聞き上手のキッテ様 ~そのあとのこぼれ話~
聞き上手のキッテ様 ~追放監禁された私に青い小鳥が舞い降りて気づけば王都の情報通 だから白いフィクサーになりますね~
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のアフターストーリーになります。
リクエストいただいたので書いてみました~♪
小鳥たちの声で目が覚める。
「キッテ様聞いて聞いて! あのねあのね!」
「あっ! ずるいぞお前! 俺ちゃんが先にお話ししたいのに!」
「みんな静かにッ!! キッテ様はまだお休み中です!!」
「そういうお前が一番声がデカいってわかってんの?」
パッと目を開いて身体を起こす。
天蓋付きの大きなベッド。隣でレイモンドが寝苦しそうな、なんとも言えない顔をしていた。
開かれた大きな窓から、ようやく顔を出した朝陽が差し込み、部屋の中をうっすら照らす。
青一色。ルリハたちが私の元に集まっていた。
多分、事情を知らない人がみたら、集合体恐怖症で悲鳴をあげたり、なんらかのホラーな演出って思うかも。
私の起床に合わせてルリハたちは大はしゃぎ。
「「「「「おはようございまーす! キッテ様!!」」」」」
挨拶の大合唱。
私は自分の口元に人差し指を当てた。
「おはようみんな。もう少し静かにね。レイモンドが起きてしまうわ」
ルリハたちも私を真似て、片方の羽でクチバシを隠すようにした。
けど――
遅かったみたい。
「んっ……ああ、なんだか今日は小鳥の声がやけに大きい……うわああああああああああああああ!!」
レイモンドが悲鳴をあげた。
まあ、そうなるわよね。部屋中小鳥まみれで天然の羽毛布団状態なのだもの。
旦那様の悲鳴に驚いて、ルリハたちが一斉に窓の外へと飛び出した。
少し遅れて――
「陛下! 王妃様! ご無事ですかッ!!」
城の衛兵たちが寝室に突入してきた。
「だ、大丈夫よ。レイモンドったら、悪い夢でも見ていたのね」
「鳥……鳥が……はは、はははは」
そのまま青年はパタンと枕に頭を埋める。
よかった。寝ぼけていたみたい。
兵士たちは安堵の表情を浮かべて「失礼しました!」と、持ち場に戻った。
これは、良くないかも知れない。
森の屋敷ならいざ知らず、王城にルリハたちが押し寄せるのは目立ってしまって仕方ない。
そのうち、勘の良い誰かが「王妃は鳥を操って人々を監視している」なんて言い出したら……半分当たってるだけに反論できない。
私はベッドを出るとテラス付きの窓を閉めた。
あの子たちを拒むみたいで、胸が締め付けられる。
ごめんね、みんな。レイモンドが驚いてしまうし、あまり目立つのはルリハたちにとっても危険だから。
ただでさえ美しい色をしていて、あんなにも愛らしいのだもの。誰かに捕まって籠の鳥になったら、かわいそう。
けど、このままだと王宮で、みんなの楽しいお話を聞けないわね。
公務もあるし、困ったな。
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王妃になると夜会や陛下の狩猟のお供に、本当に妹になったアリアと観劇したり、大臣の揃う会議にも同席するなどなど。
毎日忙しかった。
少し変わったことといえば、ルリハたちに鍛えられたおかげで、何人もの貴婦人たちのお喋りを聞き分けることができたし、ちょうどいいタイミングで相づちを打ったり、相手に詳しく質問して、会話を引き出せるようになったこと。
自分から話すのは相変わらず苦手だけど、気持ち良く話してもらうのを心がけた。
けど――
やっぱり王妃という立場もあって、私のご機嫌取りに来る人たちも多い。
無邪気なルリハのお喋りが恋しくなった。
今日の午後は王宮の中庭でガーデンパーティー。青空の下、紅茶と軽食にお菓子も用意して、お喋りの時間。
こういった場所でも人脈作りとか、非公式な場だからできるちょっと大胆な政策の議論なんてのも行われる。
もっぱら、そういうのはレイモンドに任せて、貴婦人たちはファッションや演劇の流行のお話に夢中だった。
ちょっと退屈。だけど、表情に出さないようにしないと。公務なのだもの。
不意に、一羽の青い小鳥が私の肩にとまった。
貴婦人たちが「あらまぁ」「王妃様の魅力に小鳥まで」と驚く。
ルリハだった。
「うちもまぜてキッテ様! あのねあのね! この前ね! 猫とカラスが大げんかしてたの! あれ? どうしたのキッテ様? うちの言葉、ちゃんと聞こえてる?」
聞こえているけど返事をしたら、変な人だと思われてしまうかも。
「あ、えーと小鳥さん。遊びに来るのはまた今度にしてくださいませんこと?」
「小鳥じゃないよルリハだよ! あーもう! キッテ様どうしちゃったの? ねえねえ! このクッキー食べていい?」
「クッキーはまた今度にしましょうね」
「えー! いーじゃんいーじゃん! みんな食べてるんだしぃ!」
貴婦人たちが「まるで小鳥とお喋りなさっているみたい」と、驚いた顔だ。
よくないかも。けど、まあ、一羽くらいなら。
と、思ったのも束の間――
青空にルリハの群れが現れて、次々と降りてきた。
「あ、ああ、ええと、どうしましょう」
ルリハたちは私の周りに集まった貴婦人たちの肩や帽子の上にとまって歌い出す。
「「「「「お茶会ルリハも参加する~!」」」」」
青い山が出来てしまった。
衛兵がやってきてルリハたちを手で追い払う。
「ご無事ですか皆様方!?」
青い小鳥の群れはそれぞれキャーキャーワーワー言いながら、散り散り飛んでいった。
あー、そうでした。
一羽来たら、情報を共有して集まってきちゃうのよねルリハたちって。
困った。
王都で集まられると、目立って仕方ないわ。
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夜になる。今夜はレイモンドはグラハム大臣との重要な会議で遅くなるみたい。
今がチャンス。一旦、城を抜けて町を出て、森に行ってルリハたちと会議しないと。
寝室とガーデンパーティーで二回、人に見られている。
三回目は偶然じゃ済まされない。動きやすい服に着替えて部屋を出る。
王宮内を何気ない顔で歩いていって、城の中庭を抜けると……。
外に通じる跳ね橋が上がりっぱなしだった。見張りの衛兵もいて、とてもじゃないけど抜け出せる雰囲気じゃない。
でも、言うしかない。
「あ、あの、ちょっと町の方にお散歩に行きたいのですけど」
「なりません王妃様。護衛も無しに城外に出歩かれては。お戻り下さい」
「はい……」
他に返す言葉もない。ああ、私の背中にルリハたちみたいな翼があれば、寝室の窓から森までひとっ飛びなのに……。
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会議を終えてお疲れなレイモンドが、寝室で私の肩を抱く。
「大丈夫かいキッテ?」
「は、はい? え、ええと、だ、大丈夫です」
「なんでも城を抜け出そうとしたっていうし。この暮らしが窮屈だったかな?」
「そんなこと……」
「なにか隠し事をしていないかい? 夫の僕にも言えないのかな?」
レイモンドは心配そうだ。疑うのではなく、ただただ、私を案じるような優しい眼差し。
話してしまった方がいいのかしら。ルリハたちのこと。私が手紙を書けた理由でもある。
レイモンドを信じていないわけじゃない。
それでも、私が秘密を口にしたら、どうなってしまうのか。怖かった。レイモンドがうっかり誰かに話してしまって、それがきっかけでルリハたちが捕まえられてしまわないだろうか。
ルリハの言葉は私にしかわからない。だから、私が誰にも言わない限り、安全は保たれる。
「レイモンド様。隠し事なんてありません」
じっと見つめられた。心苦しい。
ごめんなさい。説明するのも怖いし、上手くも言えない。
そっと青年は私のおでこに自分のおでこをつける。
「僕は君を疑ってしまった。婚約を破棄した時も、心のどこかで君が本当に国を滅ぼすのではないかと、思った。最後まで信じてあげられなかったから、今度こそ君の言葉を信じるよ」
うううう、罪悪感で死んじゃいそう。
レイモンドも守りたいしルリハも守りたい。
青年はそっと腕を広げた。
「さあ、おいで」
「はい……」
彼の両翼に優しく包まれる。こうして夫婦になってから、ますますレイモンドの優しさを身近に、何度も感じるようになった。
ルリハの秘密は明かせないけど――
「陛下……お願いが……あります」
「なんだいキッテ?」
優しく私の髪を撫でるレイモンド。
ごめんなさい。わがまま、言わせてもらいます。
「森の奥のお屋敷を……また、使わせてほしいんです」
「あの屋敷を!? あれは……君を閉じ込める檻なのに」
「気に入ってしまいまして」
青年は黙り込む。と、急にぎゅうっと強く、背中に腕を食い込ませるようにして私を抱きしめた。
「わかったよキッテ。きっと……君には一人で過ごす時間も必要なんだね」
「あ、え、あの……本当によろしいんですか?」
「悪いもなにもないさ」
そっと身体を離すと青年と見つめ合う。自然と唇を重ね合った。
私が外で誰かと会って、それが不倫だったりとか……思わないのかしら。
ううん、この人は私を信じてくれているのだ。
お互いの手のひらを合わせて、指を絡めるように握り合った。
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こうして――
晴れて私は陛下の承諾の元、森の中の屋敷を別邸として使えるようになった。
いつでも行き来して良し。送迎は馬車。護衛は最低限だ。
馬車を操る御者は、前にも屋敷で色々と取り仕切っていた、寡黙な老執事だった。
森の奥、木々のアーチを抜けて屋敷に戻る。
帰ってきた気がした。
屋敷の外観は相変わらずのボロっぷりだけど、中は掃除がされていた。
二階の自室に戻る。
老執事がバスケットから山盛りのクッキーをテーブルに広げた。
「あ、あの、これは?」
「ご必要でしょう。紅茶も出来上がりましたら、廊下側の台の上に置いておきます。なにかあればお申し付けください」
老執事はしなやかな一礼をして、部屋を去った。
うっ……うん。バレてるかも。少なくとも、私がルリハたちとお茶を楽しんでいることは、確実に。
けど、深入りはしないようにしてくれているみたい。
紅茶が出来た頃合いを見計らって――
私は部屋の窓を開いた。
ぶわあああああああああああっと青い小鳥たちがなだれ込む。
知らなかったら恐怖しかない。
「わーいキッテ様だ! おかえりなさい!」
いつも一番に肩口に乗るのは、最初の子だった。
あとはもう、各々自由に歌ったり踊ったり。
「自分、クッキー良いッスか?」
「んもー! おかえりなさいなんだから! これからはずっとこっち?」
「なわけねぇだろ! キッテ様は王妃様なんだぞ? けど、俺も嬉しいよ。俺らとの時間、また作ってくれたんだろ?」
「ほら言ったじゃん! キッテ様なら絶対にあちしらを捨てたりしないって」
「身をひくことも本気で考えてたくせに、アンタ……泣いてんじゃん」
「ままま、いーでしょ、キッテ様との再会に乾杯ってね」
一同が一斉に私を見た。
「「「「「聞いて聞いてキッテ様!」」」」」
よほど溜まっていたみたいね。私はミニテーブルの椅子に座る。
「はいはい、みんな落ち着いて。今日はどんなお話を聞かせてくれるのかしら?」
我先にとクッキーよりも、私の前にルリハたちが並んで押し合いへし合いになる。
順番を決めて、ルリハたちの見聞きしたことに耳を傾けた。
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話を聞いている途中で、ふと思う。
「あの、いいかしら?」
「「「「「はい! なんですかキッテ様!?」」」」」
普段は自由気ままなのに、私の言葉にはみんな揃って返事をする。王国の騎士団みたいな統制の取れ方だ。
「そもそもなのだけど、みんなの声って、他の人たちにはやっぱり、小鳥の囀りに聞こえているのかしら?
こういうときは、決まって最初の子が答えてくれた。ぴょんと私の肩口に止まると。
「そうだねキッテ様! キッテ様にしか僕らの言葉はわからないんだ」
「他の小鳥の声はわからないのだけど……それが不思議なのよ」
テーブルに集まったルリハたちも「あーね」「わかる」「それな」と、各々、何やら納得したみたいな感じ。
「ちょっと、私だけ仲間はずれはずるいわよ」
最初の子がテーブルに降りて振り返った。
「あのねキッテ様……味が酸っぱくて苦手って言ってたけど、実は……」
酸っぱい。で、思い出す。
そういえば、最初の子が初めてこの屋敷の窓から入ってきた時には、普通の小鳥の鳴き声だった。
喋ったのは二度目に会った時。だけど、その前に――
「あの、赤い実? サンザシかしら?」
「うん。秘密のサンザシ。どこにあるかも秘密だよ。あれを食べると僕たちの言葉がわかるようになるんだ」
「そうだったのね」
「時々、効果が消えちゃうこともあるから、その時は美味しくないかもしれないけど……」
最初の子がクリッとした瞳を伏し目がちにする。
背中を指でなぞるように撫でた。嬉しそうにぷるぷるっとなって、他の子たちから「「「「「ずるいー!」」」」」と声が上がる。
「わかったわ。酸っぱいのは苦手だけど、みんなとお話しできなくなるのは寂しいものね。これからも食べるから、安心して」
「「「「「わーい!!」」」」」
青い小鳥たちは揃ってぴょんぴょんテーブルの上で跳ねた。
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私たちは符丁を決めた。
基本的に、私は王城に居る。その時は私の元に舞い降りてこないように。
緊急事態の時には一羽が代表で伝えに来るようにしてほしい。
何か重大な情報が入ったら、朝、王城の寝室の窓辺に赤い実を置いておくこと。
屋敷で話し合いができる時は、その実を私が食べる。どうしても外せない公務の時は、赤い実は置いたままにする。
公務をしない休日を決めて、屋敷で羽を伸ばす。週に一度は行けるようにする。
そんな感じ。今は大雑把にだけど、必要に応じて変えていくことにはなるかもしれない。
山盛りのクッキーが無くなり、紅茶もポット一杯飲み終えたところで。
ルリハの一羽が私の前で尾羽を左右に揺らした。
「超嬉しいけどさ、あんまり旦那様をひとりぼっちにしちゃ可哀想よ?」
「うっ……わ、わかってるわよ。レイモンドは優しいから……つい、甘えちゃうけど」
他の一羽が「甘える時はベタベタ甘えて欲しいと思うぜ、男ってやつぁよぉ!」だってさ。うん、そうします。あの人を不安にさせたくもないし。
今日も一通りルリハたちのお話を聞いて、背中を撫でてあげたりもしたけど、王都は比較的平和みたい。
まあ、つい最近、犯罪組織だの国家転覆を狙った輩が一斉検挙されたばかりだものね。
しゃなりしゃなりとした足取りのルリハが私の前で両翼を広げてポージングした。
「ところで姐さん」
「あ、あねさん?」
「おっと……俺としたことが……キッテ様。諜報部らしく一つ、情報をお持ちしやした」
緊張感が走った。また、王都で何か事件の火種が燻っているの?
「なにかしら?」
「へい。貴族の女性の下着ばかり狙う怪盗のアジトを見つけた話になります」
それは、一大事。私は両手を軽く口元で組むと。
「詳しく……聞かせてちょうだい」
これからも午後のティータイムの片手間で、私は王都を影から守ることになりそうね。
聞き上手のキッテ様【連載版】
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連載版をご用意いたしました。新録分は10話からとなります。こちらもお楽しみくださいませ~!