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脱出

 阿賀野の顔から血の気が一気に引いた。


「対話は決裂だ!ここから脱出する!!」

 ダリルが吠えた。

 それと同時に阿賀野たちに一斉に銃弾が浴びせられた。

 しかし、アレスの盾が起動し、前方の弾丸をすべてを弾いた。

 盾の死角にはヴァリオの能力で具現化させた何重もの鉄板が弾丸を防いだ。

 また、それとほぼ同時に藍那の能力も発動し、阿賀野たちの姿が消えた。

 ここまではダリルの考案した陣形通りだ。

 堅牢な守りのため阿賀野たちに傷はなかった。


 席に着いていた各国の首脳たちは一斉に逃げ始めていた。

「奴らの姿が消えたぞ!!」

「例のワープってやつか!?」

「どうするんだ!?」

 兵士たちが戸惑い始める。


「慌てるな!奴らのいた周囲をよく確認しろ!!」

「了解!」

 指揮隊長らしき人物が指示を出した。

 いくつもの修羅場を乗り越えてきたであろう、

 年季の入った険しい顔つきの中年の男であった。

 指示を受けた兵士たちは恐る恐る阿賀野たちのいた場所に近づき始めた。


(一度上の方に行き、見つからないようにしたいところだが、

 エストランデルの能力で階段を発現させれば、

 今ここにいることがばれてしまうか)


 ダリルは逡巡したが、あまり考えている時間はないためすぐに判断を下した。

「このまま高嶺の能力を発動したまま見つからないように入口まで移動する。

 決して兵士に触れないようにしろ」


 藍那の能力で多少の消音はあるとはいえ過信できない。

 ダリルは声を殺しながらみなに指示を出した。

「阿賀野、念のため高嶺の能力を強化してくれ」


 しかし、阿賀野は反応しなかった。

 頭の中が真っ白になり、動くことすらできなかった。

「芳樹、大丈夫ですか?」

 リラが阿賀野に音を立てないように気を配りつつも駆け寄る。

 肩に手をかけて揺らしてみるが、その目は虚空を見据えているだけであった。


(くそっ、この状態でここを隠密行動で抜け出すのは無理か)

 ダリルは舌打ちを堪えて阿賀野に近寄る。

 そして、リラを手で制した後、阿賀野の顔面に一発の拳を入れた。

 倒れた阿賀野は出血した口元を手で力なく拭った。

 物音がしたことにより、兵士たちが銃を構えて足早にこちらに向かって来る。


「俺がこの真下に向かって穴を空ける。

 それでエストランデルの能力を使いうまく着地した後に穴を塞いで逃げる。

 これはイチかバチかだ」

 みな無言で頷いた。

 ダリルは地面を見つめ、左手を右手で強く押さえた。

 地面に直径1メートル弱の穴が空いた。

 幸い、狙い通りに下の階の部屋が見えた。

 兵士たちもすぐに気づいて銃を向ける。


「敵はあのムアック兄弟の弟だ!決して油断するな!!」

「発砲しろ!」

 指揮隊長が告げると兵士はみな一斉に発砲した。


 アレスが出した盾とその死角を埋めるヴァリオの生成を駆使して防ぐ。

 その後すぐにヴァリオは穴から下を見つめ、

 着地用のクッション材を発現させた。

「みなさんは先に行ってください。

 私が最後に阿賀野君を連れて降ります。」

 意外にもヴァリオがしんがりを買って出た。


「躊躇している暇はない。行くぞ」

 ダリルがは最初に降りた。

「こちらは問題ない。来い!」

 ダリルが安全を確認し、次を促す。

 みな急ぎつつも、降りる際には阿賀野を心配そうに見てから降りていった。

 藍那、リラ、アレスと順に降りていった。


「銃じゃだめだ、グレネードを使え!まだそこにいるはずだ!!」

 指揮隊長の次の指示が兵士に告げられる。

 銃撃が少し弱まったが、部屋中からピンを抜く音が聞こえた。


「エストランデル!!急げ!!」

 ダリルが叫んだすぐ後に、ヴァリオは阿賀野を抱えて降りようとした。

 しかし、巨体のヴァリオが阿賀野を抱えて降りるには穴は少し小さかった。


「いったんどけ!!今すぐ穴を空ける!!」

 ダリルが再び叫んだ。

 ヴァリオは背中のリュックを投げ捨てながら下から穴の見えない死角に退避した。

 それと同時に兵士の掛け声が聞こえた。

「投下します!!」


 ダリルの能力で穴が十分な大きさに広がる。

 そして、爆発とほぼ同時にヴァリオと阿賀野が下の階に降りた。

 爆風と煙で周囲の状況はつかめない。

 アレスやリラが煙で咳き込む。

 兵士たちも周囲の状況を窺っている。


「下の階にも増援を回せ!!この建物を封鎖しろ!!!」

 状況の確認を待たず、指揮隊長が次の指示を出す。

 ダリルはヴァリオたちが降りたであろう場所に近づき確認する。

 煙で視界はかなり悪いが、人影は確認できた。


「おい!!生きてるか!?」

 阿賀野の咳き込む声が聞こえた。

 見える位置まで近づいたところ、阿賀野に大きな外傷はなさそうであった。

 次にダリルの目に入ったのは、倒れているヴァリオであった。


 ヴァリオの背中は服は焼け焦げ、

 布なのか皮膚なのかはわからないが黒ずんでいた。

 いくつもの破片が刺さっている。

 ヴァリオは弱弱しく顔を上げて答えた。

「なんとか生きているようです」


「エストランデルさん!!」

 手で口を覆いながら、煙をかき分けやってきたアレスたちが駆け寄る。

「ひどい……」

 リラが泣きそうな顔をする。

「まずは逃げなきゃだめだ。

 また奴らはここに来て次の攻撃に移るぞ!」


 意外にもアレスが冷静な意見を述べた。

 しかし、重症のヴァリオとともに移動しながら敵の攻撃を防ぐのはどう考えても困難に見えた。


 薄暗い部屋に煙が立ち込め、火薬の臭いが漂っている。

 重症を負ったヴァリオの荒い呼吸が微かに響いている。

 上の部屋では怒号が飛び交っている。いつ次の攻撃が始まるかわからない。

 この状況に誰も口を開くことができなかった。


「やはり、私の出番のようですね」

 口を開いたのは満身創痍のヴァリオであった。


「ダリルさんの能力で今使った穴を上に向かってさらに開けてください。

 召集権を使うのに十分な高さになるまでです。

 その後私の能力でそのルートの安全を確保します」


 召集権で移動するときには能力を使えない。

 つまり、ヴァリオがしんがりを務めることになるが、

 最後に召集される者の安全は確保できない。


「エストランデルさん、あんた……」

 ヴァリオの提案はまさに自己犠牲であった。

 アレスは何か言葉をかけようとするも、何も言えず言葉に詰まった。


 そのとき、すでにこの部屋まで回ってきている別の部隊が外から突入しようとしていた。

 ヴァリオはそれに気付き入口の方にも分厚い壁を発現させ侵入を防いだ。


「やるなら今しかない。エストランデル、ここは任せたぞ」

 泣きそうなリラを外目にダリルが確認するとヴァリオは微笑んだ。

 そして、ダリルは無言で頷き、真上を見ながら左手首を右手で強く押さえた。

 ダリルたちのいる部屋の穴がさらに大きくなったうえに、

 先ほどまでいた議会場の天井にも穴が空いた。

 そして、その穴が更に大きくなり、議会場の上の部屋の天井にも穴が空く。

 ダリルは大粒の汗と苦悶の表情を浮かべながらそれを繰り返した。


 議会場ではこの謎の現象にどよめきが上がる。

「上にまた穴が空いたぞ!!」

「奴らは上か!?」

 兵士たちは混乱しかけていたが、

 指揮隊長がさらなる命令を下し、その場を収める。

「取り乱すな、間違いなく奴らはまだこの建物の中にいる。

 上の各階にも配置につけ!!」


 すでに召集権の行使に必要な程度の上空への穴が一瞬で確保されていた。

「召集権を使うぞ、お前ら着いて来いよ!」

 ダリルは呼びかけた後、召集権を行使する。

 ダリルの体がまばゆい光に包まれて上空に昇っていく。

 上の部屋まで昇ったときにどよめきと発砲音が聞こえたが、

 ヴァリオが頑丈な鉄板を発現させたため、ダリルには傷一つ付かなかった。

 その後、阿賀野たちの体もまばゆい光に包まれた。

 これで身を任せればダリルと同じく浮かび上がり始める。

 アレス、藍那、リラも浮かび上がり始めようとしたとき、

 しんがりのヴァリオだけでなく、阿賀野も反応がなかった。


「おい!芳樹、行くぞ!!」

(僕のせいだ……)

 アレスが呼びかけるも反応しなかった。

 しかし、途方に暮れている時間はない。

 アレスが阿賀野を抱えてでも行こうかとしたときに、

 藍那が飛び出し平手打ちした。


「いい加減にしてよ!!」


 藍那の悲痛な叫びが響いた。


「あんただけの問題じゃないんだよ!

 あんたまで死んだら私たちだってこの先もっと危なくなるんだから!!」


 混乱、逡巡、悔恨。

 さまざまな思考があったが、

 それらすべてが頬の痛みと共に吹き飛び、

 一気に現実感に引き戻された。

「……わかったよ」


 阿賀野は力なく返事をして召集権に身を任せる。

 ようやく、ヴァリオ以外の全員が浮かび上がり始める。

 阿賀野は移動しながら無言でヴァリオを見た。

 彼はただほほ笑んでいた。

 その直後、阿賀野たちの真横の鉄板が大きな音を立てて崩れた。

 しかし、すぐに再び鉄板が作られた。

 攻撃は一切届かない。

 そして、天井を通過しほぼ召集権による移動が終わりかかっている阿賀野たちの真下で、

 轟音とともに鉄板が破られるのが見えた。

 阿賀野たちは無傷だが、

 ヴァリオが発現させた鉄板は破壊され、

 阿賀野に遅れて召集権により浮上してくるはずのヴァリオの姿が上がってこなかった。


 その後、阿賀野たちは召集権を行使するときに使う場所としてあらかじめ決めていた、

 リラの故郷の近くにあるシベリアの森へと移動した。


 ヴァリオがやってくるのを皆で待っていた。

 全員、ただただ押し黙っていた。

 時期でいえばもっとも温かいはずの時期であったが、

 心にずんと重みがあり、

 真冬のような暗さがあった。



 どれくらい時が経ったかわからないが、重苦しく長い時間が経った。

 しかし、ついにヴァリオが現れることはなく、

 その日の終わりに使徒が1人死んだ旨のアナウンスが全世界に流れた。



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