急転直下
「そうか、阿賀野君は藍那と同い年なんだね」
「はい。僕も驚きました」
阿賀野は藍那とその両親との4人で食卓を囲っていた。
さすがに遠慮はしたが、
藍那の父親に強く勧められて同席したのであった。
「藍那と一緒に作ったんだけどどうかしら?」
「このカレー、とても美味しいです」
阿賀野は気を遣ったわけではなく、
心の底から美味しいと思っていた。
逃亡生活を続けていたうえに、
まともな物を長らく食べていなかったこともあり、
染み渡るようであった。
しかし、彼自身はこの食事にはほとんど意味がないことを理解していた。
もはや使徒として完成形に近づいている阿賀野たちは、
食事をする必要がほぼなくなっている。
藍那も心なしか、一口目を食べたときにもの悲しい表情をしていたように見えたが、
両親に話しかけられるとまたいつものような元気な表情に戻っていた。
その晩、阿賀野は藍那と同室で寝ることとなった。
彼女の両親が妙な気を利かせたようで、
わざわざ布団を1階から持ってきたのだ。
さらに、夜中のうちに前の家に置いてきたものを持ち出してくると言って、
家から出ていった。
だが、藍那と同時に寝ることはなかった。
「先に寝てもらっていいよ。
その間は僕が能力を使い続けてるから」
阿賀野は自身の能力でコピーした藍那の能力を強化し気配遮断をしたうえで、
更にリラから引き継いだ感知も発動し、周囲の安全を確認している。
2人に必要な睡眠時間は1時間もなくなっていた。
2人はもう今日は寝る必要がなかったが、
特段することもないうえに、
外に出るわけにもいかなかったので、
2、3時間経ったがなんとなくそのまま横になっている。
「ねえ芳樹、ずっとこのままこうやって生活できないかな」
阿賀野は何も答えなかった。
いや、答えられなかった。
「私、お父さんやお母さんと一緒に料理したの初めてだったんだ」
藍那はかまわず続けた。
「私、養子でなんとなく疎まれてる気がしてたからあまり心を開かなかったんだ。
でも家族と会話したり一緒に何かをするのって案外楽しかった」
阿賀野は仰向けで寝ていたが、
藍那に背を向けて寝返りを打った。
「確かに私たちはもうご飯を食べる必要はあまりないけど、
明日もみんなでご飯食べたいな」
「それは、無理だ」
「藍那!!!」
阿賀野の返答に被って、外から声が聞こえた。
思わず2人は体を起こした。
「凪咲の声?」
藍那はベッドから起きて窓から外を見た。
「どうしよう……凪咲がここに来てる」
どうしていいかわからずにあたふたしている。
とりあえず窓から顔を出そうとしたが凪咲がそれに気付き、大声で止める。
「そこにいちゃだめ!!!」
藍那はびっくりして思わず動きを停める。
「このまま騒ぎになるとまずい、とりあえず様子を見に行こう」
藍那は無言で頷いた。
2人が下の階に降り、玄関まで行くと凪咲は軒先にいた。
藍那は玄関のドアをそっと開けた。
藍那の顔を見るなり凪咲は叫んだ。
「ここから逃げて!!」
「凪咲……どうしてここが?」
「説明している暇はないの!!
早く逃げないと殺されちゃう!!!」
「どういうこと?とりあえず中に入って」
「だめ!!!」
藍那が凪咲を招き入れようとドアを大きく開けたときだった。
銃声が鳴り響いた。
しかし、それと同時に凪咲が飛び込み藍那を庇う形で押し出した。
凪咲は血を吹き出しながらその場に倒れる。
阿賀野は外へ飛び出し周囲に盾を発現させた。
さらに、周囲の脅威を感知したが、何も感じられなかった。
(なぜ感知できなかった?
感知できる距離の外から攻撃するには、障害物が多すぎる……)
住宅街のためあたりは薄暗く、
どこから狙撃したのかがわからなかった。
(これは入念に準備しないとできない攻撃だ……
藍那は裏切られたのか……)
阿賀野は険しい表情で藍那の方に目をやろうとしたが、
その余裕はないことに気付き、
能力強化を発動し家の周りを囲むように盾を発現させる。
(どこから攻撃されてもおかしくない……!)
阿賀野は敵への攻撃を一度断念し、
死角の多い場所へ身をひそめた。
一方の藍那は、被弾した凪咲を抱えながら家の奥へと逃げていた。
「はやく……逃げなきゃ……」
「今は自分の心配をしてよ!」
しかし、対使徒用に作られた強力な弾を被弾した凪咲は意識が朦朧としており、
もう長くはなかった。
外で爆発音や発砲音が響いている。
だが、阿賀野が発現させた盾が防いでいるようで、
室内には飛んでこない。
「わたし……あの後学校でこの作戦のことを知ったの……
それで、この場所をなんとか突き止めて…走ってきたの……
あのときは…
守ってあげられなくて…ごめんね」
藍那に抱きかかえられ仰向けに倒れている凪咲は、
擦れる声で語り掛けながら藍那の頬を撫でた。
「わたし……ごめん……」
藍那はどうしていいかわからずにうまく答えられない。
「泣かないであい、な……」
優しい表情を浮かべながら凪咲は力尽きた。
攻撃が一度止んだため、阿賀野は家の軒先を出て路上に立ち、
辺りを警戒していると、とあることに気付いた。
(あのペンダントを付けているやつがここにいる……!)
感知に神経を集中させる。
人自体は感知できなくても、飛んでくる銃弾を感知し、
それに対して的確に防御をすることはできる。
さらに、発砲しているおおまかな地点がわかれば、
敵の位置もおのずと絞られてくる。
また、別方向から狙撃される。
(1人はあの方向か。
でも攻撃をするにはあまりにも周りを巻き込みすぎる)
防戦一方の状況を打破するべく、
ダリルの能力で敵の付近を消し飛ばすべきか迷ったが、
付近の住民を巻き込むことになる。
付近の住民はこの音で目を覚ましているが、
何が起こっているかわからず、
家の中で震えているようであった。
別の打開策を模索していると、
藍那が家から出てきて阿賀野の背中にしがみついた。
「ここから、離れたい……」
「……わかった。アビリティ・ライズ」
こうして、阿賀野たちはその場から離脱することを決めた。
今や音速に近い速度で移動できるようになった2人は、
自衛隊にその姿を捉えられることなく真夜中の闇へと消えていった。
そして、自衛隊にはその日のうちに作戦の失敗が告げられた。




