第二章:消えた請負人
「うちは、信じてたんです。あの人たちが“国の仕事”だって言うから……」
大阪・此花区の小さな建設会社「大誠工業」。社長の山根誠一は、神谷の前で深く頭を下げた。
事務所の壁には、息子の大学入学時の写真が飾られている。
だが、今はその息子も大学を辞め、アルバイトで家計を支えているという。
「うちが請けたのは、夢洲の地下配線工事の一部でした。元請けは“関西未来開発”っていう会社。名刺もあったし、国のロゴも入ってた。疑う理由なんてなかったんです」
だが、工事が終わっても支払いはなかった。連絡も取れない。
気づけば“関西未来開発”は登記上も存在しない会社になっていた。
「調べたら、あの会社、去年の秋に設立されて、今年の春に解散してました。代表者の名前も偽名。住所もバーチャルオフィス。完全に“消えるため”に作られた会社ですわ」
神谷は、告発文にあった一節を思い出した。
「“万博師”は、国家の影に潜む地面師の進化系。
架空の二次受け業者を作り、三次受けを騙して消える。
被害者は“信じた者”だけ。」
「万博師……?」
神谷がつぶやくと、山根は驚いたように顔を上げた。
「それ、どこで聞いたんですか? うちの現場監督が言ってました。“あの人ら、万博師ちゃうか”って。昔、地面師に騙されたことがあるらしくて、手口がそっくりやって……」
神谷は背筋を正した。
これは単なる未払い問題ではない。国家の威信を盾にした、組織的な詐欺だ。
「山根さん、証言してもらえますか? このままじゃ、また誰かが騙される」
山根はしばらく黙っていたが、やがて静かにうなずいた。
「……息子の未来を奪った連中を、許すわけにはいきません」
その夜、神谷はホテルの一室で、告発文と山根の証言を照らし合わせながら、裏帳簿の構造を解き明かし始めた。
そこには、複数の“幽霊会社”と、それを裏で操る謎の人物の名前が浮かび上がっていた。
「コードネーム:白鷺
万博師の実行責任者。元国交省官僚。
現在は、夢洲開発推進会議の“特別顧問”として活動中。」
神谷は、ペンを握る手に力を込めた。
白鷺——その名が、国家の闇の扉を開く鍵になる。