絶望の果てに
「ここらへんにするか」
途中何度か軍を感知したため、
感知できる範囲に軍がいなくなる距離かつ、
遮蔽物のある場所を選びながら進んでいた。
通常の人間なら明かり無しでは到底動けない真っ暗闇であったが、
阿賀野はだいぶ前から夜目が見えるようになっていた。
ようやく、山小屋が感知できなくなるくらいの距離の山の中腹に到着した。
召集権を発動すると、阿賀野の体が光に包まれ浮き上がっていく。
そこへ、突如ガイドが現れる。
「なァ、使徒様よォ、
さっきの話だが一つおもしろいことに気が付いたぜェ」
阿賀野は不快感を露にしたが、ガイドはかまわず続ける。
「あの麻衣って嬢ちゃんに、あんたは前に能力強化を使ったよなァ?
あんたも重々承知だとは思うが、
あんたの能力強化は、
短期的に能力を飛躍的に向上させた後も、
じわじわと強化が続く。
あれから随分と時間が経ったよなァ」
「何が言いたい」
阿賀野は召集権中でなければ、
手荒な行動をとっていたかもしれないと思った。
それを悟ってかわからないが、
ガイドは一度声を出して笑った後、
より一層とにやけながら続ける。
「つまり、あの嬢ちゃんも一般人からすれば、
十分使徒様たちに近い存在だというわけさ」
阿賀野の体はすでに周辺の木の上部に達する程度に浮きあがっていた。
ガイドは阿賀野のやってきた方向をわざとらしく、
望遠鏡をのぞくようなしぐさをして見ながら続ける。
「ここに来るまでに何度か軍を感知したよなァ?
軍はあんたがこの付近にいることはわかったうえで捜索していた。
そこへ来て、能力が全快になったお前さんがあの山小屋で急に迷彩化したんだ。
何かあると思うのが普通だよなァ?」
阿賀野はとてつもない過ちを犯したことに気が付き、
胸の底がひどく冷えるような感覚を覚えた。
そして、おそるおそる自分のいた方向を振り返ったときであった。
真っ暗な山中に突然ぼうっと大きな炎が上がった。
ガイドは口笛を吹いた。
大きな炎は一瞬だったが、
その衝撃で周りもメラメラと燃えている。
「あっちゃ~ちょうど襲撃されちまったかァ。
それにしても軍の奴らは中の人間を確認しないで攻撃したな?
躊躇ないなァ」
人類軍は阿賀野の残滓と強化されつつあった麻衣の気配から阿賀野と確信し、
攻撃をしかけたのであった。
しかし、阿賀野にはガイドの言葉は聞こえていなかった。
叫ぶことも泣くこともできずただ力が抜けていくのを感じた。
真っ暗で静かな山の上空に光の柱がきらめいている。
それはやがて消え、山にはいつもの静けさと暗さが戻った。
国連本部前に到着した。
こちらの方は太陽がまぶしく輝いており、
痛いほどに日が差していた。
阿賀野は、先ほどのことは悪い夢だったのではないかと思えてきた。
だが、横でこちらの顔を見て満足そうな笑みを浮かべているガイドを見て、
その場に膝から崩れ落ちた。
周りにはまばらに通行人がいたが、
みな天から降りてきた阿賀野を見るなり一斉にどこかに電話を始めた。
中には罵声を浴びせる者もいたが、本人には聞こえていなかった。
ガイドはどうやら他の人には見えていないらしい。
消えるつもりもなく、このまま阿賀野の様子を間近で見るつもりなのだろう。
「まだ、死んだとは限らない」
阿賀野はわずかな希望を見出し、
引きつった薄ら笑いを浮かべながら立ち上がった。
「それに、僕じゃないとわかればきっと救出されて治療してもらえる」
それはガイドに向けて言ったものではなかった。
「だから、僕はここに来た目的を果たす」
そして、目の前の大きな建物を見据えた後、歩き出した。
警備の人間もほとんどおらず、中にはすんなりと入れた。
いくつか部屋を覗いてみたが、どこにも人は見当たらなかった。
ずっと迷彩化しながら移動を覚悟していただけに肩透かしを食らっていた。
どこを目指していくべきかわからなかったが、
吸い寄せられるように前に一度来たあの議会場へと向かって行った。
前にも開けたことのある重くて大きな扉をゆっくりと開けて議会場の中へ入る。
しかし、誰もおらずあのときの混乱はなかったかのように静かであった。
あのときに開けた大穴は完全に塞がっており、もはや何の痕跡も残っていなかった。
部屋を出ようとしたとき、突然前のスクリーンに映像が浮かび上がった。
そこに現れたのはマカリスターの姿であった。
「どうだね。ここも今となっては懐かしいだろう」
マカリスターは意地の悪い笑みを浮かべた。
どうやらこの映像はどこからかライブ中継されているようだ。
「いつかはここに来ると踏んで、
建物内にいくつもの監視カメラとこの映像システムを設置していた。
衛星で常に全世界を監視していたから、
君は召集権でここにやってきたときはすぐに報告があったよ」
マカリスターの背後や周りでは、
人々が慌ただしく動いているのは画面端にちらちらと写っていた。
「しかし、君がまだ生きていたとはねえ。
てっきり作戦通りに行ってこの戦争ももう終わるものだと思っていたよ」
予想外の出来事に今まで動けないでいた阿賀野は叫ぶように切り出した。
「麻衣は……、僕と勘違いで攻撃された人々はどうなったんですか!」
マカリスターは少し目を細めた後、ゆっくりと答えた。
「ああ、それならちょうど今報告が来たよ。
山小屋の中からは数人の焼死体が見つかったとのことだ」
議会場に声にならない声の雄たけびが響いた。
阿賀野はのたうち回るようにその場に倒れ込んだ。
「お悔みのところ申し訳ないが、
ここで君にお願いしたいことがある」
阿賀野に特に反応はなかったが、
マカリスターは構わず続けた。
「だがその前にこれを見てくれたまえ」
そう言って画面の向こうで何かを操作した。
しばらくすると、
マカリスターが映っていたスクリーンから彼の姿が消え、
別の映像が映し出された。
そこには、黒髪の白人で20代の男が映っており、
真っすぐこちらを見ていた。
どこかの家の前で撮影しているようだ。
そして、深刻な表情をしながら話し始めた。
「アガノ君、お願いだから人類のために死んでくれ。
僕はまだ夢を追っている途中なんだ!」
そこで映像は終わったかと思うと、しばらくして次の人が映し出された。
今度は幼い赤ん坊を抱えたアジア系の女でおそらく日本人の母親であった。
「お願いします。私には子供がいるんです。
この子にはもっともっと生きてほしいんです。
だから、おとなしく国連の言うことを聞いてください」
涙ながらに訴えていた。
そしてまたすぐに映像が切り替わる。
次は、数人の黒人や白人の混ざった若者たちの集団が現れた。
どこかのストリートで撮影されたもののようだ。
彼らは酒を飲んだり、肩を組んで歌を歌いながら阿賀野に野次を飛ばした。
「死―ね♪死―ね♪死―ね♪」
この映像は1分程度続いた。
次に映ったのは、金髪の白人の幼い子供であった。
サッカーボールを抱えながら立っていた。
「ぼく、まだ死にたくないです。
だからお願いです。
国連の言うことを聞いてください」
幼い故にたどたどしいが、それでも訴えるような表情でこちらを見ていた。
次に写ったのは、呼吸器や管をつけてベッドに横たわっている黒人の少女であった。
ほとんど息をすることさえも辛そうであったが、
それでも必死に訴えかけるように呟いている。
「私は……、
まだ死にたくありません……
もっと生きたい……」
次はどこかの教室が映し出された。
「先生、僕たちこのまま死んじゃうの?」
物悲しそうな表情の幼い生徒がたくさん映し出されている。
やがて、その中の何人かが泣き出した。
彼らの泣いている姿がそのまま1分ほど流れた。
次に映ったのは、見たことのある面々だった。
中学校のときの同級生たちだった。
「阿賀野、本当にごめん……
俺たちは死にたくない……」
次は高校の同級生たちが映った。
全員が号泣していた。
「阿賀野!!!
ごめん!
……ごめん!!」
次に現れたのは、茶髪で30代くらいの白人であった。
柔らかい物腰で告げた。
「君の境遇には本当に同情する。
我々にとっても辛い選択だ。
だけど、もう手段はこれしかないんだ……
僕が君の立場でもこうするだろう。
お願いだ。人類のために死んでくれ」
そこで映像は途切れ、再びマカリスターが現れた。
その表情には哀愁や憐みがこもっているように見られた。
「我々が君に願いしたいことはわかったね?」
阿賀野は頭を抱えてその場に座り込んで震えている。
「あと、マイ・カワセは両親ともども死亡が確認されたよ。
これはフェイクじゃない。
なんなら死体の画像をここに転送してもらうこともできる。
確か君のガールフレンドだったかな?」
絶望は幾度となく味わった。
だというのに一向に慣れることはない。
阿賀野はこの世で生きていることがもう嫌になった。
なぜこれが夢でないのか。
何もかもが絶望だ。
阿賀野を知る者はもうこの世には誰もいない。
「そういうことだ。
では、そろそろお別れの時間だ」
そう言うと、マカリスターは何かを指示した。
周りの人間がより慌ただしく動き始めた。
(もう、ここで死んでしまったほうが楽なのかな……)
しかし、阿賀野の脳裏に死んでいった仲間や麻衣の顔が思い浮かんだ。
(そうだ。でもあいつらはこれまで卑劣で残酷な方法で僕たちを攻撃してきた)
阿賀野はゆっくりと顔を上げる。
心は相変わらず重たい。
だけど、唯一残った執念だけが彼の原動力となっていた。
思考がメラメラと燃え盛り始める。
(始めは国連にさえ復讐できればそれで終わりだと思っていた。
だけど、あのビデオメッセージは何だ。
のうのうと生きてきた人たちに僕たちの何がわかるって言うんだ……!
あれが僕たちが必死になって助けようとしてきたものなのか……)
自動で感知が発動する。
どうやらこの建物一帯に爆弾が仕掛けられているようだ。
阿賀野は立ち上がった。
震えはいつの間にかおさまっていた。
(始めからそう言ってくれればいいのに、
なぜここまでやる必要があったんだ。
僕たちは最初は話し合いを持ちかけたじゃないか……
なのにあいつらは裏切った。
それどころか、こちらに罪をなすりつけてきた)
拳に力が込められてくる。
途方もない怒りが湧いてくる。
(挙句の果てに関係のない人まで巻き込んだ)
今度は怒りで体が震えてくる。
「だったら……」
阿賀野が呟いた次の瞬間、国連の施設が一瞬で吹き飛んだ。




