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ひとりめ

 ケニー・マートンは真面目で人のいい男であった。

 学生の頃から他人からものを頼まれればなんでも引き受けたし、

 厄介事を押し付けられても嫌な顔一つせずにこなしてきた。


 おかげで学校の成績は優秀とは言えなかったが、

 それでも大学を無事卒業し、

 とある工業用品メーカーに就職し、結婚もしている。

 会社でも他人の嫌がることを率先してこなしており、社員からの信頼も厚い。


 しかし彼は悲惨な運命の持ち主でもあった。

 彼の会社にはライバル会社があった。

 そこは数年前からとある秘策に打って出ていた。引き抜きである。

 有能な若手社員にケニーの会社よりもよい待遇を提示すれば、集まってくるのは必然だ。

 短期的には手痛い出費となるが、長期的に見ればその影響は大きかった。


 ケニーにも声がかかったことはあったが、

 自分を拾ってくれた会社への背信になると言い拒否した。

 当時は同様の反応を示す社員も少なくはなかったが、

 関わりのある別の会社を使い始め、

 ついには有能な社員がケニーの会社からいなくなるまで、

 根気よく手を回し続けた。


 そうして、入社して10年ほどでケニーの会社は倒産してしまった。

 周りの同僚が次々と転職を決めていく中、

 ケニーは残務処理を進んで引き受けた。

 そのため、ケニーの転職は遅れてしまった。


 それでも、その働きぶりに感謝した社長がいくつか転職先をあっせんしてくれたおかげで、

 何とか再び職を得ることができた。

 ここまではケニーの人徳が報われていたと言えよう。


 悲劇はここからだ。

 次の職場はケニーにとっては最悪の職場であった。

 そこの上司はケニーの人のよさにかこつけて次々と無理難題を押し付けた。

 ケニーは能力としては平凡であり、

 その仕事は明らかにキャパシティーを超えていた。


 だが、上司はそれを許さず叱責した。

 いつしかそれは人格否定の罵倒になっていき、

 ケニーは鬱病を発症してしまった。


 それから嫁と子どもが出ていったのはすぐのことであった。

 ケニーはその後実家に戻って療養生活を送っていたが、

 ついには子どもに会うために奮起し、就職活動を始めたのであった。


 そして、1か月ほど経ってようやく就職の話をこぎつけて、

 新しいボスと歩いていたところに、

 まさに天地が逆転するかのような事実を告げられ、

 天からの光がケニーを差していたのであった。


 阿賀野と同じく、世界の命運を握る7人の哀れな使徒のうちの1人に選ばれてしまったのだ。


 ケニーは最初、意味が分からずあっけらかんとした表情で立ち尽くしていた。

 しかし、その後間もなく、後ろにいた中年の男が叫んだ。


「こいつだ!こいつが7人のうちの1人だ!!!」


 そして、また誰かがこだまするように叫ぶ。


「逃がすな!捕まえるんだ!!」

「奴を生かしておいたら俺たちは滅んじまうぞ!!」


 そこでケニーはようやく事態を飲み込み始める。

 隣にいたボスに視線を向けた瞬間、殴りかかられていた。

 しかし、運よく横を向いたことで直撃を避けることができた。


 反射的に後ずさりして周囲を見回すと、

 周りにいるすべての人間の目は明らかな敵意を持ってこちらを覗いていた。


 ケニーは、今すべきことはとにかくこの場から離れることだとすぐに理解した。

 群衆を押しのけ走り始める。

 しかし、彼は運が悪かった。

 群衆の一人に捕まり、転ばせられて取り押さえられてしまった。

 さらには、近くにいた警官に見つかった。


「そのまま動くな!!抵抗すると撃つぞ!!!」

 警官が叫ぶ。ケニーも叫ぶ。


「待ってくれ……違うんだ……

 これは何かの間違いなんだ……!!!

 僕を離してくれ!!!」


「おとなしくするんだ!こちらキース、応答願う。

 先ほどの神の使いとやらを確保している。

 至急応援を要請する」


 警官が無線で連絡を取りながら叫ぶ。

 ケニーは半ば発狂する。


「やめろ!!!待ってくれ!!!

 僕じゃないんだ!!僕のはずがないんだ……」


 ケニーが抵抗したため、取り押さえていた男の顔面に肘が当たる。

 男がよろめく。次の瞬間、警官は発砲していた。

 走馬灯を見たりすべての動きがゆっくりに見えることはなく、

 きわめて現実的な痛みが右足を犯していた。

 ケニーは思わずうめき声を上げる。警官は無線に叫ぶ。


「早く来てくれ!!奴が暴れ出した、このままでは逃げられてしまう!!」


 ケニーは人生で初めて受けた弾丸の痛みにもがいている。


「痛い……痛いっ……足がッ……!」


 ところが次の瞬間、被弾した足に異変が起きた。

 ケニーは自分の足に、銃弾によるものではない違和感があった。

 足が激しく脈を打つ。

 気が付くと、打たれた弾丸が飛び出しケニーの傷は完全に塞がっていた。

 この間わずか10秒にも満たなかった。


「なんだ……これ……」


 状況を飲み込めず、茫然としていたが、その警官がさらに発砲した。


「ば、化け物め!!」


 ケニーは再び被弾しうめく。

 さらに、警官は狂乱気味に数発発砲する。

 その中の弾の1つがケニーの頭に命中した。


 ケニーはその場に力なく倒れる。一瞬で静まり返った群衆が息を呑んでその様子を見ている。


「やったか……?」


 警官が冷や汗をかきながら様子をうかがう。

 しかし、またもや、傷が塞がりケニーが起き上がる。

 何事もなかったかのように、被弾した痕跡は一切ない。


 彼が神から与えられた能力は治癒能力であった。

 それはもはや治癒ではなく、再生の域に達している。


 だが、彼は回復をする手段はあっても、

 防御や攻撃をする手段を持たなかった。

 その後も彼は撃たれ続けた。

 運の悪いことに、警官が呼んだ応援のほかにも、

 付近で訓練をしていた軍隊までもが駆けつけた。



 ――30分後。


「クソッ、撃っても撃ってもキリがねえ!」


 兵士の1人が呟く。

 一方のケニーは死ぬことができず、

 銃を撃たれる苦しみを延々と受けていた。


(どうして……なんでこんなことになるんだ……?

 僕が……何をしたって言うんだ!?)


 止めようとする者は誰もいない。

 民衆はみな人類の「敵」を抹殺することに専念している。

 実際に手を出すのは警官や兵士だが、

 彼らはその様子を見ているだけで同じことをした気になっており、

 やけに気が大きくなっている。

 初めはケニーを憐れむ者もいたが、

 その異常さにもはや同じ人間とは思えなくなり、

 無心でその様子を眺めているだけだ。

 今やみなの心は1つだ。

 それはスポーツの国際試合の比ではない。

 正義はヒトの側にある。


 ケニーは痛みとショックで思考が混沌としていた。

 ぼんやりと人生を思い返してみる。


(生きるって何の意味もなかったな……)


 痛みで我に返る。夢想することすら現実は許さない。


「も、う……やめてくえっ」


 また、撃たれる。

 今度は正面から喉を突き抜けて貫通した。

 そして、再生する。

 もう何回再生したかわからない。

 次の発砲をしようと兵士が構える。

 しかし、ここで初めて起こったケニーの異変に気付き、動きを止める。


「頭が……痛い……」


 ケニーが頭を抱える。

 再生は終わったはずであった。

 しかし、何か別の痛みを感じているようだった。


 そして、次の瞬間、


「痛い、痛い、痛いよおおおおおおおおお!!!」


 ケニーが呻き始める。

 先ほどまでとは明らかに様子が違うため、

 兵士や警官たちは様子をうかがっている。


 ケニーはその場にパタリと倒れた。

 今度はしばらく経っても起き上がる様子がない。

 駆け寄った兵士がおそるおそる脈を測る。


「死んでいる……やった、死んでいるぞ!!」

「本当か!?」

 他の隊員が駆け寄り再び確認する。

「間違いない。やったぞ!!」

「悪魔の一人を倒したぞォーーー!!!!!」


 その場にいた者が次々と歓喜の声を上げ始める。

 それが連なるように街中まで拡がっていった。


 同時にケニーの体から光の粒子のようなものが出てきた。

 それはゆっくりと天に昇っていき、

 いつの間にかケニーの遺体はそこから跡形もなく消えていた。



 その最期のときまで自己犠牲を強いられた、

 ケニー・マートンの哀れな一生は、

 正義の名のもとに幕を下ろされた。


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