孤独へ
一週間後、日本は人類軍の援助を受け入れることを正式に表明し、
協力体制を築いていた。
一方の阿賀野たちはただただゆく宛もなく、
何をしたらいいかわからず彷徨い続けていた。
すでにマスコミは人類軍の関与を大体的に報道していた。
阿賀野たちにとって一番の障害となったのは、
凪咲の死及びそれに関連する一連の被害については、
使徒の攻撃によるものだという報道がなされたことである。
これは阿賀野たちが逃げた次の日に耳に入れた情報であった。
2人は怒や呆れを通り越して戦意を喪失し無気力になりかけていた。
阿賀野たちは軍の攻撃を受ける度に反撃をして、
その場からの離脱ははかろうとしてはしていた。
できるだけ軍に遭遇しないように逃れようともしていた。
しかし、それらの行動は最適な対応とは言い難く、精細さを欠いていた。
召集権を用いて逃げるべきなのだが、
行く宛もなく安全な場所などこの世界のどこにもないと悟り、
使うことを躊躇っていた。
彼らには明確な意思がなかったのだ。
それでも、できるだけ軍に遭遇したくない、
人と会いたくないというただなんとなく出てくる思いだけが彼らを動かしていた。
だが、使徒として能力が高まっている彼らには、
より強力に迷彩化し気配を消さないと存在を隠し切れなくなってきていた。
そのため、安静にしていられる時間は1日に数時間となかった。
索敵されない範囲に逃げるようともするが、
狭い日本に安全に過ごせる場所は少なく、
阿賀野たちの行き先を絞り込むことは、
日本と人類軍の協力に加えて衛星を利用した体制と物量を活かした情報収集の前では、
そう難しいことではなかった。
さらに、阿賀野たちの元々有していた能力は、
当初とは比べ物にならないほど強力になっており、
一般の人間は近付いただけで彼らの能力を、
自分のもののように感じ取れるようになってきていた。
阿賀野は能力強化で能力を高めて、
本来彼の有していなかった能力を使用することも度々あったため、
使徒たちの能力はどんどん分析されていった。
その成果として、迷彩化して人類軍から逃れようとしたときに、
ほんのりと霞のように漂っていた使徒の雰囲気がいきなり消えることにより、
かえって能力を使用したことが付近の軍に悟られてしまうようになっていた。
だが、それでもより強力に迷彩化をするほかはなく、
日に日に2人、とりわけ藍那は消耗していった。
阿賀野たちは現在、ダリルの能力でとある山の大きな岩のある斜面に穴を空けて作った簡素なほら穴に避難している。
消耗の激しい藍那は少し息を切らしながら阿賀野に状況を尋ねる。
「軍は……?」
「まばらに散らばってる」
阿賀野は感知した結果を少し歪めて伝えた。
しかし、藍那はそれを見抜いていた。
「私を置いて逃げて」
感知した結果を分析すると、
藍那を一度置いて戦うまたは逃げることが、
一番状況を打開できる可能性があった。
彼女が提案したのは一番消極的な手段であった。
だが、阿賀野は藍那の手を強く握った。
「もう離さない。今度こそ絶対に守ってみせる」
阿賀野の脳裏にはリラの最期が浮かんでいた。
あのとき、1人ではなくみんなで行動していれば……。
ずっとそんな後悔を抱きながら藍那と行動を共にしていた。
「2人でここから逃れるんだ」
阿賀野は力強いまなざしを向けたが、
藍那は視線を落として悲しそうな表情を浮かべるだけであった。
阿賀野は無言で藍那の手を引いてほら穴から出た。
そして、能力強化で走る速度を上げながら全速力で山を下り始めた。
消耗しきった藍那との離脱が始まった。
(回復するまで持たせればいいんだ……!)
藍那の手を強く握りながら先を急いだ。
「おおよその座標は見当がついている!
包囲した後に絨毯爆撃を開始する!!」
人類軍日本作戦本部にて作戦行動が命令される。
阿賀野たちはすでに周囲を包囲されかけていた。
まもなく、その包囲網の中への爆撃が始まる。
爆撃を防ぎきるのには相当消耗することは計算していた。
そこから脱出しようとしてくる使徒を迎え撃つのが人類軍の作戦であった。
すでに感知でその状況を察してはいたが、
他に活路はないため、阿賀野は突破を試みることにしたのであった。
ほら穴から出発して、
包囲している人類軍と会敵するまであと半分もないところまで進んだところで、
藍那が足を止めた。
阿賀野もつられて足を止める。
「もういいよ、疲れた」
突き抜けるような風が辺りの草木を揺らし、
ごうと音が響いた。
藍那は目も合わせず俯きながら続ける。
「ここから逃げたって、どうせまた追い詰められて逃げるの繰り返し。
私たちが安心して過ごせる場所なんてもうこの地球上のどこにもない」
今にも泣きそうなか細い声で藍那は懇願した。
「それならもう、ここで終わったほうが楽だよ……」
風が止み、周囲は静けさを取り戻した。
2人はただ立ち尽くしている。
だが、阿賀野は再び動き出した。
藍那を両腕で抱きかかえて、何も言わずに進み始めた。
藍那は少し驚いたようであったが、
それでも暗い表情が消えることはなく、
ただただ視線を落としていた。
人を一人抱えた状態でも、
阿賀野の木々に囲まれたこの山中を走る速度は地球上で何よりも速かった。
先ほどまでいた後ろの方からは爆発音が轟いていた。
すでに人類軍の爆撃は始まっていた。
阿賀野は爆撃機を迎え撃つよりも、
回避しながら離脱を図るべきだと考え、
そのまま進み続けた。
(たとえいつか終わるとしても、このままただ死を待つのは嫌だ)
藍那の家で思いついてしまったことが、ここでも思い起こされる。
阿賀野はどうしたらよいかわからない。
(わからないのではなく、迷っているだけなのかもしれない)
そうして頭の中で反芻しながら森の中を風のように進み続けると、
前方に開けた視界がわずかに見えた。
山の麓の森を抜けた国道付近までやってきたのだ。
さらに近付くと、横に軍服を着た兵士たちが銃を構え、
戦車や戦闘用の車両とともに待機しているのが見えた。
(あそこを突破できればこのまま逃げられる)
すでに爆撃は終わっていた。
味方が包囲している付近では爆撃ができないのは阿賀野の計算通りであった。
そのまま一度立ち止まり、藍那をその場に降ろした。
「藍那、ここから一気に駆け抜ける。
でもこのままだと少し遅くなってしまうから一度体勢を変えるよ」
阿賀野は藍那に背を向け姿勢を低くした。
「さあ乗って」
藍那は言われるがままに阿賀野の背中に乗った。
そして、まるで眠るようにその肩に頬をうずめた。
「よし、行こう」
阿賀野は一度深呼吸して、前方を確認した。
途中で攻撃を消し飛ばしたり敵に迎撃したりはしない。
ここから全速力で駆け抜ける。
ただそれだけだ。
そう自分に言い聞かせると再び走り出した。
「アビリティ・ライズ」
阿賀野は木々の間をうまく抜けながら音速に近い速度で移動している。
前方の軍がこちらに気付き発砲を始めた。
2人を目掛けてグレネードランチャーが放たれる。
しかし、人智を超えた速度へ対応できず、
放たれた弾は2人がいた地面に着弾するだけでかすめもしなかった。
さらに国道に近付くと、今度は銃撃も始まった。
弾幕が張られ、死角はないように思えたが、
音速に近い阿賀野には回避をするための道筋が見えていた。
数発の弾が2人をかすめたが、
放たれた弾と弾のわずかな間を抜けて、
ついには国道を一瞬で横切り反対側の森へと入った。
なるべく死角を作り、ジグザグに走りながら後ろからの追撃をかわしていった。
そして、ついには国道にいた軍からの攻撃は届かなくなった。
阿賀野は少し速度を緩めながら感知をしたところ、
まばらに対人地雷や起爆装置が見られた。
それとほぼ同時に周囲に爆炎が舞い、2人を包んだ。
だが、阿賀野はこれをすでに感知しており、
盾を出現させ防いでいた。
周囲の木々が焼け焦げ2人の姿を遮るものがなくなったが、
煙に包まれているうちに森の奥へと姿を消した。
(抜けられたッ!!)
ついに人類軍の包囲網を突破した阿賀野は、迷彩化で気配のみを遮断した。
これでまたひとまずは潜伏できる、
そう安堵したときだった。
敵のいるはずのない背後から銃声が轟いた。
背中の藍那はとっさに阿賀野を押し出した。
鈍い音と衝撃が伝わってくる。
阿賀野はそのままその場に倒れ込んだ。
すぐに起き上がり後ろを振り返ると、
そこには背中から大量の血を流して倒れている藍那が目に映った。
その後方にこちらに銃を向けている1人の兵士がいた。
その兵士の首には銀色のペンダントが下げられていた。
その兵士はさらに数発、藍那に向けて発砲していた。
阿賀野はやや遅れてダリルの能力を発動し、
周囲の景色ごとその兵士を消し飛ばした。
「藍那!!!」
阿賀野は雄たけびを上げながら藍那に駆け寄った。
ゆっくりと抱き起すと藍那は吐血した。
常人なら即死だが、使徒の生命力に助けられまだ生き伸びているという状態であった。
人類軍はこれまで何度も、
2人を包囲しては突破されることを繰り返していたが、
その度にヴァリオの遺した使徒の感知を防ぐペンダントを装備したスナイパーを、
ピンポイントで配置していた。
試行回数を増やすことでいずれは会敵し、
1人を撃破できるというケディ総司令の算段であった。
今回ようやくそれが実ったのだ。
「わたしを置いて、逃げて」
もう力の入らない中、目をかろうじて開き、
阿賀野の顔を見つめながら言った。
「絶対に死なせない」
阿賀野は能力を最大限に用いて治療を開始した。
しかし、藍那は治癒の能力があまり育っておらず、
重症には対応できなかった。
今まで阿賀野が藍那を守り続けた結果、
治癒の能力を使う機会があまりなく、
成長できていなかったのだ。
それでも、阿賀野は死ぬ気で藍那の命を繋ぎ止めた。
だが、それにはかなり時間を労した。
その間、再び人類軍は周囲を包囲し始めていた。
「芳樹…私にかまってると芳樹まで死んじゃうよ」
藍那は阿賀野の能力がないとすぐに力尽きてしまう状態であった。
それでも、彼は決して能力を使うことをやめようとしなかった。
「嫌だ…
僕を一人にしないでくれ……!」
藍那は阿賀野の顔に手を伸ばした。
そして、優しく頬に触れると阿賀野の体のみを完全に迷彩化した。
(リラもこんな気持ちだったのかな)
藍那は儚げな笑みを浮かべた。
そして、声にならない声で阿賀野に向けて何かを伝えた。
だが、次の瞬間、上空の爆撃機が一斉に放った爆弾による爆風が2人を包んだ。




