喪失感
「千載一遇の機会だったが、ダメだったか」
阿賀野たちが去ったあとの空を眺めながらマカリスターは呟いた。
誰に聴いてもらおうというわけではない。
周りの者はみながみなときには怒号を交えながら慌ただしく右往左往していた。
「私は、世界を守るためなら悪魔にでもなるつもりで臨んだんだがなあ」
辺りにかまわず、タバコに火をつける。
「こういうのは、これっきりにしてほしかったものだが……」
そう呟きながら、しばらく空を眺めて続けていた。
「人類はやってくれましたね」
従者の一人が神に呟く。
神はただただ重苦しい表情で目の前に映し出される阿賀野たちの様子を見ていた。
阿賀野たちは森で野宿して一晩を明かした。
ずっとうずくまっている阿賀野に最初に声をかけたのはダリルであった。
「結果に文句を言うつもりはない。
だが問題はその後の行動だ」
阿賀野は返事をしなかった。
いや、できなかったと言うべきか。
アレスとリラは黙って聞いている。
藍那は気にする素振りも見せずに、出発の準備をしている。
「だが今お前をいくら責めたところで、
エストランデルが生き返るわけでもない」
阿賀野は顔を歪める。
「次に同じように足手まといになるのであればもう守り切れる保証はないぞ。
今度もまた誰かが死にかねない。
お前を見捨てて逃げることも視野に入れる必要がある」
「ちょっと待てよ!!いくらなんでもそれはひどいんじゃないのか!?」
アレスが食って掛かろうとするが、藍那が反論する。
「じゃあ次はあんたがそいつの代わりに死ぬの?」
「藍那!そんな言い方はないでしょう!」
ついにはリラも加勢した。
阿賀野たちは今まで争いらしいものはしたことがなかったが、
ここにきて初めて争うことになった。
「待て、俺は争うためにこの発言をしたわけではない」
思わぬ展開にダリルがたしなめようとする。
しかし、藍那やリラのような年頃の人間の一度火がついてしまった感情を鎮めるのは難しい。
そんなタイミングを見計らってか、ガイドが姿を現した。
「また一人やられちまったようだなァ」
藍那がキッとガイドを睨んだ。
しかし、ガイドはむしろ上機嫌な口調で続けた。
「また一人死んじまったことでボーナスが発生するぜェ!
召集権の次はなんとォ……」
ガイドは相も変わらずにんまりとした表情で告げた。
「今まで死んだ奴の能力のうちどれか一つを使えるようになりまァす!!」
ガイドへの怒りと意外な話の内容に誰も反応ができなかった。
「さァさァ、どうする藍那ちゃん??」
「気安く呼ばないで!」
藍那が手で払いのけようとするが、その手はガイドの体をすり抜けるだけだった。
ガイドの態度が腹立たしいのは事実であったが、
使徒が一人死ぬ度に召集権のような追加の能力が得られるということは、
みなが忘れており寝耳に水の情報であった。
ダリルは質問をする。
「確認させてほしい。
その得られる能力というのは、
エストランデルの物を発現させる能力ともう一つは、
確か回復する能力でよかったか?」
ガイドは何かに気付いたようにニヤニヤしながら答えた。
「そのとおりだ。回復の能力についても詳しく教えてやろゥ!」
ガイドは背筋を伸ばし、姿勢を改めた。
「ケニー・マートンが持っていた回復の能力には発動条件はない」
先ほどまでの様子とは打って変わって、凛とした様子で告げた。
「いや、むしろ常に発動していると言うべきか。
この能力は発動を止めない限り、常に自動回復する。
だがそのデメリットは前にも言ったとおり、
使いすぎてオーバーヒートしてしまうことだ。
しかし、それはケニーの能力が最初の時点でほぼ最大限まで高められていたからだ。
お前さんたちが今この能力を得ても自動で発動はしないし、
当然再生なんてレベルにはならない」
ダリルはふと疑問を感じた。
「なぜケニーは初めから能力は最大限に使えたんだ?」
「すでに警察や軍が近くにいて、
あんたたちの中で一番状況が悪かったから神様が気を利かせてくれたんだ。
もちろん、消耗は激しかったがなァ」
ガイドの返答を聞いてダリルはどちらの能力を得るべきか思考を巡らせた。
そして、すぐに答えを出した。
「では、俺以外はみな回復の方の能力を取れ。
そして俺はエストランデルの能力を取る」
「なぜそう考えたんだ?」
アレスはダリルの意図がつかめずに尋ねる。
「回復の能力は全員に必要だ。
だが、エストランデルの能力も必要な場面はある。
でもそれは誰か一人が持っていればいい。
それならば一番素の状態で生き残る力が高い者が持つべきだ」
「それがダリルさんだってのか?」
「そうだ。いくら訓練をしたとはいえ、しょせんは付け焼き刃だ。
ならば俺がその責を負った方がみなで生き残れる確率は高くなる」
「待てよ、それを言うなら俺でもいいだろ?
この中で防御で俺に勝る者はいないだろ」
誰か一人以外は回復にするべきだというダリルの意見はもっともだったが、
アレスはダリルの自己犠牲を良しとしなかった。
アレス自身もまた先の戦闘での己の無力さによって、
仲間の一人が命を失ってしまったことが許せなかったのである。
「攻撃は最大の防御だ」
ダリルは自分の目を指差した。
「でもダリルさんだけがリスクを負うのは納得できません。
それに私だって自分の身は自分で守れます」
リラもダリルの身を案じた。
しかし、ダリルは譲らない。
「俺が死ねば、発現能力を再び失う。
リスクを負うのは俺だけじゃない。
ここにいる全員だ」
また誰かが犠牲になるのか。
そんな不安感がみなによぎった。
(もう、僕のせいで誰かを危ない目に合わせるわけにはいかない)
阿賀野はそっと立ち上がった。
「ガイドさん、僕はエストランデルさんの能力を貰います」
その場のみなの怒号が飛んだが、ガイドはすぐに阿賀野にヴァリオの能力を授けた。
「アビリティ・ライズ」
阿賀野は自身の能力を発動し、ヴァリオの能力を向上させた。
そしてとあることに気付いた。
「2つ、わかったことがあります」
阿賀野はダリルたちに向き合った。
「1つ、僕の能力が強くなりました。
強化した能力の詳細を把握できるようになったようです」
以前の阿賀野らしい冷静な様子で告げている。
「2つ目ですが……」
しかし、ここで少しうつむき調子を落としなら告げた。
「エストランデルさんの能力は物を発現させる能力ではありませんでした」
「どういうことだ?」
ダリルは嫌な予感がしていた。
「エストランデルさんの能力は信じたことが現実になる能力です。
発動条件は神を信じていること」
「な……に……?」
アレスは虚をつかれて絶句した。
ヴァリオは今まで神を信じることによって様々な物を発現させていたのだ。
藍那も驚きを隠せずに阿賀野に尋ねる。
「そんなこと一言も言ってなかったよね?
だとしたらなんでエストランデルさんは隠すの?」
「それはもう、わからない」
阿賀野は遠い目をしながら答えた。
「それで、お前はその能力を使えるのか?」
ダリル、いや、使徒たちにとって今はそれが一番重要なことであった。
「無理です。僕はもともと信心の浅いうえに、
この能力を使うためには並大抵の信心深さでは使いこなせません」
「そうか……なら残りの者が取るべき選択は決まったな」
一言だけ言うとダリルはガイドに告げ回復の能力を得る。
みなも仕方なくそれに続いた。
みなしばらくは無言のままだった。




