準備
阿賀野が目覚めるともう夕暮れ時であった。
隣のアレスはまだ寝ていたが、ヴァリオはいなかった。
身体を起こして、部屋を出ると居間の方からいい匂いがした。
何か夕食を作っているようである。
思わず匂いのする方向へ向かう。
階段を下りてみると、キッチンにてダリルとザリルが料理をしていた。
その横に置いてあるラジオからは、とぎれとぎれに音声が流れている。
阿賀野に気付いたザリルが声をかけ、手招きする。
ザリルは阿賀野を席に座らせると、スープを差し出した。
阿賀野はおじぎをしてスープに口をつけた。
素朴な味だが、温かいスープは疲労した体に染み渡った。
「それを飲んだらほかのやつらを起こしてきてくれ。そろそろ晩飯だ」
ダリルが手慣れた手つきで調理をしながら阿賀野に告げた。
「エストランデルさんはどこいったんですか?」
スープを飲みながら阿賀野は尋ねる。
「奴は外で手伝いをしてもらっている。あの能力は色々と便利だからな」
確かに、このような辺境の土地であれば都会に下りないと手に入らないものが山ほどあるだろう。
そういうものをヴァリオは精製しているようだ。
「それじゃアレスたちを起こしにいってきます」
スープを飲み終えると阿賀野はダリルたちにそう告げ、もう一度部屋に戻った。
まだ眠そうな藍那とリラが居間に下りてくると男連中は全員席についていた。
「おっ、来たな。じゃあ食べようぜ」
アレスが待ってましたと言わんばかりに促す。
今日の夕食は畑で獲れたキャベツをはじめとしたサラダ、
山で採れた山菜を食べやすく煮たもの、
野菜の出汁を用いたスープ、
罠で捕まえた鹿が様々な形で振る舞われた。
「じゃあザリルさんは普段は本当にここから出てないんですね」
「ああ、ここから出なくても生きていけるからな。
ラジオもたまになら電波が入る。
それにどうしても必要なら町まで降りる」
当然ダリルも知っている内容なので、
わざわざ通訳をしなくてもいいが、律儀に通訳をする。
みなひとしきり食べ終え、食事が落ち着いたところでダリルが切り出した。
「そろそろ本題に入ろうか」
みなきょとんとしている。
だがかまわずダリルは続けた。
「お前たちは本当にこのまま対話に臨むつもりか?」
「そりゃ対話だからな。
作戦もへったくれもないだろ。
思ってることをそのまま言うだけだ」
アレスが平然と告げる。ほかの者も同調しているようだ。
「向こうがその気とは限らないとは考えないのか」
「はじめから相手を疑っていては争うだけだ」
「可能性の話をしているんだ。
備えがあったって悪くないだろう」
「備えって?」
藍那は不思議そうに尋ねる。
「お前たち全員でいい。俺を倒してみろ」
ダリルは平然と座っていたが、
戦場の経験のない阿賀野にもその殺気は伝わってきた。
アレスはじわりと汗をかいた。
このまま全員で襲えばさも勝てそうに思えるが、
まるで隙がなく体が動かない。
いや、動かせないのだ。
「どうだ。最低限努力して、自分の身は自分で守れるくらいにはなる必要があるんじゃないか」
ダリルは殺気を解いた。
アレスは息を大きく吐きながら深く座り込む。
「それに、もしも今回の対話が失敗になっても生き残ればまた対話の機会も出てくるかもしれない。
残りの日をここでできる限り自分の力をつけるために使う気はないか?」
ザリルは横でクスクス笑いながら見ていた。
だが、ダリルは気にも留めない。
「これは俺がここに来たから言ってるんじゃない。
どこに行こうとも言い出すつもりだった」
阿賀野と藍那は顔を見合わせた。
「僕はかまいませんが……」
「私もかまわないけど……」
2人の目線はリラに向いていた。
リラは顔色を変えずに答える。
「私もかまいません。
できることは最大限に努力しなさいといつもおばあちゃんに言われています」
「リラさんがいいなら私も問題ありません」
ヴァリオも続く。
思ったよりあっさり方向性が固まる。
「ムアックさんの言う通りにしましょう。
正直、能力をきちんと把握して試すいい機会だと思いました」
阿賀野は覚悟を決めた表情をした。
「確かに、いつかはそういうのも必要かなって思ってた」
「私も、足手まといにはなりたくありません」
藍那やリラたちもそれに続いた。
「それから」
ダリルは立ち上がって席を立ちながら言った。
「ここでムアックはわかりづらい。ダリルでいい」
そう言うと居間を後にした。
「そういうことらしい。まあとりあえず今日は寝るといい」
ザリルも席を立とうとする。
「あ、ダリルがいないと通じないんだったな」
ザリルは一人で笑った。
しかし、この内容はなんとなくではあるが、阿賀野たちにも通じていた。
「ダリル上官の訓練はきっと厳しいぞ~」
アレスが調子を上げて阿賀野を肘で突いた。
こうして、対話に向けて阿賀野たちは必要最低限の動作を習得するため、鍛錬を始めた。




