これから
阿賀野が目を覚ますと、今では見慣れた天井が目に入った。
外は明るくなっている。
激しい頭痛に思わず顔をしかめる。
狭い部屋ではなかったが、
2人で寝泊まりするには少々窮屈な部屋であった。
しかし、いつもとは違う空虚さに近い解放感があった。
はっとして体を起こす。
隣を見たが、アレスの姿はなかった。
阿賀野はアレスの名前をふと呟いたが、
森の中の家の小さな部屋の静寂に消えていくだけであった。
「ふざけるなよ……僕は人殺しをしたんだ……
そこまでしたのになんでアレスまで失うんだ……」
阿賀野は声を殺して泣いた。
そこへ、様子を見るためリラがドアをノックする音が聞こえたが、
何も返事をしなかった。
リラは返事がなかったのでドアを開けると、
体を起こし俯いて小さく震えている阿賀野の姿が目に入った。
「芳樹、起きていたのですね」
阿賀野は返事をしなかった。
リラはそっと阿賀野に近寄り、抱きしめた。
彼女の胸の中の阿賀野から嗚咽が漏れた。
リラもまた、涙を流した。
その後、阿賀野は俯きながらリラに手を引かれ、
みなのいるリビングへとやってきた。
座っていた藍那はリビングに入ってきた2人をもの言いたげな目で見た。
「ようやく目が覚めたようだな」
ダリルとザリルも座っている。
「お前は3日かかったな」
阿賀野は一瞬ザリルが何を言っているのかわからなかったが、
すぐに理解した。
「僕は3日も寝ていたのか……」
「俺は丸1日だったようだ」
ダリルはもう全快したようだった。
能力を限界まで使うとかなり長時間の睡眠が必要になるようだ。
「私は2日くらいね。
だからあんたたちが出ていったのも帰ってきたのも気付かなった」
藍那は怒っているとも沈んでいるともとれる表情で言った。
「お前たちが帰ってきたときはすぐにわかったよ」
ザリルは窓の外の晴れ渡る空を眺めながら言った。
「お前たちの違和感は以前よりも大きくなっている。
以前なら気のせいで済んだが、
今のお前たちの違和感は顔を知らなくても一目で使徒だとわかってしまうだろう」
「じゃあこの場所も見つかってしまうのでは!?」
阿賀野は血相を変えて立ち上がろうとしたが、
ザリルがその必要はないと制する。
「それなら試したが大丈夫だ。
お前たちに近付けば近付くほど、
本能に訴えかけてくるような違和感があるが、
離れれば徐々に薄れていき、
10キロも遠ざかれば何も感じなくなる」
ザリルは立ち上がってラジオの方に行き、電源を入れた。
「だが、問題はそれじゃない」
「どういう……ことですか」
「こういうことだ」
ちょうどそこへラジオの音声が入った。
「今回の使徒の襲撃にて殉職した、
人類のために戦った勇敢な者たちに祈りを。
彼らのおかげで、使徒の1人を葬ることができました。
そして、我々国連軍改め人類軍は、
確固たる意志を持ちこれからも使徒と戦っていくことを誓いました」
ラジオからは、阿賀野たちが一方的に施設を襲撃し、
軍はそれに立ち向かったという内容の報道が流れていた。
「あんなことをしておいて……そんなことを言うのか……!」
阿賀野はテーブルをバンと叩いた。
「ガイド、対話を呼びかけたときみたいに全世界に事実を話したい」
そこへガイドが素早く現れた。
「残念ながらあれは一度きりの特別措置だ。
もうああいうマネはできねェ」
阿賀野は無言でガイドを消し飛ばそうとしたが、
まだ全快ではなく、頭痛が走り能力は発動できなかった。
ガイドは努めて真顔でいようとしたが、
ついには隠し切れない笑みを浮かべながら答えた。
「それよりいい知らせがあるぜェ。
3人目がやられちまったからまたまた能力付与のご褒美だぜェ。
さァ、今までの3人の中から好きな能力を選びなァ!」
「ふざけないでよ!」
藍那が叫び声を上げた。
だが、ダリルは短く注文を済ませた。
「俺はアレスの能力をもらう」
ザリルを除く藍那たちはダリルの方を見る。
「なんでこんなときにそんなに冷静なのよ!!」
思わず藍那はダリルの頬を平手打ちした。
彼女の目には涙が浮かんでいた。
平手打ちされたダリルは藍那に向き直り淡々と述べた。
「こんなときだからこそだ。
あいつがいない今、お前たちを守れる能力を持つ者が必要だ」
阿賀野たちははっとした。
数秒してそこへリラも続く。
「私もアレスの能力をもらいます」
藍那と阿賀野はリラの方を見た。
リラの目には涙ながらも力強い意志が感じられた。
そこへ阿賀野も続こうとするが、藍那が遮る。
「私もアレスの能力にする。
だけど芳樹、あんたは前回治療の能力を貰ってないでしょ。
そっちにしなさい」
阿賀野もアレスの能力を貰おうと考えていたため反論しようとしたが、
藍那だけでなく、リラの迫るような視線に気付き、
俯きながらしぶしぶケニーの治癒能力を選択した。
阿賀野たちへの能力付与が終わると、
ガイドは満足そうな笑みを浮かべながら消えていった。
藍那は一度鼻をすすった後に切り出した。
「これからどうするつもりなの……?」
藍那は俯きながら告げた。
「国連は許せないけど、
だからといって人類を滅ぼすなんてできない。
でも、ただこのまま死ぬのも嫌。
私は正直どうしたらいいかもうわからない」
誰もが無言になる。
外からは鳥の囀りがかすかに聞こえてくる。
「僕は少なくとも人類軍はこのままにはしておけない」
阿賀野は低い声で唸るように言い切った。
「私はおばあちゃんが気になりますが、もうお別れは済ませました。
今はみんなが無事でいることの方が大事です。
だからみんなを守るために付いていきます」
リラの決意は固まっていたようだ。
そして、最後にダリルが語り始めた。
「この際だから、俺と兄さんのことを話そう」
ザリルは何も言わずダリルを見た。
「知ってのとおり俺たちは脱走兵だ。
脱走する前、俺たちはあらゆる戦場を駆け巡った。
生きるためにな。
そして、戦績が認められ、いつしか周囲にもてはやされるようになった。
だが、やがて俺たちが目にしたのは腐った軍の体制だった。
俺たちが軍を抜けたのは、
そういう面に嫌気が差したからだ。
しかし、運命には逆らえず今回もその例に洩れなかったようだ」
「やはりただ者ではなかったんですね」
阿賀野は今までのムアック兄弟の適切な助言や、
ダリルのイタリアでのことを思い出した。
百発百中と言っても過言ではなかったダリルの銃の腕前には、
確かな経験の裏付けがあったのだ。
しかし、ダリルはフッと笑った。
「だが、しょせん俺たちは井の中の蛙だ」
「どういうことですか?」
「そいつは戦場では怪兵のトゥオメラと呼ばれた。
彼もまた俺たちと同じ雇われ兵だそうだ」
「怪兵……?」
「ああ、そいつは狡猾で残忍な戦い方をするやつだった。
俺たちも何度か戦ったことがあるが、
トゥオメラのすべてを見透かしたような戦術の前に、
俺たちは何度も撤退を余儀なくされた。
やつには底の知れない強さがあった」
「さらにはその慎重さも恐ろしかった。
ところが、俺たちは3年前のとある戦いで奴を追い詰めた。
奴のやり方についていけなくなった部下の離反により、
奴はほぼ自滅に近い形となっていた。
俺たちが奴のいたキャンプに攻め込んだときは、
すでに惨々たる状況となっていた。
それ以来トゥオメラの姿を見た者はいない。
トゥオメラが死んだかどうかは誰もわからなかった。
なぜなら奴の素顔を見た者はおらず、
トゥオメラという名前でさえもおそらく仮名だろう。
正直なところ、
俺はそいつがもしこの戦いにも参加していたらと思うと本当に恐ろしい」
「話は逸れたが、ここまで来たら俺も人類軍と戦うつもりでいる」
ダリルは拳を握りしめ、付け加えた。
「せめて、今回の真実だけでも世に知らしめてみせる。
このまま野垂死ぬのでは、アレスに申し訳が立たない」
ザリルもまた、自嘲気味に呟いた。
「運命からは逃れられないか、その通りだな。
この戦い、俺も手伝わせてもらうぜ。
どの道いずれこの場所も見つかるだろうしな」
そして、以前と同じような爽やかな笑みを浮かべた。
「高嶺、お前はどうする?」
ダリルの質問に藍那は少し考えた後、結論を出した。
「もう誰にも死んでほしくない。
そのためには私の能力が必要だと思う。
だから今はそのためにあんたたちに着いていく」
こうして、阿賀野たちは人類軍との対峙を決めた形となった。




