第一章:帳簿の影
2025年7月、大阪湾に浮かぶ夢洲は、万博の熱気に包まれていた。
パビリオンの光が夜空を照らし、世界中から集まった観光客が未来の技術に歓声を上げていた。
だが、その喧騒から遠く離れた東京・霞が関の一室で、一人の若き会計監査官が、黙々と数字と格闘していた。
「……おかしい」
財務省監査局の職員・神谷遼は、万博関連支出の監査報告書を読みながら眉をひそめた。
支出記録と請求書の金額が一致しない。しかも、複数の業者からの未払い報告が、同じ時期に集中していた。
「これは単なる事務ミスじゃない。意図的に支払いを止めている……?」
神谷は机の引き出しから、封筒に入った匿名の内部告発文書を取り出した。
そこにはこう書かれていた。
「夢洲の地下に、もう一つの帳簿がある。
表に出ない支出、裏金、そして“補填”の仕組み。
万博は、国家ぐるみの粉飾決算だ。」
神谷の背筋に冷たいものが走った。
この告発が本当なら、万博は“未来の祭典”ではなく、“過去最大の国家的詐欺”になる。
その夜、神谷は大阪行きの新幹線に乗った。
彼の手には、告発文と、未払い業者のリスト。
そして胸には、正義感と、かすかな恐怖。
彼はまだ知らなかった。
この旅が、自らのキャリアと命を賭けた戦いになることを——。