接触
屈辱的。そう屈辱的だ。
何もかもが上手くいくと信じて疑わなかった。
俺たちは優秀な冒険者で、疫病神が一人いなくなろうが変わらない。
寧ろ新しい戦力を迎え入れることで更に強くなれると思っていた。
だが、現実は違った。
思い知らされた。
俺たちが実力だと思っていたものはすべて、あの男がもたらしたものだった。
俺たちはただ恩恵に縋っていただけ、人の手柄を自分のものにして万能感に浸っていただけの大馬鹿野郎だ。
認められるか。認められるわけがない。
これまでのすべてがあいつのお陰だったなんて、そんなことがあってたまるか。
証明しなければならない。
あいつが居なくとも俺は強いってことを、なんとしてでも。
「あんたがそうか?」
人気のない暗い路地に佇む怪しい男。
見てくれは見窄らしいが、顔はすこしも汚れてない。
そういう変装だ。
「十万だ」
「ほらよ」
言われた金額を差し出すとひったくるように奴は受け取った。
指を舐めて一枚一枚数え、それが終わると懐に仕舞い、入れ替えるように小瓶と注射器を取り出した。
「注射器はサービスだ。次から金取るぞ」
「……こんなもんが本当に効くのか?」
「試してみればわかる。まぁ、最初は少しずつにしとくんだな。あんまり急激に強くなると怪しまれる。長い付き合いを頼むぜ」
「長く続けるつもりはねぇよ」
「みんな最初はそう言うもんだ。無くなったらまた連絡しろ」
苛つく笑みを浮かべながら男は路地の闇に消えていった。
こいつがどういうものかは知ってる。
使った奴の末路もだ。
だが、今の俺にはこいつがいる。
こんな屈辱を味わったままなんて我慢ならない。
俺に足りないのは経験だ。
あいつが危険を遠ざけていたせいで経験不足だっただけ。
今はそれをこいつで補うだけ。
経験が蓄積さえすれば俺の実力ならすぐにこいつに頼らなくて済むようになる。
あくまで一時しのぎで利用するだけだ。
用が済めば直ぐにでも止められる。
俺はほかの連中とは違う。
§
ノアの提案に乗ることにしてから幾日かが経った。
予定が合う日はダンジョンに挑み、深層で花畑に火を付ける日々。
毎度毎度、花畑にウェントゥスがいるわけでもない。
嫌がらせは順調に進んでいた。
「ふぅ、今回もなんとか斃せたね。怪我はない?」
「大丈夫です。ウェントゥスの動きもかなり読めるようになりましたし」
「あたしもあたしもー! もうウェントゥスハンターって感じ!」
「いいね、頼もしい限り」
二人がウェントゥスの速さや動きに慣れたこともそうだし、鳥の仮面を手に入れたことも大きい。突風には突風を、鎌鼬には鎌鼬を、それぞれぶつけることで相殺し、ウェントゥスの遠距離攻撃をほぼ無効化できる。
それでも脅威なことに変わりはないけど、勝率は格段に上がったと言っていい。
「さて、火葬と行きますか。お花もいっぱい添えられてるわけだし」
犬の仮面を被り、両手に火を灯したその瞬間、直感が危険を告げる。
即座に振り返り、飛来する炎弾に炎弾で返す。
二つは接触すると派手に弾け、爆心地を焦土に返る。
立ち上る煙は何者かの姿を覆い隠した。
「魔物、ウェントゥスの縄張りに入ってくるなんて」
「違うね。今のはスキルだった」
「おやー? それってつまりー」
「十中八九、ドーピングドラッグ関係だろうね。ほら、二人とも。煙が晴れる前に被って。あと名前呼ぶの禁止」
「わかりました」
「りょうかーい」
ククに蜥蜴の仮面を、ノアに甲羅の仮面を渡して被らせる。
いつかこうなるかも知れないと、予め身構えていてよかった。
とりあえず爆発の閃光と煙で俺たちの素顔は見られていないはず。
直感が働かなかったから様子見をされていた線もない。
俺たちの身元はわからないはずだ。
「ようやく尻尾を掴んだぞ、放火魔野郎共」
「テメェらのせいで商売あがったりだ。どう落とし前付けるつもりだ、あ?」
「商売あがったり? それはよかった。世間が少しは綺麗になったようでなにより」
「どうやらぶっ殺されてぇみたいだな」
「その熱意を学業や就職活動にぶつけられてたらもっとまともな人生を送れたのに」
「やっちまえ!」
怒りを露わにして二人組が駆ける。
戦闘開始。
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