はなく、
むしろ静かすぎるくらいであった。
「もう少しで家に着くな。俺の町へようこそ」
アレスは嬉しそうに自分の町や生い立ちを語り始めた。
彼は孤児院育ちであり、高校を卒業と同時に孤児院を出てパン屋で働きながら、
一人暮らしを始めていたらしい。
曰く、孤児院での仲間はみな家族であり、
これからもずっと互いに助け合って生きていけるかけがえのない存在らしい。
孤児院の仲間たちの一部はアレスが使徒に選ばれたことを知っているが、
笑って送り出してくれたとのことであった。
アレスはその仲間たち全員に改めて彼の意思を伝え、
ひとまずの別れを告げることが今回の目的であった。
そうこう話しているうちにアレスが暮らしていた孤児院にたどり着いた。
入口のドアは開いていた。
「ただいま」
中の様子をそっと窺いながら足を踏み入れた。
中は明かりはついていなかったが、
昼間であったため窓から差し込む日差しが室内を明るく照らしていた。
玄関を入るとダイニングルームになっており、
大人数でも食事ができるような大きなテーブルと多数の椅子が無造作に並べられていた。
最後に中に入ったヴァリオがそっと入口のドアを閉める音が響いた。
誰もいないようであったが、アレスは阿賀野たちにここで待つように告げ、
ダイニングルームを抜けて奥の部屋へと向かっていった。
「ここがアレスさんの育った家ですか」
リラが感慨深そうにあたりを見回した。
ダリルはとりあえず椅子に腰かけた。
それに釣られてリラ以外はみな椅子に腰かける。
「私はずっとおばあちゃんと2人で暮らしていたから、
こういう賑やかそうな家には憧れがあります」
リラはまだ立ったままであった。
相変わらず目を輝かせながらあたりを見回している。
「私もよく神の教えを説きにこのようなところにも訪れました」
ヴァリオは柔和な表情で呟いていると、
奥のほうでバタンとドアの閉まる音がした。
内容はよく聞こえないが、話し声が聞こえる。
アレスと孤児院の誰かが話しているのだろう。
しばらくすると、奥の部屋からアレスとともに中年の女性が出てきた。
おそらく孤児院の施設長あたりであろう。
女性は阿賀野たちを見ると何かを呟きながら駆け寄った。
「アレス、俺たちはここの国の言葉がわからない」
ダリルがアレスに通訳を求めた。
使徒の間でのコミュニケーションはたとえ異国の言語でも可能だが、
使徒と普通の人間のコミュニケーションは一般のものと変わりない。
今のところは。
「悪い悪い、そうだったな」
アレスが慌てて通訳をする。
やはりこの女性はこの孤児院の施設長であり、当然彼の育ての親であった。
名前はアルダ・バドエルといい、もうこの孤児院で生活を始めて20年以上になるらしい。
アルダは阿賀野たちに感謝をし、話し合いという決断をしたことを応援し大いに尊重していた。
彼女は阿賀野たちひとりひとりの手を握り、おじぎをして回った。
その後、みなに飲み物を出しながらアレスの通訳を介して、
彼の仲間たちやここでの生活の話をした。
アレスと同い年の子供はここには8人滞在経験があり、
今はそれぞれがこの家を出て働きながら暮らしているそうだ。
孤児院を出てもそのつながりは深く、
互いにしょっちゅう会っており、
よくこの孤児院にも遊びに来たり、
働いて得たお金の一部で子供たちに何かを買ってやっているらしい。
アレスは終始照れ臭そうに通訳をしていた。
阿賀野、ダリル、ヴァリオは無言でたまに頷きながら聞いていた。
リラはとても楽しそうに話を聞いていた。
「ところで、肝心のそのアレスの仲間は今はどこにいるの」
一方で、長話に疲れてきた藍那が紅茶を飲み干しながら尋ねた。
「ああ、それなんだが……」
話に夢中になっていたがはっと気付き、ようやく本題に入った。
「何人かはもうすぐ来るよ。
直接連絡がつかなかった奴もいたけど、そのうち気付いてくれるだろう。
それでな、ちょっと厄介なことになってるらしくてな……」
アレスはばつの悪そうに事情を説明し始めた。
この町も当時は暴動が起きていたようだ。
しかし、この町の暴動には少々不可解な点があった。
暴動によっていくつかの店が被害を被った。
その被害のあった店を羅列してみると、
銀行や金庫など金目のものがある店ばかりに集中しているのだ。
「つまり、この町の暴動は何か妙な感じがするっていう話なんだ」
アレスの仲間は暴動があった場所に片付けの手伝いに行ったり、
家を失った人に代わりの宿を紹介したり、みな一日中出ずっぱりらしい。
その中で少しずつ情報収集もしているのだという。
「なるほどねえ、そのままにしておくのはよくないわね」
藍那はこの込み入った事情に興味を示したらしい。
「だが、当初の目的であるアレスの仲間に会うという目的ならもうすぐ達成できそうだが?
時間もない中でその疑念をなんとかする必要はあるのか?」
ダリルがやや高圧的に意見するのも当然のことである。
対話の日まで残された時間はあまり多くない。
その中で、できる限り阿賀野たちが故郷にて親しい人間に決意や別れを告げるための時間を作るには、
この疑念の解決など二の次にするしかない。
藍那は反論しようがなかったが、行き場を失った感情から何も答えることができないでいた。
「で、でも……」
リラも放っておけないようであったが、藍那と同じく何も答えることはできないでいた。
ヴァリオは意外にも静観していた。
「でも放っておけない、だよね?」
藍那とリラははっとして柔らかな表情で尋ねる阿賀野を見た。
藍那は弱弱しく頷く。
「そう言ってくれるのはありがたいが、俺からは何も言えねえ。
もちろん何とかするのを手伝ってくれるのであればこの上なくうれしいが、
ダリルさんの言うことももっともだ」
「僕たちに関係のないことではないよ」
アレスだけでなく、その場にいる全員が阿賀野を見る。
「そもそも、今回の暴動が起こった原因は僕たちだ。
むしろ、そんな中で僕たちの知らないところで誰かが被害を受けるのは、
僕たちへの憎しみにもつながる」
ダリルは黙って阿賀野の話を聞いている。
「そこで、今回の件を僕たちが解決することで、
こういうことが僕たちの本意でないことを人々に知ってもらう必要があるんじゃないかな」
阿賀野は明るい表情で一呼吸置く。ダリルは続きを促す。
「そうすることで、僕たちに理解を示す人たちが増えて今度の対話もやりやすくなるはず。
そうなれば僕たちにも利益がありますよね?」
「ほう……」
ヴァリオが感嘆のため息をついた。
「だそうだけど、どうするダリル?」
藍那が挑発的だがうれしさを隠し切れない様子でダリルに勝ち誇った表情をする。
「そもそも、多数決であれば少数派な時点で俺は負けている」
自虐的に笑いながら、ダリルは諦めて従うことを決めた。
「そうと決まれば、作戦会議だな」
アレスが嬉しそうに持ち掛けた。日はさんさんと昇っている。




