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お礼


「あれ、連絡先交換したっけ? してたとして住所まで教えたの? 俺」


「してませんよ。私はたた貴方の匂いを追ってきただけですから」


「匂い?」


「そう言うことが出来るスキルなんです」


 なるほど、それで。

 昨日は一日中とは言わないまでもかなりの時間一緒にいたから匂いを憶えていたのか。

 俺の匂いか。どんなのだろ、キツい匂いじゃなきゃいいけど。


「あの、中に入れて貰えますか?」


「あ、あぁ、狭いところだけど」


 ククって未成年だよね? 部屋に連れ込むのは不味いかな。

 いや、別に変なことをするつもりは毛頭無いけど、世間様にはなんて言われるかわからないし。

 まぁ、でもあのまま話すのもそれはそれであらぬ噂が立ちそうだし、まぁいいか。


「生憎、お茶もお菓子もないけど」


「お構いなく」


 テーブルに案内してククの向かい側の椅子に腰を下ろす。


「まずはお礼を言わせてください。貴方のお陰で母は助かりました、本当にありがとうございます」


「どう致しまして。助かってよかったよ、良いことした気分になれたしね」


 良い光景も見られたし。


「私になにも言わずに帰っちゃいましたけど」


「それはごめん」


 受け付けの人にでも伝言を頼むべきだったかな。


「それで……なんですけど。今日は約束を果たしに来ました」


「約束なんてしてたっけ?」


「お礼をすると」


「あぁ、お礼」


 個人的にはもういいかなって思ってたんだけど。

 してくれるなら貰っておこうかな。なにしてくれるんだろ?


「貴方は母を助けてくれて、私の命も救ってくれました。正直、それに似合うお礼なんて思いつかなくて……だから」


 意を決したようにククは俺と視線を合わせる。


「貴方の言うことをなんでも聞きます」


「な、なんでも?」


「はい。なんでもです」


 なんでもってなに?

 なんでも言うことを聞いてくれるってこと?

 なんでもってなんでも?

 ダメだ、ゲシュタルト崩壊してきた。


「なんでも言ってください。貴方に従います」


「ちょ、ちょっと待った。その言い方は誤解を招くから、もっと言葉を選んで」


「……覚悟はしてきました」


「だからぁ!」


 これはかなり不味い状況になった。


「気に入りませんか? 私なりに服装に気を遣ったつもりなんですけど」


「いや、それは見ればわかるし、綺麗だと思うけども」


「学生服のほうがよかったですか?」


「俺の性癖の話は今してないから!」


 これは厄介なことになった。

 たぶん、ククは色んなことが一度にありすぎて発想が飛躍し過ぎてる。

 まともな思考回路をしてない。


「あのね? クク。キミの気持ちは嬉しいけど受け取れないよ。そう言うのは大事な時まで取っときなさい。ホントに、マジで」


「今、母と私の命を救ってくれた恩人に恩返しが出来るか否かの大事な場面だと思いますけど」


「まぁ、それはそうかも知れないけどさ」


 だからって自らを差し出すっていうのはどうかと思うよ、俺は。


「母の治療費でお金回りはいつも火の車ですし、人に渡せるほど高価なものも残ってません。私に出来るのはこれくらいしか……」


「……わかったよ。なんでも言うことを聞いてくれるんだね?」


「はい」


 衣服に手を掛けるクク。


「待った」


 その手を押さえる。


「脱がしたいんですか?」


「そう言う意味じゃない! まったくもう」


 朝っぱらか心臓に悪い。


「いい? 言うことをなんでも聞いてくれるなら俺の言うことは一つだ。もっと自分を大切にしなさい」


 この一言に尽きる。


「一人でダンジョンに挑んだこともそうだし、今回のこともそう。キミは自分を蔑ろにし過ぎてる。自己犠牲と言えば聞こえはいいけど、キミになにかあれば悲しむのはお母さんだし、そんなので俺に何をしてくれても嬉しくないよ」


「……わかりました。そう、ですよね。私、もっと自分を大切にしなきゃ」


「わかってくれたならそれでいいよ。はぁ、なんかどっと疲れた気がする」


 このまま二度寝したいくらい。


「でも」


「でも?」


「私が今日お礼をしに来たことに変わりはありません。貴方に恩返しするまで帰る訳には」


「律儀なのは良いことだけど、生憎それらしいことは思い浮かばないし」


「なにか困っていることはありませんか? 不便なこととかでも」


「うーん」


 困っていること。

 困っていることか。


「強いて言うならパーティーメンバーがいないことかな。訳あって今フリーだし、近々仲間を募ろうと……」


 はっとなってククのほうを見る。

 それだ、って顔してた。


「もしかして口を滑らせちゃった?」


「私を貴方のパーティーに入れてください。足を引っ張るようなことは絶対にしませんから。役に立って見せます。お願いします」


 頭を下げたククを見て思案する。

 実力的に言えばククは申し分ない。

 捨て身覚悟とはいえ一人でダンジョンに挑み、深層にまで辿り着いている。

 通常のパーティーでも神経を削るようなことを一人でやってのけた事実は大きい。

 経験不足なところはもちろんあるけど、昨日のことを考えると俺との相性も悪くなさそうではある。

 本人もこう言っていることだし、採用は吝かではないけど。


「まぁ……そうだね。キミのお母さんがなんて言うのかによる、かな」


「母が」


「未成年を預かるなら当然親御さんの了承がいるし」


「わかりました」


 席を立ったククは駆け足で玄関へと向かう。


「クク?」


「母に相談してきます。それで許可が出ればパーティーに入れてくれるんですよね」


「あぁ、うん」


「よし」


 靴を履き、玄関の扉が開かれる。


「お邪魔しました」


 バタンと閉じて、この部屋に静寂が戻った。


「……まぁ、なんとかなるか」


 その後、娘と自身を助けてくれた俺ならとククの母親は許可を出した。

 ククはまだ学生なのでその都合もあって数日跨ぐけれど、こうしてパーティーメンバーが一人増えることとなった。

 追放された翌日にもうパーティー結成か。

 中々どうして順調だ。

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