第五章:カナリアの歌
神谷は、証拠ファイルを手に東京へ戻った。
だが、メディア各社に持ち込んでも、反応は鈍かった。
「申し訳ありませんが、万博関連は“上”からの指示で……」
テレビ局、新聞社、ネットメディア——すべてが沈黙していた。
その背後にあるのは、広告費、政治圧力、そして“国民の夢”という名のタブー。
だが、神谷は諦めなかった。
彼は、ある人物に連絡を取った。
「元・国交省職員で、内部告発者。
現在は失踪中。
コードネーム:カナリア」
神谷遼は、東京・中野の古びたアパートの前に立っていた。
そこは、かつて国交省に勤めていた内部告発者——“カナリア”こと、高梨真理子が潜伏しているとされる場所だった。
彼女は3年前、都市再開発事業における不正入札を告発し、職を追われた。
その後、行方をくらませていたが、神谷の手元に届いた匿名メールには、こう書かれていた。
「白鷺の羽音を止めたければ、カナリアの歌を聞け」
神谷がインターホンを押すと、しばらくして扉が開いた。
中から現れたのは、やつれた表情の女性だった。
だが、その目には、かつて霞が関で戦っていた者の鋭さが残っていた。
「あなたが神谷さん? ……中へどうぞ。話す時間はあまりないわ」
高梨は、神谷に一冊のノートを差し出した。
そこには、白川雅彦が関与した複数の“幽霊会社”の設立過程、資金の流れ、そして政治家とのやり取りが詳細に記されていた。
「これは、私が霞が関にいた頃に集めた資料よ。
白川は、万博だけじゃない。リニア、再開発、五輪——すべてに関与していた。
“万博師”とは、国家の“予算調整装置”なの。
足りない金は、現場にツケを回し、帳簿を操作して“成功”に見せかける」
神谷は、ノートの中に見覚えのある名前を見つけた。
「……この政治家、“国土再生推進会議”の会長じゃないですか。
今も現職の大臣ですよ」
高梨はうなずいた。
「だから、メディアは動かない。
彼らは“夢”を守るために、真実を殺す。
私も、告発した翌日に“精神的に不安定”という理由で診断書を出され、職を追われたわ」
神谷は、ノートを握りしめた。
「僕は、これを公表します。
SNSでも、海外メディアでも、どんな手を使ってでも」
高梨は、神谷の目を見つめた。
「覚悟はあるのね。
でも、あなたが告発すれば、今度は“君”が潰される。
家族も、友人も、巻き込まれるかもしれない」
神谷は、静かにうなずいた。
「それでも、僕はやります。
この国が“夢”を語るなら、その裏にある“犠牲”も、ちゃんと知るべきです」




