若返るパティシエさん
香り、苦み、酸味、豆の甘味、旨味。時には、こくんと飲み込んだ後に、喉の奥にふわっと、ほんのりのあまい香り。
色んなコーヒー豆を合わせて、色んな焙煎具合や抽出方法で、織りなすハーモニー。
私の暮らしのちょっとしたワンシーンを、そんなブレンドコーヒーになぞらえて。
お読み頂けたら、そしてもし、時々くすっと笑って頂けたら幸栄です。
これは何年も前の、旅先でのこと。
私は訪れた街で、デザートを食べに行った。拠点にしていたホテルから、1時間もあれば行けそうな場所だったけれど、私は一時間半くらいかかった。慣れない旅先での移動、交通機関。そして私は不器用なのだ。一時間半くらい、もしかしたらもっと掛かったかもしれない。なんにせよ、時間がかかったって、最終的に到着出来れば良いじゃないかと思いながら向かった。
どうにか目当てのお店に辿り着き、料理と共に、ずっと食べたかったデザートを頂いた。とっても美味しかった。こんな瞬間はもう、旅の醍醐味である。
その時、何気なくオーダーしたブレンドコーヒーのことを覚えている。
とても美味しかった。香り高く、個性的ではないシンプルなブレンドコーヒー、そのシンプルが極限まで磨かれているような美味しいコーヒーだった。私はコーヒーが好きで、方々で頂いていたけれど、この時飲んだブレンドコーヒーは、私が人生で飲んだコーヒーの、ベスト3に入るのだ。(ちなみにベスト3は、3つのコーヒーが甲乙付け難く、多分同点一位である。)
美味しすぎて感動し、コーヒーとデザートをおかわりして頂いた。
この日、私はパティシエさんの姿を見ている。どのタイミングでかは定かでないが、おそらく会計をした時に、レジの後ろの厨房に立つ姿を見たのだと思う。旅に出る前、テレビ番組で見ていたその人が、そこにいた。
白い帽子を被った姿。それなりのご年齢の方で、顔全体に深い皺があり、年相応にカサカサしていそうな肌、そして血色。この時にはただ、「テレビで見た、あのパティシエさんだ。」と、小さく嬉しさを感じていた。
そして1、2年後。
私は再び、そのお店を訪れた。デザートもコーヒーも料理も、とても美味しかったから。
ただこの日、コーヒーだけが、味が変わったように思った。美味しかったのだけれど、以前に飲んだ時のような、人生でベスト3に入るような感動がなかった。もしかしたら、私の方のコンディションで味が変わったように感じたのかもしれないと考えた。それでも、デザートは変わらぬ美味しさで、過ごした時間は豊かだった。ありがたい。
そして会計をするのにレジの前に立った時、厨房のパティシエさんの姿が見えた。
ーパティシエさんは若返っていた。それも20~30歳も。
私は状況に付いていけなかった。それでもたった数メートル先では、実際に若返った方が立っていたのだ。
パティシエさんは、顔立ちや背格好はそのままに、ただ年齢だけが違って見えた。彼の顔全体に刻まれていた皺は、小さい皺となり、それも顔の所々に浅く見える程度だった。血色もよく、肌というか、全体が20~30歳ほど若返っていたのだ。エステとかそんなレベルの若返りではない、人がこんなに若返ることは有り得ないと思った。
ただその時は、会計をしている所だったから、どんなに不思議な思いでもとにかく支払いを済ませてお店を出た。
あまりに不思議な思いだったから、お店を出るなりスマートフォンを取り出して調べた。
答えは単純だった。
私が初めて来店してからの1、2年の間に、パティシエさんは、息子さんにお店を譲っていたのだ。私が若返ったと勘違いしたのは、初代のパティシエさんの生き写しの様にそっくりな、息子さんだったのだ。
目から鱗、なんだそうだったのかと思い、旅をつづけた。
ちなみに、そのお店はとても美味しく雰囲気も好きで、その後も何度か訪れている。




