薬草
「ねぇ、一人じゃ危ないから、俺も付き合うよ」
そう声を掛けると彼女は驚いた様子でこちらに振り返った。
「貴方にそんな義理はないはずですけど」
「いいや、ある。一度助けたなら最後までってね」
「……妖精さんが助けてくれたのでは?」
「これは秘密なんだけど、俺って実は妖精なんだ」
あれ、返答が帰ってこない。
「……貴方の目的はなんですか? なぜ、見ず知らずの私にそこまで」
「目的か……そうだな……」
助けたいから助けたし、そうしないと後悔しそうだから。
あとは裏切りにあった直後で、人との繋がりを感じたいから、かも。
とにかく、それを言語化して伝えたところで納得する雰囲気じゃなさそう。
彼女はもっとわかりやすい言葉を望んでいるように見える。
それなら。
「キミが死んじゃったらお礼が貰えないから、とか?」
自分で言っていて最低だなとは思う。
けど、それくらいしか思い浮かばなかった。
「……なるほど」
「納得するんだ」
それはそれでなんというか、ちょっと傷つく気もするけど。
「わかりました。そういうことなら付き合ってください」
「なんか釈然としないけど……まぁいいか!」
乗りかかった舟だ、最後まで付き合おう。
「俺はシンリ。キミは?」
「私はククです」
「よろしく、クク」
ダンジョンから無事に脱出するまでの簡易パーティーの結成だ。
§
「ところで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? ククの目的」
先を歩くククの背中に向かって言葉を投げる。
「……私の目的は薬草を持ち帰ることです」
「薬草……ダンジョンの深層にまでわざわざ摘みに来るってことは……もしかして万能薬の元になるって言う、あの?」
「理解が早くて助かります」
「なるほど……」
冒険者をやっていれば自ずと耳に入ってくる話だ。
希少性が高く、手に入れれば大金になる。
生息域も自生条件もわからなくて探してもほとんど見付からないって所までがオチ。
夢見てないで目の前の仕事を着実にこなせっていう教訓染みた話だ。
この話の厄介なところは薬草が空想じゃなくて実際にあるということ。
今、その滅茶苦茶低い確率に賭けた少女がこんな危険なダンジョンの深層まで来ている。
それも一度は死にかけた上で。
「命を懸けてでも救いたい人がいるってことでいいかな」
金が目的なら教訓通りに自分に見合った仕事を熟しているほうが賢明だ。
冒険者はもとより命懸けの仕事だけど、無謀なことをしているわけじゃない。
それとこれとは全く別だ。
「どうしても救いたい人がいるんです」
万能薬を求めていることから、その誰かは病気と闘っている。
病気であって怪我じゃない。
例え腕を切り落とされても生えてくるほどの再生能力があっても病気は治せない。
その誰かに蜥蜴の仮面を被らせても期待している結果には繋がらないと思う。
救いたいなら薬草を見付けるしかない。それがどんなに無謀なことでも。
「誰かに採取を依頼……は、現実的じゃないか」
「私の他にも万能薬を欲しがっている人は沢山いますから」
ただでさえ希少な薬草で、欲している人がたくさんいる。
金に糸目は付けないという人もいるだろう。
そこに割っては入るのは難しい。
「じゃあ本当に自分で薬草を見付けるしかない、か」
自分の命が惜しくないと思えるほどの人がいて、その人が病に罹ってしまったら。
たぶん、俺もククと同じことをしていたと思う。
実力が足りなくても、死の危険があっても、可能性から、希望から、目は逸らせない。
俺もククも難儀な性格をしているみたいだ。
「でも、当てはあるわけ?」
「いいえ」
「まさか虱潰しってこと? この広いダンジョンの深層を端から端まで?」
「はい」
「わーお、面白くなってきた」
まぁ、情報と呼べるようなものもないし当然か。
「気合い入れないと、地上に帰るのは当分先のことに――」
直感が警鐘を鳴らす。
「クク」
名前だけを呼ぶと、ククは俺の声音から意図を汲んでくれた。
いいね、助かる。
「なにか?」
「魔物がそこの曲がり角で待ち伏せてる。逆に奇襲しよう」
「……わかりました」
すこし眉を潜めたククだったけど、素直に言うことを聞いてくれた。
俺たちは待ち伏せに気付かなかった振りをしながら足を進め、得物に手を掛けた状態で曲がり角に差し掛かる。
瞬間、暗がりに潜んでいた魔物たちが牙を剥く。
けれど、わかり切った奇襲ほど怖くないものもない。
逆にこちらから出鼻を挫きに行き、奇襲は成功。
ほとんどなにもさせることなくその命を頂戴する。
こちらを待ち構えていたのはリザードマンだった。
「本当に、いた」
「信じてなかったの?」
「……はい」
「はは、正直でよろしい」
事前に説明もしていなかったし、正しい判断だと俺も思う。
「俺のスキルなんだ。直感で危機を回避できる」
「直感? では、その仮面はいったい」
「セカンドスキルなんだ。ついさっき発現したばかり」
「……初めて見ました、スキルを二種類も持っている冒険者なんて」
「まぁ、そう多くはないよね。俺も驚いてるし」
セカンドスキルを発現する冒険者は少ない。
スキルを発現する人自体が少数だし、その中の一握りとなると更に確率は低くなる。
自分がその一握りの中にいるなんて未だに信じ切れてない。
「……直感のスキルであれば薬草の位置もわかるのでは?」
「俺も昔にそう考えて無くし物とか探して見たりしたんだけど、上手く行かないんだよね。探してたのと違うのが出てきたりしてさ」
危機感知や戦闘に関する精度は百発百中なんだけど、どうにもその他となると精度が落ちる。
「まぁ、でもやってみよう。もしかしたら上手く行くかもだし」
この広いダンジョンの中を当て所なく彷徨うよりはずっといい。
スキルを自発的に発動して薬草がどこにあるかを探ってみる。
「――わかったかも」
「本当ですか!?」
「うん、でも期待はしないでね。屋台のくじ引きくらい当たらないから、ホントに」
直感が指し示す方向へと舵を切ることしばらく、それは意外にも近いところを指し示していた。
「ここ、ですか」
「みたいだね。湖以外は目立ったものがないけど」
細波を立てる水面が光を受けてキラキラと光る。
光源は天井に走る鉱脈。
自ら光を放つ陽光石のお陰でここは昼間のように明るい。
「たしかにここなら植物もよく育ちます。湖畔と森をよく探してみましょう」
「よーし、カッコウになったつもりで――」
再び、直感が警鐘を鳴らす。
視界に捉えたのは湖の中心に立つ、一体の魔物。
蹄で水面に波紋を描き、こちらにゆっくりと近づいてくる。
「ケルピー……いや」
風が真っ白な毛並みを撫で、美しい鬣を靡かせる。
神秘的な出で立ち、身に纏う荘厳な雰囲気。
そしてなにより目を引くのは額から生えた一本角。
「ユニコーンッ!?」
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