一角獣
その名を呼んだ刹那、ユニコーンが駆ける。
飛沫を上げて瞬く間に距離が詰まった。
即座に蜥蜴の仮面を被ったものの、肩を貫かれて背後の木に叩き付けられる。
激痛と衝撃が同時に体中を駆け巡る中、腰の剣に手を掛けた。
「残念、仕留め損なったね」
一本角の付け根に剣を振り下ろす。
けれど、甲高い金属音を鳴らして一撃は受け止められた。
「硬ッ!? 嘘でしょ! あぁもう!」
仮面を犬に変更してヘルハウンドの炎を身に纏う。
流石のユニコーンもこれには面食らったのか、角を振り回して俺を放り投げた。
「ぐッ、もうちょっと丁寧に……扱って欲しいもんだよ」
ユニコーンを睨みつつ、蜥蜴の仮面に再度変更。
貫かれた肩の傷を癒やして、だらりと下がった左腕に力を込める。
よし、ちゃんと動く。
「シンリさん!」
「来ちゃダメだ!」
我に返ったユニコーンはククを見て、こちらの様子を窺うように動きを止めた。
「そのまま見てるだけなら、ユニコーンはたぶんキミを襲わない」
ユニコーンは穢れを知らない乙女に自ら攻撃を仕掛けることはない。
今の様子から見ても間違ってはいないはず。
火傷を治したとはいえククは病み上がりだ、ここは俺がなんとかしないと。
「やっぱり探してた物と違うのを見付けちゃったか。でも、結果オーライかな。まさか薬草よりレアな魔物と出会うことになるなんてね」
冒険者の中には一度も遭遇しないまま引退までいく者も多くいる。
それだけレアな魔物の名前がユニコーン。
そしてその角には毒や病を消し去る能力が備わっている。
「万事解決だ。俺もククも今夜は自宅のベッドで眠れる」
薬草なんてもう必要ない。
「悪いけど、キミには今日からただの馬になってもらうよ」
ユニコーンの嘶きが湖畔に響き、蹄が地面を駆る。
顔に手を翳して蜥蜴の仮面を犬に変更。
直進するユニコーンの軌道を妨害するように炎を巻いて壁にする。
立ち上がる火炎に対して、あちらは持ち前の脚力で高く跳躍して跳び越えた。
頭上から降り注ぐ、硬い蹄によるスタンプ。
間一髪のところで回避したものの、その衝撃は地面を割ってしまうほど。
「パンケーキになるところだった!」
即座に体勢を立て直し、着地したばかりのところへ火炎を見舞う。
炎に包まれたユニコーンは地獄の苦しみを味わい、思わず耳を覆いたくなるほどの絶叫を放つ。地面をのたうちまわり、周囲のモノを無差別に角で引っかき回しながら湖へと身を投げた。
飛沫が上がり、波が立つ。
直ぐに水面に蹄が掛けられ、ユニコーンが再び姿を見せる。
炎は消えても火傷はまだ生々しく残ったまま。
病気や毒は治せても傷は治せない。
「リザードマンが羨ましいんじゃない?」
激昂。
怒気が篭もった嘶きが響き、ユニコーンは水面を蹴る。
一本の槍であるかの如く、鋭い突きがこの身を貫くその前に火炎を放ち、道を断つ。
また炎を跳び越えてくるかと思ったが、今度は濡れた体のまま突っ切ってくる。
「今更火傷が増えたところで、ってことか!」
鋭い穂先による一閃を、両手で握り締めた剣でなんとか逸らす。
けれど、その衝撃で刀身に亀裂が走り、半ばから折れてしまう。
「あぁ、不味い」
ユニコーンの体はまだ濡れている。
火炎を放ってもお構いなしに突っ込んでくる気だ。
ユニコーンは学習してる。次は肩じゃなく心臓か頭を貫かれる。
もしくは首を刎ねられるかも。
「なら、一か八かだ!」
周囲に火炎を撒き散らし、至るところから紅蓮の炎が上がる。
引き起こされた火災にユニコーンは身動ぎもしない。
ただ揺れる炎越しに俺だけを見据えて地面を駆り、一本角の穂先で心臓を狙う。
今、突き破るように火炎を越えた。
その瞬間、ユニコーンは俺を見失うことになる。
獲物を見失った角は虚空を突き、自慢の脚も行き場がない。
燃え盛る火炎に四方を囲まれ、どこにいるのだと忙しなく周囲に目を向ける。
俺はどこにも行ってない。
ただ燃え上がる火炎の中に立っているだけだ。
「ヘルハウンドの炎は燃やしたいモノしか燃やさない」
火炎から跳び出し、ユニコーンの虚を突いてその背中に跨がる。
驚いて俺を篩い落とそうと暴れてももう遅い。
そんなのが間に合わないくらい、濡れた体が一瞬で渇くくらいの火炎を全身から放出する。
「また水に飛び込む気? 上等!」
死力を尽くすように大きく跳躍したユニコーンはそのまま湖にダイブする。
周囲が水で満たされても、火炎が掻き消されようとも関係ない。
しがみつき、決して離れず、更に火炎を放ち続け、ユニコーンの身を焼き続ける。
水の中に飛び込んでも逃れられない炎の痛み。
それに耐えかねたユニコーンはついに命尽き果て、最期に大きく痙攣してその生涯を終える。
「ぐッ……」
ユニコーンは斃した。
けど、もう息が持たない。
水底へ沈んでいくユニコーンの亡骸を回収することは叶わず、水面を目指した。
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