忍び寄る影
その後、1時間ほどで街のはずれに到着した。
途中で行った分かれ道はやはり間違いであり、
一度引き返したため、
予定よりも大幅に時間がかかってしまっていた。
リラの能力で周囲の安全を確認した後、
舗装されていない路上に車を停め、
阿賀野たちは車を降りた。
「いやー着いた着いた。
看板にいたずらされてるなんてこと本当にあるんだな」
アレスは伸びをしながら呟いた。
「まったく、リラが道を間違えるから」
藍那は少しリラをからかうような口調で呟いた。
「ごめんなさい。街に降りるのは久しぶりだったもので」
リラは少し赤面している。
はしゃぎすぎたことを反省していた。
「にしても、あんなはっきりと車が通った跡がある道を間違えるんだもんな」
アレスもさらにからかうと、リラはより一層顔を赤くした。
「でも、あんなわかりやすい分かれ道なんて最初はなかったような気がするんだけど……」
阿賀野は純粋な疑問を呈した。
「気のせいでしょ。私はそこまで見てなかったからよくわかんないけど」
藍那は大きなあくびをした。
「阿賀野、では今試してみてくれ」
ダリルは緊張の糸は保ったままであった。
その様子を見てほかの者も姿勢を改めた。
「はい。高嶺さん、始めますよ」
そう言うと阿賀野は藍那の肩に手を乗せた。
そして、能力を発動させる。
「アビリティ・ライズ」
藍那は一瞬体に電流が走ったような衝撃を受け体がビクッとなる。
「じ、じゃあ、やるわよ」
藍那は少し驚いたが、すぐに集中を取り戻し、
息を止めた後にゆっくりと大きく吐き出した。
すると、2人の体が消えていった。
「どうだ、阿賀野」
ダリルは強化した能力がどの程度のものなのか、
阿賀野の能力であれば解析できることをふまえたうえで尋ねた。
阿賀野はなるほどと言った後、少し調子を落として能力を解説した。
「残念ながら全員は無理です。
誰にも触れられずに迷彩化ができるのは、同時に3人までのようです」
「そうか。とりあえず試してみよう」
ダリルは冷静に試行に移る。
「今は声は聞こえるようにしてあるわ。
今いる場所から動いてないから誰か触ってみて」
藍那に言われるがまま、アレスは藍那の肩に触れようとした。
しかし、アレスの手は空を切った。
「すげえ、本当に触れないぜ」
「阿賀野の方はどうだ」
ダリルは阿賀野のみぞおち辺りを触ろうと拳を軽く突き出したが、またしても空を切った。
「では次に、この場にいる俺以外も迷彩化してくれ」
再び、藍那の息をゆっくりと大きく吐き出す音がした後、アレスとリラの姿が消えた。
ダリルはアレスの手のあったあたりにゆっくりと手を伸ばした。
「あ」
アレスが小さく声を上げる。どうやらアレスには触れることができたようだ。
ダリルは無言でリラの方にも手を伸ばした。
今度は手は空を切った。
「どうやら、本当に3人までのようだな。一度能力を解除していいぞ」
「わかりました」
阿賀野と藍那は能力を解除した。
フッと3人の姿がもといた場所に現れた。
阿賀野は小さく息を吐いた。
「こうなった以上仕方ない。
俺とアレスがここに残る。
お前たちで街へ行き情報収集してもらうしかない」
街へ行くことへなった3人は小さく頷いた。
「しょうがねえな。頼んだぜ、お前ら」
アレスは藍那と阿賀野の肩をポンと叩いた。
「じゃあさっそく、始めよう。
車内で決めたとおり動くぞ。
いいか、絶対に無理は禁物だ。
何かあったらすぐに逃げるんだ。
俺たちはここで待機している」
ダリルは車のトランクの中のリュックを漁り、小さな無線機を阿賀野に手渡した。
「俺の家から旅立つときに持ってきたものだ。
通じるかはわからんが、いざというときはこれで連絡してみてくれ。
使い方はわかるな?」
「大丈夫です」
阿賀野は無線機をポケットにしまいこんだ。
「じゃあ行きましょ」
そう言うと藍那はひらりと身を翻し、街へと歩き始めた。
「じゃあ、行ってきます」
リラと阿賀野も藍那に続いて街へと歩き始めた。
実際、阿賀野たちはどの程度まで全世界の人間に知られているのか見当がつかなかった。
そのため、最大限に警戒し万全の状態で街にやってきたのだが、
思いのほか街の様子はおだやかであった。
「なんだ、ぜんぜん大丈夫そうじゃない。
これなら私とリラだけでもよかったんじゃないの」
藍那は肩透かしを食らい、すっかり緊張感がなくなっていた。
彼らは街には藍那の能力で迷彩化しながら近づき、
人通りが見え始める直前に阿賀野の能力で藍那の能力を強化し、
触れることのできない透明人間のようないわゆる完全迷彩の状態になり行動している。
やや緊張しつつ街中を歩いていたが、
そもそも完全迷彩であれば触れられることもないうえに、
街の様子がアレスの街とは違い特に暴動も起きていない平穏な状態だったため、
すっかり緊張はほぐれていた。
「あそこが街の中央の広場です」
リラは大きな噴水の見えるレンガ造りの広場を指差した。
リラの姿は街の人間には見えないが、
同じく迷彩化している阿賀野たちには見えている。
「楽勝だったわね」
藍那は上機嫌で観光をするように街の様子を眺めている。
「ここまで来ればもう少しのはずです」
リラは辺りを見回しながら記憶を頼りに目標を探している。
阿賀野と、とりわけ藍那は落ち着いてゆったりとしている。
「でも、この様子ならわざわざ家電屋まで行かなくてもよさそうだったね」
藍那は付近の店に入り、
ラジオや新聞など情報を得られるものを取ってくる提案をしようかとしたときであった。
「ありました!あそこです」
リラはクリーム色の外壁をした少し古びた建物を指差した。
小さな家電屋で電球やエアコンなど様々な家電が所狭しと並べられている。
店頭にはテレビが展示してあった。
「あ、向かいに本屋もあるじゃない。私ちょっと新聞も取ってくるね」
そう言うと藍那は家電屋の真向かいの本屋に駆けていった。
阿賀野とリラは店頭に置いてあるテレビを見た。
途中から見たため詳しい内容はわからなかったが、
ちょうど対話の内容についてのニュースを放送しているようであった。
迷彩化している藍那は、普通に新聞を買うことができなかったが、
新聞を手に取った後、村でエレーナにもらったお金のいくらかを、
読書に夢中になっている店員のすぐ横のカウンターにそっと置き、
阿賀野たちのところに戻ってきた。
「買ってきたわよ。この文字読めないから後で内容教えてね」
そう言って藍那がリラに新聞を手渡したのとほぼ同時であった。
「繰り返し報道します。
国連は使徒との対話は一方的に決裂されたため、
徹底抗戦をする旨を発表しました」
「どういうこと……?」
阿賀野たちは茫然と立ち尽くしていた。
大穴が空きめちゃくちゃになった議会場を背景に、
ニュースキャスターは淡々と続きを述べた。
「使徒は人類と共存する気など一切ありません。
また、国連加盟各国には使徒隠匿罪や使徒対策基本法などの使徒対策法案の検討と施行を要求しています」
その後、阿賀野達は無言でダリル達のもとへと戻った。
そして、沈痛な表情で街で得られた情報をダリル達に伝えた。
「これがあいつらのやり方だって言うのかよ……」
アレスでさえも失望をあらわにしていた。
その横で藍那がふらついたように見えた。リラが声をかける。
「藍那?大丈夫ですか?」
「平気よ。ちょっとふらついただけ。それよりどうするの?」
「……村に戻ろう」
阿賀野たちは力なく車に乗り込み、帰路に着いた。
阿賀野たちがリラの村の付近まで着く頃には、すっかりと日が暮れ始めていた。
行きと同じ未だに舗装されていない道を1時間ほど走りようやく村が見えてきた。
しかし、その瞬間ダリルはブレーキを強く踏んだ。
反動で前に引っ張られたアレスが軽く頭をぶつける。
「いてっ、急にどうしたんだよ!」
「フィルソヴァ……能力を使ってくれ」
「え……?」
ダリルはすぐに車を道から反れて村から死角になっている場所に向かわせる。
「早く!複数の煙が上がっている!!」
ダリルが叫ぶとリラは目を閉じ能力を発動する。
「ダメです……距離が遠すぎます!」
ドアを開け車を出ようとするが、ダリルが止める。
「落ち着け、今むやみに出ていってもむざむざと捕まるだけだ!」
「でも村のみんなが……」
「待てよ、リラ。
芳樹、お前の能力でリラの能力の範囲を強化すれば村の人の安否もわかるんじゃないか?」
リラは泣きそうな顔で阿賀野の方を見る。
「芳樹、お願いします」
阿賀野はアレスの街でのことを思い出した。
(あのときみたいになんとかできるかな……)
そして、阿賀野は無言でリラの腕をつかんだ。
「アビリティ・ライズ」
リラは目を閉じて再び能力を発動させる。
村を出るときにはなかった脅威が感じられた。
「襲撃されています……どうして……」
阿賀野の能力強化により、村の集会所に人が集められているのがわかった。
村人たちに目立った外傷はない。
「……とりあえず村のみんなは無事のようでした。
でも、捕まっているみたいです」
「相手は?」
リラが平静を取り戻したのを確認すると、ダリルは情報収集に入った。
「どこかの軍で30人ほどいるみたいです。
でもどうしてここが……」
「街への分かれ道であった跡はどうやら軍の車両だったのか。
おそらく対話のときに俺たちの情報を得て特定してここへ来たのだろう」
「まあそれくらいは当然やってくるよな。で、どうする?」
アレスはいつでも出撃する準備はできていると言わんばかりの様子である。
「アレスさんの気持ちは嬉しいですが、
みなさんを危険な目に合わせるわけにはいきません」
リラの意外な意見に藍那はすぐさま反論する。
「リラ、あんたまさかこのまま放っぽり出して逃げるなんて言い出すつもり?」
リラは唇をかみしめた。しかし、声を振り絞った。
「もうこれ以上誰かが傷つくのは嫌なんです!!」
藍那は何も言えず黙った。
阿賀野も後ろ暗い感覚を味わった。
その場の誰もが押し黙った。
(元はと言えばすべて僕のせいだ。ならば……)
阿賀野は自分にできることを考えた。
そして、沈黙の中切り出した。
「これはリラのためじゃない。
エレーナさんたちに恩があるから返しに行く。
ただそれだけだ」
阿賀野は車を降りた。
「芳樹の言う通りだぜ。俺もあのうまい飯をまた食いてえ」
アレスも彼に続いた。
ダリルは突然ふっと笑った。
「お前たち、俺無しでどう戦うつもりだ?」
そう言って車を降りた。
「リラ、そういうことよ」
藍那はリラにウインクして車を出ていった。
リラは涙を拭った後、ありがとうとだけ呟いて車を出た。




