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対峙

 阿賀野たちの召集権による移動の知らせを聞いた人類軍総司令のケディは、

 物量作戦に出ることを決意した。

 とにかく阿賀野たちに休む暇を与えないように追撃し、

 消耗させようというのだ。

 さらに、ある秘策もあった。


 だが、阿賀野たちの考えていたとおり、

 永世中立国であるスイス政府は人類軍の介入をすぐには承諾しなかった。

 先日のミサイルの発射は大きな反響を呼んだのだ。

 阿賀野たちはスイスに来てから1週間は生活の基盤を築いたうえで、

 情報収集に当たることができた。

 これまで、なし崩し的に人類軍から逃れてきた中で、

 初めて身近に敵の脅威が差し迫っていない状況になった。

 2、3日ほどでここを出発するつもりであったが、

 次に移動した場所がここよりも悪い条件にならないという保証はなく、

 なかなか移動を決意できないでいた。


 これでようやくこれからのことを考えることができる、

 当初はそう思っていたが、阿賀野には胸に詰まるものがあった。

(人類には滅んでほしくないけど、やっぱり国連のやり方は許せない)


 一人で街へ調達に出てきた阿賀野は、

 藍那の能力をコピーし迷彩化した状態で街を回りながら、

 商店や露店の食べ物などを少しずつ盗んでいた。

 両手で紙袋を抱えながら、

 迷彩化があとどれくらい持続できるのか体力と相談しながら雑踏を歩いている。

 店のものを盗むのは未だに気が引けるが、

 生きていくために必要最小限の食べ物だけと心に決め街に出てきている。

 この時点で、阿賀野たちが生きていくのに必要な食料は、

 使徒化の影響により常人よりもはるかに少ない量で済むようになってきていた。

 今やリラに至ってはパン1つで2,3日はもつようになってきていた。


 情報収集をして隠れ家に戻ろうかと考えていたときであった。

 遠くで爆発音が鳴り響いた。

(これはまさか……山の方から……?)

 その瞬間、阿賀野は荷物を投げ捨て、迷彩化を解除した。

「アビリティ・ライズ」

 能力強化を発動し走る速度を速めながら走り始めていた。

 その姿は人々の目にも止まらぬ速さとなっており、

 指差そうとする者もいたが、

 手を上げた後にはもうその姿は遥か先へと消えていた。

 山のふもとに近付くと、リラの感知能力を使った。


(リラたちの反応がない。

 きっと藍那の能力を使っているんだ)

 ひとまず安堵すると、そのまま隠れ家ではない方向を目指した。

(こういうときのために落ち合う場所はいくつか決めている。

 落ち着け。ここから一番近い場所に行ってみよう)

 阿賀野は迷彩化も併用しながら、その場所へと速度を上げた。


 10分ほどでその場所には着いた。

 一見ただの森の中だが、阿賀野たちにしかわからない目印を付けてあった。

 ここにリラたちが来たという目印は付いていなかった。


(ここではないか)

 一度迷彩化を解除する。

 軍にも場所が把握されるリスクもあったが、

 リラたちに阿賀野の存在を知らせる意味もあった。

 そして、目印の横に印を刻んだ。

(次の場所へ向かおう)

 ちょうどそのときであった。


「芳樹!」

 阿賀野は声のした方向を見た。

 するとリラと藍那の姿が現れた。

 一瞬安堵するが、すぐに険しい表情に戻った。

「軍が攻めてきたの。完全に場所はバレてた」

 ここまで完全迷彩を保ったまま移動してきた藍那の顔には、

 うっすらと汗が滲んでいた。

「リラ、周りの様子は?」

「完全に囲まれています……」

「数日前から周りの山に軍が入っているのは知っていたけど、この山だけは来なかったのに…」


 藍那が唇を噛む。

 これはスイスを掌握していたケディの作戦通りであった。

 人工衛星から捉えた召集権の位置と、

 近辺の人間からの奇妙な感覚が山のほうからするという報告をもとに、

 阿賀野たちのいる場所をおおよそ割り出していた。

 そして、周りの山にはいないことを確実に確認したうえで、攻め込んだのであった。


「ここを出るときが来たみたいだ。

 召集権が使えるところまで逃げよう」

 阿賀野は2人の手をそっと掴んだ。

「行くよ。アビリティ・ライズ」

 そして、3人は走り出した。

 後ろからはヘリコプターの音が聞こえてきている。

 だが、阿賀野たちの移動速度のほうが上であった。

 そのまま街まで出る。

 道中で戦車と数人のスイス軍の兵士が道を塞ぐが、

 阿賀野が一瞬で消し飛ばす。

 そのまま3人は街を駆け抜けて外れまで出た。


「リラ、このまま国境付近まで向かうべきかな?」

 山を登り始めた阿賀野はリラに敵の位置を尋ねた。

 しかし、ここで彼女の顔色が変わった。

「駄目です……国境付近に大勢が待ち構えています」

 阿賀野は足を止めた。

「ならここで召集権を発動すればいいってこと?」

 しかしリラは首を横に振った。

「この位置だと国境付近を旋回している戦闘機に狙われます」

「くそっ……」

 予想外に追い詰められていることを知らされた阿賀野は地面を蹴る。

 筋力も常人のものではなくなってきているため、辺りの木々が揺れる。

 だが、すぐに顔を上げる。

「それなら、もう一度街へ戻ろう。考えがある」

 リラと藍那は顔を見合わせた。

 阿賀野は返事を待たずに再び能力強化を発動する。

「行くよ。アビリティ・ライズ」


 再び阿賀野たちは街へ戻ってきた。

 そのまま隠れ家のあった山の方角へと向かっている。

 道中でスイス軍に遭遇するが、やはり阿賀野が一瞬で消し飛ばす。

 スイス軍も阿賀野たちが街にいる感覚はしているので、

 姿を見た途端に攻撃を開始するが、

 その攻撃ごと阿賀野はスイス軍を消し飛ばした。


 見晴らしのよさそうな屋上のある、

 この街にしては高い建物を見つけると阿賀野は止まった。

「ここにしよう。昇るよ」

 藍那とリラが、中に入って階段で屋上まで上がろうとするが、

 阿賀野が2人の手を引いて能力強化をして飛び上がった。

 すると、屋上まで届いてしまったのであった。

「リラは感知で敵の位置を教えて。

 藍那はいざというときは完全迷彩で僕たちを守って」

 手短に指示を出すと阿賀野は屋上から周りを見渡し、

 そこから見えるスイス軍の戦車、兵士、ヘリコプターを次々と消し飛ばした。

 死角にいるのがわかっている場合は、

 一度地上に飛び降りて追撃した。

 敵を殲滅させると、すぐに屋上に戻ってきた。

 こうして、30分ほど攻撃を続けると、

 スイス軍の攻撃がついにはなくなった。


「今のうちに召集権を発動するんだ」

 阿賀野は藍那に促した。

「でもまた戦闘機が来るんじゃ……」

 阿賀野は藍那をまっすぐ見た。

「大丈夫。僕が召集権が終わるまで必ず守るから」

「芳樹……まさか……」

 リラの脳裏にアレスの最期がよぎった。

 だが、阿賀野は凛とした表情で答えた。

「大丈夫。攻撃してきた奴らをすべて消し飛ばしたら行く」

 藍那は阿賀野の頬に平手打ちを入れた。


「バカじゃないの!?」

 しかし、淡々と答えが返ってくるだけだった。

「納得のいく答えを見つけるまで僕はまだ死ねない。

 それに、犠牲になるつもりはないよ」

 空を割くような戦闘機の音を聞いた阿賀野は振り返りながら言った。

「さあ早く行くんだ!僕を信じてくれ!」

 阿賀野はすぐにその戦闘機を消し飛ばした。

 続いて、反対方向からも3機ほどがこちらに向かってくるのが見えた。

 リラは目元を拭いながら頷いて藍那の手を引いた。


「先に待っています」

 リラは召集権を発動した。

 リラの体がまばゆい光に包まれて浮いていく。

 藍那はまだ逡巡していたが、阿賀野は叫ぶように付け足した。

「移動した先に危険があったらリラ1人じゃ危険だ。だから、リラを頼む!!」

 こうして、藍那はリラに手を引かれ召集権に応じた。


 空に向かって光の柱が伸びている。

 そこにめがけて戦闘機から攻撃が行われるが、

 阿賀野はすべてを消し飛ばす。

 しかし、すぐにまた次の攻撃が来る。

 それも消し飛ばす。

 3人のいる建物の低層階に何発か着弾するが、

 リラたちに影響のない攻撃は無視した。

 阿賀野はリラたちを狙うすべての攻撃を消し飛ばし続けた。


 そして、10分後にリラたちに遅れて阿賀野はアラスカの森に到着した。

 能力を限界まで使用し消耗したため意識は朦朧としていたが、

 体に大きな傷はなかった。

 藍那とリラは今にも倒れそうな阿賀野を抱きかかえた。


 *  *  *


 スイスから逃亡して2日が経った。

 意識を失っている阿賀野を抱えながら、

 3人はできるだけ遠くに離れた。

 召集権の位置が人類軍に知れ渡っていることは想像がついていたからだ。

 今は全快ではないが、

 途中で意識を取り戻した阿賀野は隠れ家となる場所を探していた。

 その道中で発見した、しばらく誰も使っていなさそうな小屋に立ち寄った。

 そこには人1人が生活できそうな道具があらかたそろっていた。


「おそらく、狩りをする人たちのキャンプ小屋なのかも」

 阿賀野は部屋にあった古ぼけたラジオの電源を入れながら呟いた。

 ラジオから音声が流れてくる。

 どうやら、ちょうどニュース番組のようだった。


「2日前の使徒の襲撃により壊滅した、

 スイスの地方都市へのさらなる援助を国連は発表しました」

「今、何て言った?」

 藍那はおぼろげに呟いた。

「あの街への攻撃が僕たちのせいにされている」

 藍那は机をバンと叩いた。

「あんな街の人を巻き込むようなめちゃくちゃな攻撃をしたのは軍の方じゃない!」


(あれは人類軍だったのか……)

 阿賀野は唇を噛んだ。

「やっぱり、これが国連のやり方なんですね……」

 リラは俯きながら呟いた。


「僕は決めたよ」

 藍那とリラは驚いて阿賀野の方を見た。

「今まで、なし崩し的に逃げてきたけど、

 やっぱり軍には殺されたくなかった。

 でも、今は別の考えになった。

 あんな奴らは残しておけない。

 たとえ僕たちが生き残らないとしても、

 倒しておかないと残された人たちが心配だ」


 阿賀野の目には、かつてのような生き生きとしたものがなくなっていた。

 代わりに、とても冷たく、諦めたかのような表情をしていた。

 阿賀野たちは人類軍と対峙することを決意することとなった。


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