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終わりの始まり

 某年某月某日某所にて――



「ゴホッゴホッ!」

 白髪の老人が苦しそうに咳き込んだ。

 皺が深く刻まれた険しい表情をしている彼は、

 大理石でできた背もたれが5mほどある大きな玉座に座している。

 周囲に壁や天井はなく、白くて濃いもやのようなものがかかっている。

 それらの隙間からは青空を覗くことができる。

 一見老人に見えるこれは人ではない。この星の神である。


「神さま!」

 召使いたち(天使と言うべきであろう)が駆け寄る。

 しかし、それを神はさえぎった。

「案ずるな。私はやらねばならないことを終えるまでは決して力尽きない……」

 遠い目ながらも力強い意志を持ちそう言った。



 * * *



 阿賀野芳樹は少し気弱なところがあるが、曲がったことが嫌いなまっすぐな青年である。

 彼はいつものように幼馴染の川瀬麻衣と通学していた。

 彼らが通うのは特筆することもない普通の高校である。今日は穏やかな天気だった。

 春というには少し暑く、日の光がさんさんと降り注いでおり、

 学校や職場に向かう大勢の人でにぎわっている。

「今朝のオムレツ、なかなかレベル高かったな~」

 麻衣は自画自賛している。

 母子家庭の母親を亡くしたばかりの阿賀野の朝ごはんを作ることが日課になって、

 1か月ほどが経っていた。


「別に自分で作れるよ。わざわざうちに来なくてもそっち行くのに」

「何言ってんの。そうなったら結局来なくなるじゃない。

 それならあたしが作りに行けばいいってお母さんからの命令よ」


(おばさんには申し訳ないなあ)

 2人の弁当は麻衣の母親が作っている。

 阿賀野は何度も断ったが、幼馴染ということと、

 助け合いが大事だという麻衣の母親の言葉に説得され、今の状態に落ち着いた。



 こんな日がいつまでも続く、誰もがそう思っていただろう。

 しかし、運命は残酷である。それは唐突にかつ、誰も予期しない形で訪れる。



 突如上空に映像のようなものが映し出された。

 1人の老人が映っている。これは全世界で起こっている。

 世界中の人々のざわめきをさえぎるかのように老人は話し始めた。


「私はこの星の「神」である。人間たちよ、聞くがいい」


「神」はひと呼吸置いた。

 そして、覚悟を決めたかのように言葉を放つ。


「私は長い間人間を見守ってきた。

 しかし、私は人間を作ったのは失敗だったと思っている」


 何万人かの信心深い人間が悲鳴をあげた。


「そして私はもうじき死ぬ。

 だから私に残された最後の責務は、

 人間を消すことなのではないのかと思えてきている」


 さらに数百万人のどよめきが起こる。


「しかし、いきなり滅ぼすのは酷であるし私自身ももう少し見極めたい」

 そして、「神」は狂気じみた表情で言った。


「全世界から7人を選んで使徒とする。

 彼らには今年一杯を生き残ることを命じる。

 もちろん生身ではない。その他の人類と拮抗しうる特殊な力を与える。

 彼らの中で1人でも来年まで生き残ることができれば彼ら使徒の勝ちとする。


 ……もしも、使徒を滅ぼせられなければ、

 使徒以外の全人類が滅びる」


「神」は苦しそうに咳き込んだ。

「どうするべきかゆっくりと考えるがいい、人類よ」



 悲鳴を上げる者もいた。

 現実だと信じられない者もいた。

 茫然と立ち尽くす者もいた。

 国民の混乱への対処を考える者もいた。

 経済への影響を考える者もいた。


 考えることを辞め、中断していた仕事を黙々と再開した者もいた。

 わけがわかっていない者も大勢いた。


 ただただ全人類は混乱していた。



「そして、彼らがその7人だ」


 突如天から光が差す。神々しくもあり禍々しくもあった。

 その光は阿賀野芳樹を差していた。


 これが彼の悲劇の半年の始まりであった。


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