子供
三題噺もどき―ろっぴゃくななじゅうなな。
※今日の休憩のお供はモンブランでした※
ぽつぽつと、雨が降り出した。
並んで立つ墓石に、小さくシミを作り出していく。
予報ではもう少し先だと言っていたが……仕方がない。傘なんてものは持っていないし、足元も普通のスニーカーを履いて来てしまったので、濡れると面倒だ。
もう少し遊んでやりたかったが、今日は帰るとしよう。
「……」
隣を見ると、どこか寂し気に見上げる子供の顔がある。寝転がったままの姿勢で顔だけこちらを見上げているから、少々恐ろしい格好になっている。首が痛くないのかそれは。
その子供は、数秒前まで楽しそうに足を振りながら、色鉛筆で紙に色々描いていたはずなのだが。元から、察しのいい子だったのだろう。生前も、そうやって親の顔色をうかがいながら生きていたのだろうか。
「……」
子供の扱いには慣れていないから、こういう時にどういったらいいのか分からない。
本人は喋ることも出来ないから、実のところ何を考えているのかも分からないし。
案外寂しがっているように見えて、そうではないかもしれないから。
「……」
ぽつぽつと、まだ雨は降り続ける。
これはもう、今日のこの後はずっと降っているのだろうな。
本格的に梅雨入りしてしまったんだろうか……そのあたりの基準がよく分からないよな。
何かしらあるのだろうけど。
「……、」
くん―と、少し裾を引っ張る手がある。
いつの間に立ち上がったのか、両手に紙と色鉛筆を抱えたまま隣に立っていた。
私は座っていたから、子供の顔は真横にある。
少し前の寂しげな表情から一転して、無理をしたような笑顔を張り付けていた。分かっているから帰ってもいいよとでも言うのだろうか。
「……」
まぁ、帰らないわけにはいかないので、帰路には着くのだけど。
ふむ。
何か置き土産でももってこればよかったかな。このまま離れるのも少々心苦しい。
かといって、ここには頻繁には来れないからなぁ。……今日来たのだって、先日の少女のことがあって一応、念の為をもって来ただけであって。たまたま子供に誘われたから居座っただけだ。そもそも、長時間いることすらよくない。
おかげで周囲に変なのがうろつき始めている。どちらにせよ、帰らないといけない。
「……」
あぁ、そうだ。
この子供は生前に見たことがあるかもしれないが。
この墓場にその花は咲かないのだ。ならばそれでも置いていこう。
「……どうぞ」
公園で見た記憶を基に、小さな桜の枝を作り出す。
ちょっとした手向けもかねて、子供の手に渡す。
すこしは表情が柔くなっただろうか。子供らしい、いい顔だ。
「……またくるよ」
子供の頭のあたりを撫で、立ち去る。
あまり期待を持たせるのもよくないだろうが……そもそもこの子供がここに居座り続けるのもよくない。成仏というのをさせてやった方がいいに決まっているのだが。まぁ、そこは本人が決めることだし、私にどうこう出来る事でもない。
「……」
ついでに周辺に湧き出していた変なのを一蹴しながら、帰路につく。
長時間と言っても、そんなにいなかったつもりだが案外沸くものだな。まぁ、墓場という場所が場所だから湧きやすいんだろうけど。先日見つけたあの道よりはマシか。
「……」
すこし強くなった雨足から逃げるように足を早める。
あまり濡れると怒るやつが家には居るので、極力濡れないように。
この時期はさすがに雨具でも持ち歩いた方がいいのかな……そうすればあまりにも強くならない限りは居座れるだろう。
でもなぁ、手がふさがるのも嫌でなぁ……何とも思うようにいかないものだ。
「……」
急いだおかげで、多少の濡れで済んだ。
エントランスに入り、軽く頭を振る。
ほんの少しだけ濡れた頭から、水滴が落ちる。
「……」
今度は晴れている時にでも行くとしよう。
何かお菓子でも持って行ってやるかな。
「……子供って何を好むんだろうな」
「……少なくともモンブランは食べないですよね」
「まぁ、好き嫌いがあるだろうからな」
「クッキーなんかが無難なんじゃないですか」
「あぁ、そうだな」
「……どころで、子供って何の話ですか」
「……聞かなかったことにしてくれ」
お題:桜・色鉛筆・モンブラン
墓場の子供の話
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