決意
時を同じくして、阿賀野は街中を走り回っている。
「ハァ、ハァ……一体どこまで逃げるんだよ……」
苦しそうに息を切らしながら尋ねる。
「いいから、とにかく逃げるの!」
阿賀野は麻衣に連れられて逃げている。
「使命」を与えられたときは茫然としていたが、
状況をいち早く飲み込んだ麻衣の助けによって、
まだ誰にも捕まっておらず、
ケニーのような状態にはなっていなかった。
「でも、逃げてどうするんだよ。
というか、まだ僕にはばかばかしい話にしか思えないんだけど……
急にあんなものを見せられたって、
誰かのいたずらかもしれないし」
阿賀野はまだ混乱していた。
麻衣は急に立ち止まったかと思えば両手で彼の肩をつかみ向き合う。
「でも、ほかの人に捕まったら何されるかわかんないよ!?
とにかく人のいない場所に行かなきゃ!!」
「まあ確かにそうだけど、
光が僕を差していたのを見ていた人って
麻衣とそのとき周りにいた数人だろ?
さすがにここまで逃げれば、
もう僕があのときの人だなんてわかる人は麻衣以外にいないだろ」
「それもそっか……」
意外にも冷静な阿賀野の意見に、麻衣は納得し立ち止まる。
怒号やサイレンがあちこちから鳴り響いている。
阿賀野を探しているのかそうでないかは不明だが、
どちらにせよ街はとにかくパニック状態になっているようだった。
「逃げたのはいいけど、この先、どうしよっか……」
麻衣がため息交じりにつぶやく。
「何も考えていなかったのかよ。
そもそも、僕なんかを助けてよかったの?
あのお告げとやらが本当なら、
僕は麻衣たち人間の敵らしいし」
「そこまでは考えてなかった。
でもなんか、本能的に逃げてきちゃった」
阿賀野の問いにあっけらかんと答える麻衣であった。
「はあ……」
阿賀野は麻衣の奔放ぶりに呆れながらも、
そこにいるいつもと変わらない幼馴染の存在に、
内心うれしい気持ちになっていた。
しかし、そんな時間も束の間であった。
最初のときと同じように、全世界に向けて発表がされた。
「えェ~全世界のみなさん、
一人目の使徒が先ほど逝ってしまいました。
これで残りは6人です。
人間のみなさん、この調子でどんどん使徒を葬りましょう!!
使徒のみなさん、もっと力を使ってみましょう!!
これからお手伝いに伺いますゥ!!」
今回は音声だけだが、軽い調子ながらも、
どこか子どものような純粋な残酷さがあった。
先ほどの「神」とは別人のようだ。
そして突然、
阿賀野の目の前に今まで見たことのないような生物が現れ、
話しかけてくる。
「ここまで生き残った使徒様に神様からのご褒美だぜェ!」
その生物は青暗い皮膚をし、
体調は50センチほどで宙に浮いており、
醜悪な笑みを浮かべていた。
まるで、絵本に出てくる悪魔そのもののような見た目をしていた。
「あんた何?まさか神様とやらの使いだったり?」
「おっ、ただの人間のくせに勘がいいねェ、
その通りさァ。
俺はある条件で使途様の前に現れるゥ。
俺の役目は、言ってみればあんたらのガイドだァ」
「ガイド?」
麻衣は親切過ぎる状況を訝しむ。
「そうさ、ガイドさァ。
あんたら使徒様をサポートし、
必要な情報を与えるのが俺の役目だァ。
ただし、必要最低限だがなァ」
謎の生物はこの状況を楽しんでいるかのようにニヤニヤしながら話す。
「おっと、自己紹介がまだだったなァ、
俺のことは終末を見守る小人とでも呼んでくれェ」
「やだ。めんどくさいからガイドって呼ぶから」
麻衣は流されずに切り返す。
「へっ、威勢のいい嬢ちゃんだァ。別にどう呼ばれようといいけどよォ」
「で、悪魔みたいな見た目してるあんたは本当に敵ではないの?」
麻衣はまだ信用していなかった。
阿賀野のこの状況をまるでショーを楽しむかのような態度でいるガイドが
どうも気に食わなかった。
「なんだよ、信用してないのかよォ。
しかも俺を悪魔だと言いやかがったァ。
まあいいや。
どうせ俺はただのガイドだからなァ。
いいだろう、その証拠に情報を与えようゥ」
ガイドは打って変わって神妙そうな顔をしながら話す。
「早速、一人目の使徒様が殺された」
「さっきのあれ?本当なの?」
麻衣の表情はややこわばっている。
それをガイドは待ってましたと言わんばかりの様子で続ける。
「ようやく話ができそうだなァ。
俺が現れるある条件とは、
1人目が死ぬことだァ。
でもここからが本当にびっくりする情報だぜェ!
心して聞けよォ」
ガイドは2人の不安を煽ることが楽しくて仕方がないかのように続ける。
「死んだ奴の能力は回復だァ。
どうやら外傷ではなく、
能力のオーバーヒートで死んだようだなァ。
ヘヘッ、こいつが最後まで生き残ると思っていたが、
真っ先におっ死ぬとはなァ!」
「待って、今の部分でいくつか説明してほしいんだけど。
まず、「能力」って?」
麻衣に質問を受けたガイドが阿賀野の方を見る。
「そろそろ、そこの使徒様にも自覚が芽生えてもいいはずだなァ。
自覚はないんですかィ?」
「え……特に、何も……?」
阿賀野は自分の体を眺めながら答える。
それを見ながらガイドは楽しそうに続ける。
「使徒様には一人一つずつ能力が与えられる。
一人目に死んだ奴の能力は回復だった。
まあ、さすがの神様でも丸腰の人間に、
その他大勢の人間と戦えなんて言わねえってことだなァ」
うんうんとガイドはうなずきながら答える。
「それで、芳樹の能力は何なの?」
麻衣がすかさず尋ねる。
「使徒様よォ、さっきから人間にばかり聞かれてるんだが、
この質問にも答えちまっていいんですかィ?
こいつらはあんたたちの敵ですぜェ?」
麻衣の冷静な質問と、
ガイドの信じられないような話についていけず、
傍観していた阿賀野は突然質問を振られて困惑する。
そして、麻衣の顔を見ながら答える。
「……いいよ、別に。麻衣だし」
「頼りねェ使徒様だぜまったく。
じゃァ教えてやる。
あんたの能力は強化だァ」
ガイドはもはや阿賀野に敬語を使うのをやめた。
一方の阿賀野は自分の手のひらを見つめている。
しかし、相変わらずあまり実感は湧かないようだ。
「それじゃわかんない。具体的に教えて」
阿賀野の様子に見かねた麻衣はさらに質問する。
「能力強化だァ。ほかの使徒様などの能力を補助し、
一時的に高めることができるゥ」
「それって一人だと何もできないってこと?」
麻衣はろくでもない能力であればいちゃもんをつける気でいた。
ガイドはニヤニヤしながら続ける。
「それは使徒様次第だァ。
それにこの能力の効果はこれだけじゃなィ……」
ガイドが続けようとしたが、
ここまで人目を気にせず会話をしていた3人に、
その油断を咎めるかのような出来事が起こる。
「なんだあれ!おい、変な奴らがいるぞ!」
角から現れた一行のうちの一人が阿賀野たちを指さす。
どうやら近所の様子を確認するために見回りをしていたようだ。
阿賀野たちはハッと振り返る。
「どうやらほかの人間に見つかっちまったみたいだなァ」
ガイドが呟く。麻衣はすぐさま阿賀野の手を引きそこから走り出す。
「逃げたぞ!ひょっとしてさっきの神様とやらに選ばれた奴らかもしれん、追うぞ!」
集団の中の勘のいい一人が叫ぶ。
「能力の使い時だな使徒様よォ!唱えてみろォ、それが発動条件だァ!」
麻衣に手を引かれ逃げながら、少し要領を得たようで、
阿賀野は「唱える」。
「アビリティ・ライズ!」
「えっ?いつもより足が速くなっ……て……?」
「あいつら、めちゃくちゃ足速いぞ!追いつけねえ!」
集団の一人が呟いたが、
その声はすでに阿賀野たちには聞こえていなかった。
阿賀野たちの走る速度は車に追いつけるほどになっていた。
麻衣の驚く様子を横目で確認し、説明する。
「試しに今、能力を使って走る速度を上げてみたんだ。
どうやら対象は1人だけでなく、
2人は可能なようだね。
あと、身体「能力」でも強化できたね」
「そういうのはやる前に言ってよ!」
麻衣は少々困惑しながらも、阿賀野の意外な順応性に驚く。
「それよりどこ向かえばいいの?」
このままでは目立ちすぎるため、阿賀野は麻衣に案を求める。
「とりあえず、人気のない山中とか?」
「よし、じゃあ昔行ったことあるあの山に逃げよう。
さらに脚力を強化して一気に行くよ!」
「えっ?もっと速くなるの!?
ちょっとまっ……ひゃあああ!!」
阿賀野たちの速度がさらに上がる。
2人はそのまま人気のない場所を目指した。
阿賀野たちは目的地に着いていた。
辺りに人気はない。
2人は座りながら、スマートフォンでニュースやSNSを見ている。
どうやら、街だけでなく全世界中がパニックになっているようだ。
さらに、ガイドが言っていたように、
1人目の死が大きく報じられていた。
しかし、比較的平和なうえに意思決定の遅いこの国では、
騒ぎになっているだけで何か方針が打ち出されたわけではなかった。
ほかの国では、使徒は見つけ次第捕えよというところもあれば、
生死を問わず報告せよとのお達しが出ているという噂も流れていた。
ケニーはどうやら物騒な国の出身だったらしい。
もう夕焼けの差す時間帯になっていた。
疲労している様子の2人にガイドが声をかける。
「ちょっとは使徒様らしい状況になってきたなァ」
「完全にあんたのせいでしょ!何がガイドよこの足手まとい!!」
麻衣はガイドをはたこうとした。
だが、麻衣の手はガイドの体をすり抜けた。
「悪いなァ。
基本的に俺たちは使徒様にも人間にも物理的に不干渉だ。
互いに触れることはなィ」
麻衣はムッとしながらガイドに罵声を浴びせる。
「じゃあせめてあんたのせいで他の人に見つからないようにしてくれる?
不干渉なんでしょ!?」
「もちろんできるぜぇェ?
俺はいつでも消えることができる。
その逆もまた然りだァ」
「じゃあ今すぐ消えて!」
麻衣は怒りを露わにした。
だが、ガイドはますます楽しそうに話す。
「おいおい、本当に消えていいのかァ?
この追われる状況を脱する手段がたった一つだけあるんだぜ?
俺はその方法を知ってるぜェ」
麻衣の眉がピクリと動く。
気に食わないが、このままでは埒が明かないのも事実だ。
渋々黙ってガイドの返答を促す。
「言ってみてよ」
麻衣とは正反対の様子である阿賀野も黙って促す。
「へへっ、そう来なくちゃなァ。
俺もまだ俺自身の仕事を十分に全うできていなィ」
ガイドは満足そうに笑う。
「まだ、あんたたちには説明できていないことがいくつかあるが、
召集権は助けになるだろゥ」
まだ、説明すべきことがあることに麻衣はムッとする。
「召集権?」
阿賀野は内容を呟きながら咀嚼する。
「そうだ使徒様。要するにワープできる権利だ。
1日に1度だけ使徒様の誰かが宣言し、使用できる。
それに他の使徒様も同意した場合に追随することもできる。
召集する場所は宣言した者が自由に選べるゥ」
「じゃあ世界のどこにでもワープできるってこと?」
麻衣が驚きながら尋ねる。
「そういうことだァ。
そしてこの話をする使徒様はあんたが最初だ。
つまり、他の使徒様たちはこのことについてまだ知らないということになるゥ」
ガイドは淡々と説明する。
そして、阿賀野は考え込む。
麻衣も同様に考え込んでいる。
「いきなり召集しようとしても、
それに他の使徒が応じるかはわからないってことか……」
「ただし、2つデメリットがあるゥ。
1つ目は召集権で移動している最中は能力が使えない。
2つ目は、召集の時はかなり目立つ。
つまり、どこかに隠れようとしてもおおまかな位置は人間にバレるってことだァ」
「じゃあ意味ないじゃない!
居場所がバレて追われるくらいなら、
このままひっそりと紛れ込んでいたほうが安全だわ!」
麻衣はやはりガイドが気に食わない。
しかし、それを除いてももっともな意見であった。
「だが、いつまでもそのままでやり過ごせるかなァ?
使徒様の能力が強まるにつれて、
どんどん人間離れしていく。
やがては、普通の人間にも直観で使徒様だとわかるような存在になってしまうぞォ」
ガイドはニタニタと笑いながら説明を全うしていく。
「そうだね。どちらにしてもこのままだと麻衣に迷惑がかかる。
いや、もっと危ない目に合うかもしれない。
それに、仮に僕が投降しても他の使徒がどうするかはわからないし」
「投降って……
あんたさっき1人目が殺されたってことを聞いたばっかでしょ!
バカじゃないの!?」
麻衣が阿賀野の思わぬ発言につい怒鳴る。
「でも、麻衣か僕かどちらかは生き残れないみたいだよ……?」
「それ……は……」
麻衣がうろたえる。
阿賀野は困惑しながらも状況を整理している。
自分でも恐ろしい事実を言ってしまったことに驚く。
「でも、やっぱりいきなりどちらかが死ぬなんて話になるのはおかしいよ!
話し合わなくちゃ……」
「話し合い……?」
阿賀野はきょとんとする。
麻衣の意見が突拍子のないことなのはいつものことであったが、
今回はいつにも増してすぐにはピンとこなかったようだ。
「おい!あそこに人がいるぞ!!」
突然の叫び声を聞いた阿賀野たちは驚いてあたりを見回す。
そして、どこからか阿賀野たちのいる場所目掛けて駆けてくる存在に神経を張る。
いつの間にかガイドの姿は消えていた。
「やっぱりいたぞ!変な感じがすると思ったが、
たぶんこいつが例のやつだ!」
男が阿賀野を指差し叫ぶ。
阿賀野の気配に感づいた人間が導かれるようにやってきたようだ。
「ワープして!芳樹!!!」
麻衣が叫ぶ。
阿賀野は突然の出来事に動けないでいたがハッとし、
思考を巡らせる。
しかし、先ほどと同じように逃げてもこの繰り返しになるだけだ。
そう考えるとこの場を長期的に打開できる策は他にない。
「ワープって、どこにさ!」
「そんなの知らない!とにかく人がいないところ!!」
阿賀野たちがあたふたしている間に、
男が詰め寄ろうとする。
それに気づいた麻衣が、男に体当たりをする。
男はうめき声を上げて倒れる。
「早く行って!!!このままじゃ捕まっちゃう!!」
「で、でも……!!」
阿賀野は躊躇している。
「このまま捕まっても殺されちゃうかもしれない!
でも、話し合えばきっと何かが変わるはずだから……
きゃっ!」
先ほど麻衣に体当たりをされた男が立ち上がり退けようとする。
麻衣は必死に男にしがみつき、取り押さえようとする。
「麻衣!!!」
「来ないで!!逃げて!!」
阿賀野は唇をかむ。
冷静になる必要がある。
一度目を閉じ深呼吸する。
そして、目を見開いて麻衣に叫ぶ。
「わかったよ麻衣!!僕は逃げる。そしてほかの使徒と会ってみる」
阿賀野はもう一度大きく息を吸う。そして、麻衣に決意を表明する。
「それでもって、話し合う道を探してみる!!」
「そうよ、話し合いよ!人間なんだからまずは話し合わなくちゃ!」
「うん、だから……行ってくるよ!」
阿賀野はどうしたらいいのかわからなかったが、
とりあえず念じてみた。
すると、天から光が差し体の周りをまばゆい光の粒子が包み込んできた。
直観的に行き先を念じてみると、
まるでキャトルミューティレーションのようにゆっくりと体が浮かび上がっていく。
麻衣と男たちは目の前の光景にただただ立ち尽くして見ているしかなかった。
どんどん高度が上がっていき、やがて阿賀野の体が消え始めた。
「また、必ず戻ってくるから!!!」
麻衣がそれを聞いた瞬間、阿賀野の姿は消えていた。
薄れゆく景色の中で、阿賀野はこれからに思いを馳せる。
(麻衣、母さん……僕はちょっと頑張ってみるよ)




