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雪女

 昔々、あるところに猟師の親子がいた。息子の名前は巳之吉、父親を茂作といった。二人は普段は町で暮らし、仕事に出るときには山の炭小屋を拠点として、数日から一週間そこに滞在していた。


 ある冬の日、父親の茂作が病に倒れた。高熱がもう五日間も続いている。雪の中、無理をして医者に来てもらったり、薬を貰いに行っていたのだが、病状は改善しない。医者にも、さじを投げられてしまった。


 巳之助が、茂作の看病を続けた六日目の明け方。巳之助は肌寒さと気配を感じて目を覚ます。見ると、扉が開け放たれていた。雪明かりで明るくなった小屋の中を見渡すと、茂作の額に手を当てて息を吹きかけている美女がいた。


 驚いて後退りをする巳之助。ゆっくりと振り返る美女。聞いたことがある。これは雪女という妖怪だ。


「今、ここで見たことを絶対に誰にも言うんじゃないよ。もし誰かに言ったら、お前を氷漬けにしてやる」


 そう言って雪女は立ち去っていった。巳之助はしばらく呆然としていたが、はたと我に返り、茂作に近寄った。


「お父、お父!」

 茂作の身体を触ると、冷たくなっていた…。



「う~ん…お、おお? 身体が楽だし軽いぞ。なんだこりゃ」


 茂作はケロッとした顔で起き出した。熱がひいている。不思議なことに病気が完治していた。おまけに、たくさんのミカンと置き手紙が置かれていて、手紙には「二人で食べてください。元気になります」とあった。


 元気になった茂作を連れて、巳之助は町に戻った。


 あのとき、雪女は「誰にも言うな」と言ったが、残念なことに巳之助はとんでもなく口が軽かった。さらに「言うな」と言われたら、もうこれは逆に「言え」と言われているんじゃないか。そんな男だった。


 見目が良く、働き者で頭も良い。何より人を思いやれる、優しい男だが、とにかく口が軽かった。言いたい、言いたいと苦悩していた時間は数分であった。あっさり巳之助は周囲に吹聴してまわった。雪女が親父を助けてくれた、ミカンももらった、と。


 そして、次の日から雪女の家に人間が長蛇の列を成すことになる。


 人々の曰く「うちの子の病気も診ていただけませんか…」「氷を作ってもらえませんか」「これ、お礼の品です。うちで作っている商品なんですが、もしよかったら」「雪女のねーちゃん、こんにちは! 遊んで!」「ワンワン」「ニャーン」


 とにかく大勢の人間が雪女の家にやってきた。そんななか、ある女の子が、雪女に言伝を頼まれた。


「お嬢ちゃん、ひとつお願いを聞いておくれでないかい」

「うん、いいよ!」

「巳之助に、今度お礼に行くと言っておいておくれ…」

「い、いいけど…雪女のお姉ちゃん、顔が怖いよ」


 それを聞いた巳之助が、心底震え上がったのは言うまでもない。「ヤバい、言うなって言われてたんだっけ…。氷漬けにされてしまうかな?」


 

 だが、実は雪女は、巳之助がお喋りで口が軽いのはとうに知っていた。知っていたうえで「誰にも言うな」と言ったのだ。そうすれば確実にあいつは町のみんなに吹聴してまわり、ここに人が集まるようになる。


 雪女は、妖怪ということもあり、ずっと一人で生きてきた。しかし雪女は寂しがり屋だった。誰かとお話がしたい、仲良くなりたいが、私が町に降りていったところで、恐れられるのが関の山だ。


 悩んでいるところに、巳之助と茂作が来た。茂作が病気にかかった。どちらにせよ助けるつもりだったが、ちょっとだけ利用させてもらったのだ。


 今は人間に恐れられることもなく、それどころか、こんなに頼って貰える。もう一人ぼっちではないのだ。雪女は幸せだった。


 後日、雪女は実際に、町にある巳之助と茂作の家にお礼に行った。

 大量のミカンを持って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 巳之助が皆にバラした時は、「さようなら巳之助」という感想を抱きましたが、 雪女の計算だったというのは驚きました。 大変ほっこりすることができました。
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