アレスの盾
その後も、黙々と道を切り開いていった。
この時点で、ダリルとアレスはかなり消耗しており、
阿賀野もそれに並ぶ程度の消耗になった。
リラももはやあまり能力は多用できなくなってきていた。
地下水道では、薄暗い道をランタンの明かりを頼りに街の外を目指して進んだ。
ジーモは言うべきか迷っていた違和感をおもむろに告げた。
「なあ、アレス。
たぶん、軍の連中は俺たちの居場所をなんとなくだが勘づいてる」
アレスたちは、能力が強まると一般人に存在が悟られるというガイドの言葉を思い出した。
ジーモはおそるおそる付け足した。
「アレスにすげー変な感覚がするんだ。
近くにいるときはもちろん、ちょっとくらい……
この街ににいるくらいならたぶん居場所がわかると思う」
アレスははっとしてリラに尋ねる。
「リラ!敵は追ってきているか!?」
「……!地上にいます……車とヘリでしょうか……」
ダリルは唇をかみしめた。
(なんということだ……
このままではいずれ捕まる。振り切らなくては)
ダリルは向かう方向を変更するか逡巡した。
(とはいえ、本格的に能力を使用するのを控えなければならなくなった。
だが……)
「ここは僕の能力を使うしかないですね」
「だけど、どこへ向かうんだよ!?」
阿賀野が能力強化で速度を速めようとするが、
アレスの指摘のとおり行き先が定まらない。
移動速度が上がると言っても、相手が車両であれば振り切るのば難しい。
せいぜい同速程度である。
だが、車は道路しか走れないが、生身の体であれば縦横無尽に移動できる。
この差を活かせば距離を稼ぐことはできる。
「一か八かだが、行きに使った車で逃げるか」
ダリルは立ち止まって方位磁石を確認した。
阿賀野たちも立ち止まる。
「この向きだな」
ダリルは壁を見ながら左手首を右手で強く抑えた。
壁に大穴が空いた。穴はかなり長く続いていた。
「これだけやれば足りるだろう……最後の一発だ」
かつてない威力で能力を使用したダリルは、
吐血しながら暗闇の道の向こうを見据えた。
「ここを阿賀野の能力で最速で駆け抜けて地上に出る。
そしてすぐに車に乗って逃げる。
ヘリは阿賀野とアレスでなんとかしてくれ」
阿賀野は頷き能力を発動した。
阿賀野たちは一目散に走り出した。
リラは軍を感知しながら進む。
軍がどんどん引き離されていくのがわかる。
阿賀野も能力を最大限の出力で使用しているため、
思った以上に移動速度が上がっていた。
しかし、1キロほど進んだときであった。
阿賀野たちの移動速度が落ちていく。
そして、ついには能力が解除されてしまった。
「なぜだ……!どうして……!」
阿賀野は力を込めようとしたが、力が入らなかった。
もはや走ることもできず、その場に倒れ込んだ。
立ち上がろうとするも、目が霞みがかり、
平衡感覚が失われている。
「もういいよ、芳樹」
アレスが阿賀野の肩に手を置き優しく語りかけた。
表情は柔らかかった。
リラは軍が自分たちに追いつき、
地上に集まっているのがわかると、阿賀野に寄り添った。
ジーモはただ天を仰いて立ち尽くしている。
ダリルは疲労からかその場に座り込んだ。
彼らはその場を動けなかった。
しばらく経って突然、リラが地上の方を見た。
「軍が……散らばっていきます……」
ダリルは息を切らしながら、顔を上げリラの方を見た。
「どういうことだ??」
ジーモは素っ頓狂な声を上げた。
「地上にいた軍が、なぜかここから離れていってるんです」
リラも信じられないようだったが、
5分も経たないうちに軍は散り散りになり、
リラの感知の範囲から外れていなくなった。
リラがそのことを告げると、ジーモが名乗り出た。
「ちょっと様子を見てくる」
近くにあったマンホールへと昇るための手すりを見つけると、
そこを素早く昇っていった。
アレスたちも慌てて付いて行った。
ジーモは手早くマンホールを開けると、地上に出ていった。
街の外れで、人気はなかった。
すぐ横は森になっているが、街の方へは舗装された道が続いていた。
その道に沿ってちらほらと民家などが建っている。
アレスがジーモに遅れて地上に出ようとしたときだった。
銃声が鳴り響いた。
地上に飛び出した彼の目に入ったのは、
銃を構えたゼノーニと頭から血を流し倒れたジーモの姿であった。
「戻れ!!!」
アレスが叫んだが、ダリルがすでに上がってきており、
続けて阿賀野も上がろうとしていた。
「総員、合流だ!」
ゼノーニが片手に持った無線機に向けて叫びながら、
アレスたちに向けて発砲した。
アレスはマンホールから出てくるリラと阿賀野も庇う形で盾を発現させた。
盾がゼノーニの放った銃弾を防ぐ。
ゼノーニは無線機と使っていた拳銃を捨て、
背負っていたマシンガンにすぐさま持ち替え、掃射を始めた。
相変わらずアレスの盾が防いでいるが、身動きが取れない。
「なぜ今回も感知できなかったんだ」
ダリルがアレスの盾に隠れ、銃を構えながら様子を窺う。
「わかりません……」
リラは困惑しながら答える。
「はっはっはァ!
こいつの効果はどうやら本物だったようだな!!」
ゼノーニは独り言を言い、上機嫌に笑いながら銃を撃ち続ける。
(こいつ?)
ダリルはアレスの盾超しにゼノーニの方を凝視した。
彼の胸元に、兵士らしからぬものが見えた。
銀色のペンダントである。
弾切れになったゼノーニは物陰へと逃れた。
(あのペンダント、どこかで……)
ダリルがゼノーニに追い打ちをかけようとしたが、一度辺りを見回した。
すると、アレスが目に入った。
アレスはジーモの傍に寄っていた。
アレスはしゃがみ込んだ。
ジーモは頭を撃ち抜かれており、即死であった。
アレスは肩を落とし、力なく天を仰いだ。
「お前まで死んじまったら、俺はどうすればいいんだよ」
しかし、感傷に浸っている暇はない。
リラが叫んだ。
「先ほどの軍がまた集まって来ています……!」
ダリルはゼノーニを警戒しつつ、
リラたちの集まっているマンホールの付近に戻った。
(一度地下に戻るか……?
いや、マンホールを降りているほどの余裕はない)
ダリルがどうするべきか考えようとしている間にも、
ヘリコプターの轟音が聞こえてくる。
また、軍のものとみられる車両も遠くに見える。
(こちらの戦力は能力を使うことができない俺と阿賀野、
それから限界近くまで消耗しているアレスとフィルソヴァ……
これはもうやるしかないのか)
ダリルは何か打開できる策を考えようとしたが、
考えるより先に口が動いた。
「お前たちは速く地下へ逃げろ!!
ここは俺が時間を稼ぐ!!」
ダリルが叫び、敵を撹乱するべく別の方向に走り出そうとした。
だが、行く手をアレスの盾が塞いだ。
ダリルはアレスの方を振り返った。
アレスは立ち上がっており、涙を流しながら笑顔でこう言った。
「お前たちは召集権を使え。
逃げるまでは俺が絶対に守り通す」
アレスは背負っていた荷物を放り投げた。
そして、力いっぱい両手をかざした。
ヘリコプターから機関銃の掃射が始まったが、
阿賀野たちを包むように天に向かって発現した盾に防がれる。
限界を超えていたアレスは吐血するが、それでも盾は消えない。
「早く、行け!!!」
アレスは今まで出したことのないような声で叫んだ。
ダリルは召集権を発動した。
行き先はザリルの家付近の森だ。
ダリルの体が光に包まれ、
ゆっくりと宙に浮き始める。
「フィルソヴァ、阿賀野!!早く!!」
ダリルが促すもリラと阿賀野は動こうとしない。
「そんなこと……できません!」
リラは震える手で拳銃を構え、既に盾の外を囲んでいる軍に向ける。
「嫌だ。僕も、残る……」
満身創痍であったが、阿賀野は能力を使おうとした。
しかし、能力は発動せずその場にへたり込んだ。
それでもまた立ち上がり、能力を発動しようとした。
そこへ、アレスが近付き、阿賀野とリラの肩をポンと叩いた。
「ありがとう。でも、俺にはもう何もないんだ。
だったら最後にお前たちだけは守る。
だから、死なないでくれ」
「アレスを置いて、行けるわけないじゃないか……」
阿賀野は震えながらも立っている。
「盾を解除してください。敵を、撃ちます」
リラは涙で視界がぼやけていたが、それでも召集権には逆らっていた。
しかし、次の瞬間、視界が真っ暗になり意識を失った。
一度召集権を中断したダリルが、
リラの後ろから手刀をして意識を奪ったのだ。
続けて、阿賀野の腹部の急所に一撃入れ、意識を奪った。
ダリルは2人を抱えると、再び召集権を発動した。
「すまねえな、ダリル」
アレスは力なく笑った。
「俺の、力不足だ」
ダリルは俯いてただそう答えた。
3人の体が光に包まれ浮いていく。
一方、盾の外では、軍がランチャー等の重火器も使用し始めた。
アレスの盾が少し薄くなり消えかけるが、アレスは歯を食いしばった。
アレスはさらに吐血するが、
再び盾の色が濃くなり、ダリルたちを守っている。
アレスは朦朧とする意識の中で、
孤児院にいた頃のことを思い出していた。
引き取られてやってきたときに最初に見たアルダの笑顔、
孤児院に来て初めて声をかけてくれたときのエドガルドの笑顔、
悪友のジャンピエロの笑顔、
陽気で人懐っこいカルロの笑顔、
いつも頼りになるミレーナの笑顔、
いつもみんなのことを気にかけているローザの笑顔、
いたずら好きだったジーモの笑顔、
そして、死に際に見せたドーラの笑顔が浮かんだ。
その瞬間、意識が少し戻り、
消えゆくダリルたちの姿が見えた。
アレスは笑顔でダリルたちを見送った。
ダリルたちの姿が消えると、アレスたちを囲んでいた盾が消えた。
そして、アレスに向かって四方八方から銃弾が飛んだ。
アレスが最後に見たのは、阿賀野たちが去った後の光の粒子がきらめく青空だった。




