覚悟
「ダリル、実はお前は俺みたいに雇われ兵にならなくてよかったと思っていた。
本当は普通の学校に通って普通の生活を送ってほしかった」
「やめてくれ兄さん、こんなときにそんな話しないでくれ」
しかし、ザリルはかまわず続ける。
「だから、せめて俺より長く生きろ」
そして、ザリルはダリルたちに耳打ちした後、
ダリルたちが止める間もなく、
盾から手を出しスモーク弾を地面に撃ち込んだ。
阿賀野たちの周囲に煙が舞い、周囲からの視界が塞がれる。
さらにザリルは手榴弾のピンを抜き、外に放った。
それと同時に、ヴァリオの設置した重火器が火を噴き、
ザリルの左手首を吹き飛ばしていた。
しかし、その衝撃で手榴弾も爆発した。
「なっ、なぜ出れる!?兄さん!!」
ダリルが叫んだが、すでにザリルは右手で銃を構え盾の外に飛び出し発砲していた。
ヴァリオの発現させていた重火器は、
先ほどの手榴弾の爆発により無力化されていた。
阿賀野の強化したアレスの盾は外側からの干渉は一切受けないが、
内側からは人だけは自由に脱出できるようになっていた。
ザリルはこのことに気付いていたのであった。
ザリルが盾の外に出た瞬間、周囲の兵士が発砲した。
ザリルは銃弾を浴びながらも叫んだ。
「ダリル!!やれえぇぇっ!!!」
阿賀野は一度盾を解除した。
それと同時に、能力強化の対象をダリルに向けて集中させた。
そこへ周囲の兵士から一斉射撃されるが、
右側の兵士はザリルが仕留めたため攻撃はなく、
後ろからの攻撃はリラが、
左からの攻撃が藍那がそれぞれ盾を発現させ防いだ。
ヴァリオ含む前方は、ダリルが能力を発動し、
すべて消し飛ばした。
しかし、ダリルはヴァリオのいたところを見据えたまま、
阿賀野の能力強化を受けながらもう一度能力を発動した。
「エストランデル、貴様の能力を破壊するッ!!」
ダリルは確かに、ヴァリオの能力を破壊した手ごたえを感じた。
そしてそのまま藍那が押さえている左の兵士を消し飛ばし、
続いてリラが押さえている後ろの兵士も消し飛ばした。
立て続けに4発も能力を使ったダリルは肩で息をしている。
しかし、そのまますぐにザリルの元へかけよった。
「兄さん……」
ダリルは倒れているザリルを抱きかかえた。
ザリルは体中に銃弾や手榴弾の破片が突き刺さっており、
口からも吐血していた。
不規則な呼吸をしている。
「やれば、できるじゃないか」
ザリルは虚ろな笑みでダリルを見た。
そして、震えながらダリルの肩に手を乗せた。
「お前は……できるだけ長く生きろ」
ダリルの頬を涙が伝わった。
ザリルは儚い笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じていく。
しかし、次の瞬間ダリルもろともザリルを銃弾が貫いた。
ザリルはそのまま絶命し、ダリルは胸に数発被弾する。
「そういう手段に出ることは予想できていましたよ」
再び死んだはずのヴァリオがそこに立っていた。
ダリルが絶望の叫び声を上げる。
「なぜだ!!能力を破壊されははずだ!!」
ヴァリオは甲高い声で笑いながら答えた。
「簡単ですよ、能力が壊されても復活すると信じていたのです」
ヴァリオの笑い声とともに、
再び重火器が阿賀野たちを囲み一斉掃射が始まる。
阿賀野は盾を再起動させ、先ほどと同じように銃撃を防ぐ。
(どうする?藍那の能力で逃げられるか……?)
ザリルが死んだことにより、
藍那の能力を強化すれば4人全員を完全迷彩化して、
ここから離脱できるかもしれない。
阿賀野はそう考えたが、すぐに我に返って自省した。
(僕は……なんてことを考えてしまったんだ)
ザリルが目の前で絶命したというのに、
驚くほど冷静な自分に多少の戸惑いを感じていたが、
この状況を脱する最善手を見つけることを優先した。
(でもザリルさんなら冷静に行動しろ、そう言うのかな)
阿賀野は周りを見渡した。
盾の中では、ダリルが藍那とリラに介抱されながら先ほど銃弾で貫かれた胸や腹部を治療している。
なんとか一命は取り留めたようだが、
あまり動くことはできなさそうであった。
阿賀野たちを守っている盾の周りに、大きな鉄の杭がいくつも刺さる。
さらにその杭の間にはいくつもの有刺鉄線が張られた。
ヴァリオが阿賀野たちを逃がさないための鉄檻代わりの物を発現させたのだ。
(しまった!これじゃ藍那の能力で完全迷彩にしても抜け出せない!
もう盾で守り続けるしかないのか……!)
阿賀野は素早く次の行動に移れなかったことを悔やんだ。
今までも実際のところは、ザリルやダリルが的確な判断を下していたため助かっていたことを痛感した。
一方、これまで何度も窮地を生き延びてきたダリルであったが、
今回ばかりは絶望していた。
兄を失った悲しみに暮れる暇もなく、
次の相手の攻撃が始まり放心状態になりかけている。
(兄さんの決死の攻撃も効かなかった……こんな化け物俺に倒せっこない)
ダリルは走馬燈のように昔のことを思い出していた。
ムアック兄弟はストリートチルドレンであった。
スラムの中で、毎日生きるか死ぬかの生活を送っていた。
兄弟の連携は幼少期から大人でも目を見張るものであった。
また、彼らは喧嘩が強く、いつしかスラム街では最も恐れられる存在となっていた。
そして、兄ザリルが15歳の頃、
兄弟の腕っぷしに目を付けた通りがかりの雇われ兵が彼らをその道に誘ったのは、
いつかこの街を出ていくと考えていたムアック兄弟にとっても渡りに船であった。
戦場に出た彼らの活躍はめざましいものであった。
兄のザリルが周囲を引っ張り、
弟のダリルがその指示を着実にかつ最も効率的にこなす。
そんな彼らの名は、数年後には伝説の兵士と名高い存在になっていた。
しかし、そんな彼らにも強大な壁が立ちはだかった。
怪兵のトゥオメラの存在である。
特にダリルは、圧倒され余裕をなくした兄の姿を見たのが初めてであり、
より一層恐怖心を植え付けられた。
ダリルには肝心な判断はいつも兄に頼っているという劣等感があった。
ザリルが心の支えとなっていたのだ。
軍を抜け出す際も始めは驚いていたが、すぐに兄に賛同した。
ザリルも薄々それを感じていたが、
これは弟の変えることのできない性だと思い、何も言い出せないでいた。
ダリルが使徒に指名されたのはそんな中の出来事であった。
どうするべきかザリルに相談していくうちに、
彼は自分がここにいれば兄まで危険に晒すことに気付いた。
そこで旅立とうとはしていたが、なかなか行動に移せないでいた。
そのとき、阿賀野が召集権を発動したのであった。
ダリルはザリルを守るために、
必死の思いでこの家を旅立ったのであった。
しかし、その兄も守り切れなかった。
ダリルは自分にはもう何もできない、何も守るものがない、そう思った。
突然目の前にザリルが立っていることに気付いた。
ダリルはそのままザリルの元へ歩こうとするが、ザリルが呟いた。
「本当にこれで終わりでいいのか?」
ダリルは立ち止まった。
彼は今まで、兄以外の人間を対等な仲間だと思ったことはなかった。
しかし、アレスは、リラは、藍那は、阿賀野は自分と同じように兄を慕い、身を案じてくれた。
共に過ごした時間は長くはなかったが、
様々な場所を助け合いながら旅した。
(俺は決められたことをこなすのは得意だが、
自分から働きかけるのは苦手だった。
今回もそうだった……
目の前のことはこなせるが、肝心なところでは何も思い浮かばない……
だから、阿賀野の突拍子もないアイディアには毎回驚かされるし、
それに迷いなく着いていこうとするみんなにもまた驚かされてきた。
彼らは俺にないものを持っている)
ダリルは初めて仲間というものができたのだと気付いた。
「それなら、まだやることがあるはずだろう」
ザリルはそう微笑むとゆっくりと消えていった。
ダリルは半分意識を失っていたことに気付いた。
一度空を見上げてフッと笑った後、阿賀野たちに切り出した。
「お前たち、俺に考えがある」
ダリルは静かに体を起こした。




