憎しみの果てに
あれから一週間、阿賀野は戦い続けた。
もういくつの師団を全滅させたかわからない。
今や必要な休息時間は一日に10分とかからなかった。
人類軍の攻撃は戦闘機や戦車で追撃していく形であったが、
射程範囲に接近し一発攻撃をできるかどうかといったところで、
その後はすぐに消し飛ばされるほぼ特攻といってもいい状態であった。
傍から見ると、このままいけば阿賀野が勝利するかのように見えた。
だが、このアメリカの土地に来た時点で、
精神的な限界はとうに迎えていた。
さらに、ほぼ途切れることのない戦闘に、
回復よりも消耗のほうがほんのわずかに上回っており、
徐々に追い詰められていった。
肉体は使徒として完成形にはなりつつも、
精神は人間のままであるため、
肉体的に休む必要はなくても、
精神的には休む必要があったが、
そんな時間はまったくなかったし、
阿賀野自身もそれを必要としていなかった。
そんな、肉体的にも精神的にも少しずつ劣勢になっていく状況の中で、
ほころびが見え始めていた。
ケディはそれを見逃さなかった。
戦闘が始まってからというもの、
圧倒的な阿賀野の能力の前にかすり傷すらつけることさえ難しい状況であったが、
ここ2~3日で、阿賀野は治癒の能力を使用する頻度が増えてきているという分析結果が明らかになっていた。
そして、人類軍総司令室にさらなる報告が入る。
「報告します。 先ほどの戦闘機の攻撃で機関銃がターゲットにヒットしました」
「どの程度のダメージを与えられた?」
ケディは顔色を変えずに詳細を尋ねる。
「報告によると激しく吐血した後すぐに治癒を使用したそうです。
その後の攻撃の勢いが明らかに弱まりました!」
ここ一週間、ケディもほとんど休みを取らずに作戦に当たっていたため、
あまり明るい表情をしていなかったが、
ようやく成果が出始めて少し表情が明るくなる。
「よし、1時間後に出撃予定だった部隊を今出撃させろ。
その分他の部隊も前倒しで出撃だ」
「了解」
返事をして足早に部屋を出ていこうとする隊員を引き留めてもう一つ尋ねる。
「そのヒットさせた隊員はどうなった?」
「……その直後に消し飛ばされました」
すぐにケディの緩みかけた表情が元に戻る。
「そうか、3階級特進にしてやれ」
「はっ!」
隊員は敬礼をして出ていった。
それからの戦況は、人類軍が完全に優勢になるのに3日とかからなかった。
阿賀野は人類軍を迎撃するのに確実に負傷するようになっていた。
一方人類軍側も一度出撃した兵士が戻ることはなく、
痛みを伴う作戦ではあったが、
阿賀野の勢いが衰えてきたため、
とうとう戦闘機や戦車だけでなく歩兵も投入された。
一斉に囲まれて攻撃されればさすがの阿賀野も、
それなりの能力の消耗か傷を負わずには済まなかった。
そんな波状攻撃をもう何度迎撃したかわからないほど乗り越えていたが、
ついには重症を負うことが多発してきた。
そして、この戦争の終わりのときが迫って来ていた。
阿賀野は先の戦闘による傷を能力により治療しようとしたが、
それに耐えることができないほど消耗していることに気づき治療を断念する。
銃撃により体の至る箇所に穴が空き、
血が噴き出ている。
左手は肘から下が動かず、
両足に至ってはもはや動かすことができなかった。
まさに満身創痍の状態で地面に伏している。
今回は、何とか攻撃をしのいだが、
次の攻撃を防ぐことが不可能なのは明白だった。
阿賀野は次の人類軍の攻撃で死ぬ。
阿賀野と同じく、人とは異なる存在の中で、
もう一人終わりを迎えようとしている存在があった。
神は召使いに尋ねる。
「次の人類軍の攻撃が始まるまで、
あとどのくらいの時間がある?」
「5分、多く見積もって10分ですかね」
「そうか……」
神は念じた。
今にも息絶えそうな阿賀野を目の前に呼び出した。
そして、いつぞやのようにその様子が全世界の天に映し出される。
「人類よ、次の攻撃が彼に届くまでしばし時間がある。
その間だけ彼と話をさせてもらいたい」
全世界の人々が固唾を飲む中、神は付け加える。
「安心したまえ。
どの道彼はもう長くない。
それに万が一私が殺されても、
10分経過すれば自動で地上に送り返すようにしてある。
それに、もはや私を殺したところでどうにかなる話でもない」
阿賀野は朦朧とする意識の中で、同じく力尽きそうな神を見た。
神は軽蔑とも哀れみともとれるようなまなざしを向けた。
阿賀野はこの頃、
死んでいった仲間や麻衣ではなく、
母親の面影が朦朧とする意識の中で現れるようになっていた。
「母さん……」
それを無視して神は続ける。
「さて、人類の目の敵にされた気分はどうだったかね、阿賀野君」
我に返った阿賀野は、不規則な呼吸をしながらも神を睨みつける。
だが、もはや立つこともできない彼に何の脅威もない。
「私が憎いか。人が憎いか」
神は一呼吸置いた。
「……それとも、すべてが憎いのか」
神は問いかけ続ける。
阿賀野も睨み続ける。
「私は問い続けるぞ。
そうでないとこうした意味がない」
「コホッ」
阿賀野が吐血する。
もはや次の人類軍の攻撃を待つまでもなく力尽きるかもしれない。
「痛みを消してやれ」
神が召使いに告げる。
召使いが施術しようと阿賀野に近づく。
「余計なことをするな」
睨みつけられた召使いは困惑して神の方を見る。
「なんだ、案外流暢に話せるではないか。
初めて口を開いたな」
神は召使いを手で制した。
召使いは阿賀野から離れる。
「それで、人をどう思うかね阿賀野君。
君の感想によってはやはり私が人類を滅ぼそうと思うのだが」
世界中でどよめきが起こる。
この瞬間、世界中の人々が絶望を味わった。
その一方で、阿賀野は最後の希望を見出し、
無言で這いずり神に近づいた。
しかし、神は気にも留めなかった。
そして、阿賀野は一言放った。
それを告げた笑みは冷酷さと狂気に満ちたものであった。
「その必要はない。……アビリティ・ライズ」
「なに?」
神は戸惑う。
阿賀野に能力を使う力など残っていないことは明白であり、
不意を突かれたことと、
彼が何の能力を強化をしたのか見当がつかなかったのだ。
だが、その直後神は自身の力が高まるのを感じた。
(こんなことをして何になるというのだ?)
神の束の間の戸惑いの直後、
阿賀野は左手を抑えながら神の眉間を凝視した。
神の眉間に穴が空く。
神は戸惑いの中で絶命した。
召使いたちが神に駆け寄る。
人間界からも悲鳴が上がる。
(なんだ?腹いせか?)
ケディは阿賀野の不可解な行動に素直な感想を得たが、
すぐにその短絡的な思考を改めることになる。
(ならば、わざわざ一度能力向上を使う必要がない。なぜだ?)
ケディは思考を巡らせた。
そして、あることに気付く。
(能力を一度向上させられた者が死亡したら、
その能力がアガノにもコピーされる……!
つまり……)
ケディは目を見開きながら叫ぶ。
「アガノは、神の能力を得たんだ……!」




