ふたたび故郷へ
阿賀野たちはザリルの家の前に降りた。
辺りはまだ夕焼けが微かに残っていた。
この広大な山に今日もまた夜の闇が迫り始めていることがわかる。
「みんな無事か!?」
最初に到着していたダリルが呼びかけた。
「リラと芳樹が被弾したようだ」
アレスは阿賀野を、藍那はリラを介抱しながら地上に降りた。
ダリルが駆け寄る。
「どこを撃たれた」
「か、肩を撃たれました」
阿賀野は右手で左肩を抑えながら答えた。
ダリルが処置をしようとしたが手で制した。
「アビリティ・ライズ」
阿賀野はリラのほうに近寄り、能力を発動した。
すると、リラの足の傷がすぐにふさがった。
「芳樹……」
リラは涙目で阿賀野の方を見た。
「やっぱり、回復の能力を得られたのは本当だったね」
「けど、お前は持ってないだろう!」
「大丈夫だよ、アレス」
阿賀野は自分の左肩に手を当てた。
「アビリティ・ライズ」
かなりの力を込めて能力を発動した。
顔を歪ませながらも力を出し続けた。
そして、30秒ほどで阿賀野の傷は完全にふさがった。
その異常さは家の中にいたザリルにもすぐに伝わり、飛び出してきていた。
「僕の能力強化で僕本来の回復力を高めました」
阿賀野は息を切らしながら説明した。
「ちょっと無理しすぎました」
微笑みながらそう言うと、阿賀野は意識を失った。
一方、神の居間にて、神は相も変わらぬ様子でここまでのすべてを見ていた。
時折、激しく咳き込み、その度に従者が心配そうに顔を覗くが、
意にも解さぬ表情で神は阿賀野たちの行く末を観察している。
だが、その体は確実に終わりのときへと近付いていた。
阿賀野が目を覚ますと、以前にも見たことのある天井が目に入った。
外は明るく、すでに日は高く昇っていた。
起き上がると、頭を抱えた。
能力を使いすぎた反動か、ひどく頭痛がしている。
狭い部屋ではなかったが、2人で寝泊まりするには少々窮屈な部屋であった。
隣を見たが、アレスの姿はなかった。
ベッドから出ると、体がふらふらした。
それでも、なんとか重い足取りでリビングへと向かった。
リビングに近づくと、アレスの声が聞こえた。
「俺だけじゃねえ、藍那や芳樹の家族だって心配だろ?」
しかし、アレスの問いに対する藍那の答えは淡々としたものであった。
「アレスの家族は助けたいけど、私の家族は別にどうでもいいかな」
アレスは信じられないというような顔をした。
「どうしてだよ!大事な家族だろう!?」
思わず語気を荒げた。
「私って養子なんだ。今の父さんと母さんは本当の親じゃないの」
藍那は寂しそうな表情で続けた。
「しかも、嫌々引き取られたの。
だから私に対して愛情なんてこれっぽっちもないの。
こんなことになってもたぶんいなくなった私の心配より、
自分たちの身の安全の心配をしてると思う」
そこに阿賀野も入ってきた。
リビングにはアレスと藍那とリラがいた。
みな安堵の表情を浮かべて阿賀野に声をかけた。
「芳樹、目が覚めたか!!」
アレスは一度先ほどの会話を切り、阿賀野の様子を窺った。
「あれから、倒れたお前を部屋に運んで夜が明けたんだ。
お前のおかげでみんな無事だ」
「あんた、能力の使い過ぎで倒れたのよ。注意しなさい」
藍那も阿賀野を気遣った。
「芳樹のおかげで私もすぐに回復しました。
本当にありがとうございました」
リラは阿賀野の手を両手で取って感謝の意を表した。
「ダリルさんとザリルさんは?」
「食糧の調達に行ったよ」
アレスは手招きし、とりあえず阿賀野を椅子へ座らせた。
「それで、これからどうしようって話だよね?」
阿賀野は先ほどの会話の内容で、ある程度の話題は想像がついていた。
アレスは少し興奮して話してしまったことを聞かれて照れ臭くなった。
「そうだよ。芳樹も家族が心配だろ?」
しかし、その答えはアレスの期待に反するものであった。
「僕も、両親は昔に死んじゃったから今の家には誰もいないんだ。
だから特に身の回りの人に危険はないかな」
一瞬、麻衣の顔が浮かんだが、
さすがに使徒の友人に捜査が及ぶことはあっても、
危害が加えられることはないだろうと阿賀野は考えた後、もう一言付け加えた。
「それに、日本は平和な国だからそう簡単に昨日みたいなことにはならないと思うよ」
アレスは多少面食らったが、ただ、そうかと呟いてそれ以上その話を続けなかった。
ちょうどそこへ、ムアック兄弟が帰ってきた。
「なんだ、もう起きてたのか。これからちょうどメシだ」
ザリルは阿賀野たちにはにかみながら、森で採ってきた山菜を見せびらかした。
「昨日獲れたイノシシも食おう」
ザリルの一声で食事の準備が始まった。
食事を終えた後、ザリルも交えて情報の確認とこれからについてのことを打ち合わせた。
まず、阿賀野たちが街で得た情報とザリルが持っている情報はほぼ同じであった。
今も流しっぱなしにしているリビングにある充電式のラジオからは、
今は電波の調子がいいようで、昨日と同じような内容が延々と放送されていた。
ダリルの言っていたとおり、ザリルは元から軍を警戒しており、
そう簡単にここはわからないであろうし、来ることも難しいであろうとのことであった。
しかし、ザリルのような歴戦の軍人ならともかく、
一般人であるアレスの家族たちが軍に狙われた場合、
逃れることが難しいであろうとのムアック兄弟の見解は一致していた。
「私は、それでも助けに行きたいです」
リラは切実な思いで告げた。
その思いはみな同じであったが、もう誰も危ない目に合わせたくないというジレンマもあった。
今回ばかりは厳しい状況にあり、場合によってはもう二度と会えなくなることも、
考慮に入れる必要があるというダリルの意見に加えてのことであった。
しかし、何か一押しあれば気持ちが動くというところはあった。
リスクを度外視してでも動こうと思える何かがあればというところであった。
「藍那?どうしました?」
リラが藍那に声をかけた。
藍那は顔が紅潮し、息切れしており、座っているのも辛そうな状態になっていた。
「風邪かな?アビリティ・ライズ」
阿賀野は藍那の回復能力と本来の免疫能力を交互に強化して治療を試みたが、
一向に症状は改善しなかった。
「とにかくベッドへ連れて行ったほうがいいな」
ダリルがそう言うと、リラとアレスと阿賀野の3人で藍那を寝室へ連れて行った。
「どういうことだガイド?」
水などの準備をしながらダリルは久しぶりにガイドに尋ねた。
なるべくやりたくはなかったが、苦肉の策であった。ガイドはすぐに表れた。
「人間がいるが現れてもよかったんですかィ?」
ザリルは話は聞いていたためあまり驚きはしなかった。
「今回はかまわんから早く話せ。
あと、この会話は高嶺たちともリンクさせろ」
ダリルはなるべく短く要件を言い、ガイドの回答を促した。
「ズバリ、能力の使い過ぎによる脳の酷使ですなァ」
「なら阿賀野のように少し寝れば治るということか」
「彼女はもっと深刻だなァ。
もともと消耗が激しい能力で限界なんてとうに超えていたのに、
今まで無理していたんだからなァ。
昨日戦ったときも立っているのがやっとだったはずだぜェ」
「何だって!?本当かよ藍那」
アレスは思わず藍那に問いただしてしまった。
「うるさい……わね……」
ベッドまで運び込まれた藍那は辛そうにそう答えると、
男2人を部屋から出るように促した。
「なんてこった……藍那を頼りにし過ぎていたな」
部屋から出ると、アレスは落ち込みながら呟いた。
意図せずして、これからの方針を決めかねる結果となってしまったが、
アレスの家族たちを助けに行くのがより遠のいてしまった。
藍那を寝かせた後、もう一度みなリビングへ集まった。
特に何かをしようというわけではなかったが、
なんとなく必要だと思い集まったのであった。
そこで、阿賀野はやはり先ほどの話を持ち出した。
「まだ、僕の分が残ってましたよね」
何のことを言っているのか一瞬誰もわからなかった。
しかし、すぐにダリルはピンときた。
「お前、まさか……」
「アレスとリラとダリルさんも使った権利です。
僕も使わせてもらいます」
阿賀野は淡々と言い放った。
1人1回。召集権を好きに使う権利。
それが正気の沙汰でないことは百も承知だったが、
この方法だけが唯一の大義名分となる。
「出発は明日の朝にします。
もちろん藍那は連れていけないけど、たとえ僕一人でも行きます」
そう告げて微笑むと、阿賀野はリビングを後にした。
その微笑みには以前のような柔和さは薄れてしまっていた。
次の日の朝、阿賀野は召集権で再びアレスの故郷に行くべく、
ザリルの家の玄関を出ようとしたときだった。
「待てよ芳樹」
振り返ると、アレスとリラが立っていた。
「私たちも行きます。だから、無茶しないで」
リラは今にも泣きそうな顔をしていた。
「わかったよ、行こう」
阿賀野はドアノブに手をかけた。
「遅れてすまない。俺も行く」
ダリルも用意を済ませ遅れてやってきた。
アレスとリラは嬉しそうな顔を浮かべた。
こうして、阿賀野は4人でアレスの故郷に向かうこととなった。




