炎の犬
「一体だけ? キミもはぐれ者なんだ」
群れで狩りを行う者と、単独で狩りを行う者がいる。
個体の戦闘力は決まって後者のほうが強い。
「仲良くしようよ。はぐれ者同士」
低い唸りが返事。
「残念」
焼かれた冒険者はまだ息がある。
助けるためにはまずヘルハウンドを斃さなくちゃ。
「悪いけど時間がないんだ」
顔に手を翳してスキルを発動。
蜥蜴の仮面を被る。
「直ぐに終わらせてもらう」
抜き身の剣を構えて真正面から突貫。
ヘルハウンドは当然、自慢の火炎を口から吐き出した。
熱風が装備を撫で、紅蓮の炎がこの身を焦がす。
熱と火傷で意識が消し飛びそうな痛みが脳天を貫く。
けれど、決して足は止めずに更に前進し、命が燃え尽きる前に火炎を突破。
目の前にヘルハウンドを捉え、握り締めた剣で一閃を描く。
「あっつ」
一撃は命にまでいたり、ヘルハウンドは力なく地に伏した。
毛並みから火の気が失せ、焦げた臭いだけが残る。
「ちょっと……無茶し過ぎたかな」
蜥蜴の仮面による再生能力の付与がなければ到底実行できなかった。
吐き出される火炎に翻弄されるより時間短縮にはなったはず。
お陰で痛い思いをしたけど、その火傷ももう治った。
「キミ! まだ生きてるよね!」
ヘルハウンドを排除したことで、一応の安全は確保できた。
すぐに負傷した冒険者の元に駆け寄ると、状態は思ったよりも酷い有様だ。
「火傷が酷い……息も浅い……応急処置をしても地上まで持たない……」
その上、人一人を抱えてダンジョンを歩くのは無謀すぎる。
例え、俺が一人でなく仲間が複数人まだいたとしても、結果は変わらなかっただろう。
もう助からない。
「――いや、待った」
ヘルハウンドの死体が輝きを放ち、その頭上に一枚の仮面を形作る。
仮面。そう、仮面だ。
「上手くいくといいけど」
自分が被っている蜥蜴の仮面を外す。
仮面に宿った再生能力がこの人を救ってくれるかも知れない。
助かるようにと祈りながら苦痛に歪んだ顔を仮面で覆う。
「――やった!」
仮面を被った瞬間、見るに堪えない酷い火傷が瞬く間に治った。
手の形もはっきりわかるようになったし、焦げた骨も見えなくなる。
体は人の形を取り戻していた。
「自分専用って訳じゃなくて助かった」
人を、命を、救えた。
今はその実感がなによりも嬉しい。
「ん、んんん」
「あ、気がついた」
蜥蜴の仮面を消し去ると、彼女の本当の顔が見られた。
火傷のない素顔は目鼻立ちが整っていて、綺麗な瞳と目が合う。
「おはよう。モーニングコールは必要なさそうだね」
「あな……たは?」
「冒険者だよ、通りすがりのね」
彼女は周囲を軽く見渡すと、ゆっくりと上体を起こす。
体に痛みは残っていないようでひとまず安心。
身に纏う戦闘服も修復機能が正しく作動していて、燃えた部分はすでに補われている。
「私は……いったい」
「憶えてない? ヘルハウンドと火遊びしてたこと」
「ヘルハウンド……そうだ、私っ――あれ?」
燃えて、焦げたはずの体がなんともない。
不可解な事実に彼女は首を傾げる。
「私、たしかに……もしかして、貴方が?」
「かもね。もしかしたら妖精さんがいたのかも」
「ようせい?」
きょとんとする彼女の反応はいたって正常なもの。
火傷は完全に治っていると見て良さそうだ。
ひとまず無事を確認してほっと安堵の息を吐いて立ち上がる。
そろそろヘルハウンドの上で待ってる犬の仮面を回収しなくちゃ。
「他の仲間はどこに? はぐれちゃったとか?」
幸いなことに周囲に焼死体はない。
「仲間……いえ、私は一人ですから」
「一人?」
すこしだけよろめきながらも彼女は立ち上がる。
「ちょっと待った。キミ、ダンジョンの深層に一人で来たの? 自殺行為だよ、なんでそんな無謀なことを」
「貴方も一人では?」
「俺は特殊な事情があってしようがなくなの!」
「私もそうです。どうしても欲しいものがあるんです」
「欲しいものって?」
彼女はそっと俺から目線を逸らして口を噤む。
数秒ほどそうしていたかと思えば地上とは反対方向へと歩き出す。
「助けてくれてありがとうございます。このお礼は必ずします。それでは」
「もしかしてまだ続ける気? あんな目にあったのに」
「もちろん」
「次は本当に死ぬかも知れないよ」
「だとしても、諦めるわけにはいかないんです」
こちらを振り返りもせず、背中はすこしずつ小さくなっていく。
「さぁて、どうしようかな。こっちも余裕があるわけじゃないし」
ダンジョンの深層に長居して良いことなんて一つもない。
身の安全を第一に考えるなら、彼女とはここで別れるべきだけど。
「……自分で言うのもなんだけど損な性分してるよね」
ため息を一つ吐いて、彼女の背中を追う。
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