発覚
「三十万だと!?」
暗い路地に俺の声が響く。
「あぁ、そうだ」
「ふざけるなよ、ふっかけすぎだ」
「悪いがふざけてもられないんだ。どっかの馬鹿が商品の原材料を燃やしやがった。お陰で在庫が心許ない。こっちにはこっちの事情がある、わかってくれ」
「だからって三倍だぞ、三倍」
「嫌なら買わなくていい、お前のほかにも客はいる。今の倍だしてもいいって奴もな」
「くそッ」
ただでさえ出費がデカいのに更に二十万上乗せだと?
冗談じゃない。冗談じゃないが、今はまだこの薬の力を利用しなきゃならない。
確実に経験は積めている、あらゆる魔物の対処法を体で覚え始めてきた。
今ここで止めるわけにはいかない。
「……今は手持ちがねぇ。ちょっと待ってろ」
「長くは待てないぞ、さっさと行け」
拳を握り締め、怒りを押さえつけ、この屈辱にぐっと耐える。
いつか報われる日がくるはずだ。
§
最近、キルケの調子がいいみたい。
魔物への対応力が上がったのもそうだけど、反射神経とか、動きのキレ、スキルの精度も上がってる。
キルケが頑張ってくれているお陰で私たちも動きやすい。
ランザにキツく言われたことが、返ってよかったのかも。
ただ、心配なのはキルケの顔色が悪いこと。
戦闘自体は軽くこなせているから元気なことは確かだけど。
「キルケ。顔色が悪いようだけど、平気か?」
「あ? あぁ、問題ない。余計なお世話だ」
「そうか? ならいいんだけど。ダンジョンの中なんだ、調子が悪くなったら直ぐに言えよ」
相変わらず不機嫌そうだけど、本人がそう言うなら問題ないのかも。
とにかく今は踏ん張りどころ。
屈辱に耐えてダンジョンの表層で頑張ってるんだもの。
深層に挑めるパーティーにならなくちゃ。
「シンリくん、いま何してるかな」
「おい、そいつの話はよせ」
「ご、ごめんなさい」
「シンリ? シンリって……」
「前に話したことあるでしょ? ランザの前にいたパーティーメンバーよ。そう言えば名前までは出してなかったっけ?」
「……直感のスキル持ちの?」
「え、えぇ。なんでそれを?」
「……マジかよ。じゃあお前たちがダンジョンの深層でシンリを置き去りにしたのか? 嘘だろ」
目を伏せ、口に手を当て、滲み出た汗を拭う。
ランザの様子が明らかにおかしい。
「なによ、どうしたって言うの?」
「シンリは僕の友達だ! あぁ、くそ! この前、会ったばっかりだぞ! なんだよ! 折角上手く行き始めてたのに!」
「ランザがシンリの友達? そんな……」
このパーティーで積み上げて来たものが一気に崩れていく音がする。
私たちは理解させられた。
過去は現在、そして未来にまで影響を及ぼすなんて、簡単な理屈を。
ランザの様子を見るにシンリとかなり仲がいい。
私たちがしたシンリへの仕打ちを考えると、もう関係修復は無理かも知れない。
こんなはずじゃなかったのに、どうしてなの?
どうしてあの時、私たちはシンリを――
「……だったらなんだってんだ」
「キルケ」
「辞めるのか? このパーティーを」
「……考えさせてくれ。とにかく今日はもうダンジョンを歩き回れるような気力はないよ。悪いけど地上に戻らせてくれ」
「チッ……わかった。このまま無理矢理進んでも足手纏いだからな」
それから地上に戻るまで、そして戻ってからも、ランザは一言もまともに喋らなかった。
ただ黙って悩んだように目を伏せる。
声を掛けても言葉にもなってないような生返事ばかり。
肩を落としたその背中を私たちはただ見送るしかなかった。
「こ、これからどうするの?」
「わからない、私も。いったいどうしたら……」
「やることは一つだ」
「キルケ? どこ行くの? ねぇってば!」
キルケもランザと同じで、それ以上一言も喋ることなく帰って行った。
残されたのは私とハルだけ。
「イリーナちゃん」
「……大丈夫、大丈夫よ」
私は呪文のようにそう繰り返すしかなかった。
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