女子高生2人のバレンタイン
「夢のない女のクリスマス」(https://ncode.syosetu.com/n0332gs/)の続編になりますが、独立で読んでいただいても構いません。
「バレンタインだってのにさ、現実は特に盛り上がりもないよね」
机に頬杖をついて、友人のミッコがそんなことを言う。
「あーはいはい、用意してあるよ。はい」
私はそう応じてカバンから小さな包みを取り出す。チョコレートだ。
「おー気が利くねえ。やっぱ持つべきものは友だわ」
大げさにそう言って受け取るミッコ。
念のために言っておくけれど、私もミッコも女子高生であり、これはつまりただの友チョコだ。
当然、一方的に渡すだけのものではないはずで……
「で、私は? あげっぱなし?」
こっちもわざとらしくそう言ってみると、ミッコは「やだなぁ、そんなわけないでしょぉー」とか言いながら袋を取り出してきた。
チョコドーナツだった。どうやら前に私が好きだと言ったのを覚えてたらしい。
「うん、ありがと」と私も応じる。
「でもさぁ、さっきアタシが言いたかったのはそれもあるけど、それじゃなくて」
ミッコがチョコレートの包みをカバンにしまいながら、なんか言い出した。
「うん?」
「いやさ、今の季節、マンガとかだと女子が男子にチョコ渡そうって頑張ってるじゃん。それが現実の学校は……って」
「まあ、フィクションはフィクションだからね」
私たち高校3年生にとっては、もう受験シーズンも終盤の2月。当然もう授業もなくて、今日は週に一度の登校日だ。
そこそこ進学校のウチで、今この時期に色恋にうつつを抜かしてるやつがそうそういるとも思えず。
現に教室内を見ても、参考書を机に向かって参考書を読んでるやつが多い。
だいたい今日はまだ2月13日だし。
そう言っても、ミッコは不満そうな表情だった。
「だってさぁ、1年の時も2年の時も、バレンタインだからってなんかあった?」
「まあ……私に見えるとこではあんまりなかったかな」
「でしょ。アキラだって……いやごめん」
「いいよ、それはもう」
私の元彼も大学生だった。つまり学内恋愛じゃなかったのだ。もちろん告白したのはバレンタインでもなかった。
元彼……つまり去年の暮れにもう別れたので、ミッコはその話題を口に出しかけて気を遣ったんだろう。でももう済んだことだ。
「じゃあさ、ミッコは? 学校《ウチ》の男子にチョコ渡して……とか思う?」
そう訊いてみると、ミッコは即答してきた。
「ないない」
「ほら」
盛り上がってないとか他人事みたいに言ってるけど、自分もその一員なのだ。
「まぁねぇ。同年代は趣味じゃないし」
とか言い出すミッコ。
「わかるけどさ」
「あ、アタシ、男の身長にはこだわらないよ」
聞いてもいない好みの話を始めた。
「そりゃミッコの場合は……ね」
私は思わずそう言ってしまう。
そう、ミッコは背が高いのだ。180cmを超えている。
一度、休日に一緒に遊びに行く時に踵の高いブーツを履いてきたことがあった。ヒールを加えて190cmに達しようかという大女の出現を前にして、道行く人が次々と振り返っていた。
美人だからというのではない。みんなギョッとして振り返るのだ。
一緒にいるこっちが気まずかった。目立つから人込みで見失わないのは良かったけれど。
まあ、わざわざあんなのを履く辺り、背の高さを気にしてる様子がないのはいいことか。
とにかく、ミッコが自分の身長を基準に「高身長」の男を探したら、その時点で狭き門になるに違いない。それとも大谷翔平クラスでないと。
「いやさ、アタシだって自分より背の高い男となら見栄えするかなーとか考えはするんだよ」
するとミッコがそんなことを言い出した。
「かもね」
「でもまぁ、背が高きゃいいたかっていうと、そうでもないし」
「そりゃそうでしょ」
「それに」とミッコは続ける。
「見栄えって言ったって、アタシじゃ背だけだし。モデル体型ですね、って言われても顔は褒められないっていうね」
「そう?」
私は別に、ミッコが不美人だとは思わない。身長が悪目立ちしがちだけど、顔が悪いわけではないだろう。
「嬉しいこと言ってくれるね、友よ」
と、満更でもなさそうな表情のミッコ。
「たださ、まあアタシの見た目はともかくとして、別に他人に対する見栄えを気にして彼氏求めてるわけじゃないし。だから、そこはもういいかなって」
「うん、まあね」
この彼氏で人に自慢できるか……なんて気にする気持ちもわからないではないけど、一度彼氏を持って別れた後だと冷静になってくる。彼氏は私のステータスのための飾りじゃないのだ。
「そりゃ、チビデブハゲとかの彼氏じゃ人に紹介できないってのもわかるけど」
軽い気持ちでそんなことをいうと、ミッコが目の色を変えた。
「ハゲさ、ハゲは別に悪くないじゃん」
急に腰を上げて力説してきた。完全に立ち上がっていなくてもやっぱり長身を感じる。
「どうしたの?」
まあ、私は慣れてるし、本気で怒ってるわけでもなさそうなので動揺しないけど。
「中学の時にさ、『十戒』観たじゃん」
「ああ、あれね」
ウチの学校は私立の中高一貫で、一応キリスト教のミッション系だ。だから「宗教」の授業があって、中学の時には授業で映画『十戒』の鑑賞もした。セシル・デミル監督でチャールトン・ヘストンがモーゼを演じたやつ。
「これも古い映画ですからね、そろそろリメイクしてほしいんですけど」なんて先生が言っていたことの方が印象に残っていたりするけれど。
「あれでさ、ファラオのラメシス演じてたユル・ブリンナー、カッコ良かったじゃん」
「あぁーそうだっけ?」
私の中ではすでに記憶も朧気だ。
「アタシあれでブリンナーにハマってさ、他にもブリンナー出てる映画観たもん」
まさか死後何十年も経ってこんなところにファンが生まれようとは、ブリンナーも想像してなかったに違いない。
「ほんとさー、ブリンナー見てるとスキンヘッドもいいなって」
「うんまあ言いたいことはわかった」
スキンヘッドでもカッコいいものはカッコいいのだ。
そして、あんな渋い俳優が好みなら、そりゃ同年代は趣味に合わなかろう。
「でもなんか、日本語でハゲって言うと、薄く毛の残ったおじさんのイメージになっちゃうよね。ならない?」
そう言うとミッコも「まあねー」と同意する。
「だからそういうのをハゲ散らかしてるとか言うんじゃない? スキンヘッドでスッキリさせればいいのにさ」
「それが似合うかどうかも人によるんじゃない? それに大変そうだし」
女子はムダ毛処理の苦労をよく知っている。それが自分では見えない頭まで……と思うと。
「でも男の人ってどうせ毎日ヒゲ剃ってるでしょ。だったら頭皮も」
「いやさすがに面積も手間も違うでしょ」
「だいたいその話を始めると」
と、私は思わず自分の頭に手をやる。
「“髪は女の命”だったら私の命は何なんだ、って」
残念ながら、私の頭は癖毛な方だ。伸ばしても鳥の巣だかアフロだかという有様になるのが落ちなので、ショートヘアで通している。
「サラサラのロングヘア、憧れはするけどね。そっちの方がいいみたいな価値観だと、チクショウって」
「いっそストパーとか縮毛矯正とかしない?」
とか言ってくるミッコも私ほど癖毛ではないけど髪型はショートだ。
「お金かかるからね」と私は適当に流す……つもりだったが、ミッコは諦めなかった。
「そこを大学デビューで思い切ってさ」
ニヤニヤしているし、軽口なのだろうけど、少しだけ気持ちが動く。
「考えてみようかな……受かればね」
そこですっとミッコが真顔になる。
「アキラは本命女子大だっけ」
「うん、おしゃれしてもアピールする男もいなくなるよ」
「女ばっかりだからって干物一直線とかならないように気をつけなよ」
「……今だって男にアピールしてるつもりはないけど」
そうぶっきらぼうに言うけれど、やはり男の目がないと気分が変わるものだろうか。いっそ一日ジャージでとか……。
「そうだ、帰り買い物付き合ってくれる?」
突然ミッコが言い出す。すごく真剣という雰囲気でもないが、さっきまで軽口を言っていた時の笑いはない。
「何?」
「いや、星川くん、友達なんだけど、彼にチョコ買ってこうかなって。勉強でも世話になってるし」
「……さっき男子にチョコ渡そうとか思わないって言ってなかった?」
「学校《ウチ》の男子にはね。彼はガッコ別だし、それに義理だよ、別に何もないよ」
「……それでも十分だよ。盛り上がらないとか言っといて、アンタが一番盛り上がってるじゃん」
これだからこの友人は。
……それとも、比較的仲の良い男子に義理チョコを配って回ろうとも思わない私が冷淡なのだろうか。
情に厚い方でない自覚はある。そんなんだからフラれるんだ、と言われたら返す言葉もない。
「まあいいよ、付き合うよ」
私的にはこれでも付き合いがいいつもりだ。
「夢のない女のクリスマス」から3年ぶりの続編です。
この主人公のシリーズはもうちょっと考えてはいます。
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