血風
錆びた鉄の臭いがして製鉄所の薄暗い室内が視界に広がった。
かつて商品だったものや製鉄に必要な道具には雑に布が被せられていて錆が浮いている。こんな時でもなければ立ち寄りたくはない場所で床には埃が敷かれている。長らく人が訪れていない証拠だけど、それの上には真新しい足跡が刻まれていた。
やっぱりここにいる。
足跡を追って建物の奥へと進み、ドアノブを捻って次の空間へ。
「……キルケ」
その先で見付けた。
記憶にあったキルケとは随分と違う様子だ。
顔色が悪く、目の隈も酷い。
随分と痩せたように見える。
「……よう、お前か」
キルケは古びた木箱を背もたれにして倒れたように座っていた。
声に覇気はなく、掠れ気味だ。
「はッ! 笑えよ、お前を追い出した結果がこの様だ」
「人を斬ったって言うのは本当?」
「あぁ、あまりにムカついたもんでな。気付いたら目の前に死体が転がってた」
まるで他人事のように、作り話のようにキルケは言う。
冗談として聞き流せたらどれだけよかったことか。
「……何本、打った」
キルケの側には見覚えのある小瓶が転がっていた。
ノアが密かにコリンの持ち物から盗んだものと同じ。
ドーピングドラッグで間違いない。
「ドーピングドラッグか? そうだな、四本だ。あと一本ある」
オモチャでも見せびらかすように、すでに注射器に入ったそれが取り出される。
キルケの症状が悪いのは火を見るよりも明らかだ。
これ以上は確実に不味い。精神も肉体も壊れてしまう。
五本目を打たせるわけにはいかない。
「それを打たずに捨ててこっちに来るんだ。罪を償おう」
「助けにでも来たのか? この俺を?」
「そうだ。過去のことは全部水に流そう。一緒に来て」
「はッ、ははッ! 俺はな」
よろよろと覚束ない足で立ち上がる。
「お前のそう言うところが嫌いだったんだよ」
「よせ!」
制止の言葉もキルケには届かず、注射器の針が足に刺さった。
ドーピングドラッグが押し込まれ、空になったそれが音を立てて跳ねる。
打ってしまった。
打ち込まれた成分がキルケの全身を巡り、スキルとなって放出される。
キルケのスキルは血液操作。
体中の皮膚を突き破って血液が噴き出し、それが触手のようにうねる。
「全部、お前のせいだ。俺がこうなったのも、なにもかも! 嫌いだ! 殺してやる! 俺を苛つかせる奴は全員あの世行きだ!」
「なら、俺はそれを止めるしかない。その手足をへし折ってでも」
顔に手を翳し、鳥の仮面を被る。
「死なせはしないよ、キルケ!」
戦闘はもはや避けられない。
数多の仮面を持っていても俺に出来ることは少ない。
一刻も早くキルケを病院に連れて行かないと。
そのためなら暴力も厭わない。
「そう言うのがうざったいんだよ! シンリ!」
血飛沫が数多の鏃となって視界を埋め尽くす。
通常の回避動作では到底避けられない範囲攻撃に、こちらも鳥の仮面の力を使う。
背中に生えた風の翼を大きく羽ばたかせ、鎌鼬の舞いが鏃を落とす。
風と血がぶつかり合い、弾けた。
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