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仮面


「くそッ!」


 十分に距離を取って、大声を出しても聞こえないところまで歩いて感情が口から漏れ出した。意地も底が付いたみたいだ。


「冗談じゃない! どうしてこんな目に会うんだ! 疫病神だって? ふざけるのも大概にしてほしいよ、俺がなにをしたって言うんだ!」


 息を荒げるほど叫んで、胸に溜まっていた思いをぶちまけた。

 誰にも聞かれたくない言葉が岩肌に反響して長く残る。

 それが溜まらなく嫌で、大きなため息をついた。


「あぁ、もう。大声を出したから魔物がくるかも。とにかくダンジョンを出ないと……一人で。はは、最高」


 落ち込むのは後、今一番に考えるべきは何を間違ったかじゃなくて、ここからどう生きて帰るかだ。うじうじはもうお終い。気を取り直してダンジョンからの脱出に挑もう。


「とりあえず……こっちの道はヤバい」


 スキルが警鐘を鳴らしている。


「こっちも、あそこも、あれも……そこも……」


 ここはダンジョンの深層だ。

 パーティーが一丸となってようやく探索可能な危険領域。

 そこにたった一人でいるわけで、安全なんてものはないわけで。

 行く先々でスキルが警鐘を鳴らしている。

 あっちへ行くな、こっちへ行くな、そこで立ち止まるな。

 鳴り止まない警鐘が響き続け、もはやないも同じ状況だ。


「意地を張らずにあのまま付いていくべきだった? いやいや、それはない。そんな惨めな真似だけは絶対にない」


 とは言え、参った。

 地上に続くと思われる道はすべて潰されてしまった。

 この場に留まることすら危険。

 唯一、俺が進める道が一つだけあるけど。


「この道、絶対奥に続いてるよね」


 脱出したいのに進めるのは地上から遠のいてしまう道だけ。


「ダンジョンって意地悪だよね、ホント」


 進むよりほかないので唯一の歩ける道を行く。

 遠回りになってもどうにか地上に迎えないかと思案していると、スキルが強い警鐘を鳴らす。咄嗟に身構えた瞬間、鈍色の何かが視界に突如としてちりばめられる。反射的に回避動作を取るも、何かのうちの幾つが頬や肩、四肢を掠めて痛みが走った。

 傷口が脈打ち、血が伝うのを感じながら見つめた先に魔物の姿を見る。

 全身を覆う鱗、鋭利な牙と爪、刃毀れした剣に割れた盾。

 蜥蜴頭のリザードマンがこちらを見据えていた。


「やあ……蜥蜴くん……」


 頬の血を拭う余裕すらない。

 腰の剣に手を掛ける間にもリザードマンは近づいて来ている。


「お目当てはなにかな? ハエ? それとも蝶々? 生憎どっちも切らしててね。見掛けたら捕まえておくから出直してくれる? はは……」


 なんて言葉を口にしてみても、魔物に人語が通じる訳もない。

 長い舌を振り回して叫び、強靱な肉体がバネのように駆動する。

 瞬間、スキルが警鐘を鳴らす。


「あぁもう!」


 剣を引き抜くと同時に、刃毀れした刃が突き出される。

 真っ直ぐに放たれたそれを紙一重で躱し、懐に踏み込んで一撃を見舞う。

 描いた剣閃は鱗を断って胴体を大きく斬り裂いた。

 けれど。


「ゲゲッ――ゲッ」


 たったいま刻みつけた傷が瞬く間に回復する。


「ねぇ! それってズルじゃない!?」


 リザードマンの再生能力は人間の比じゃない。

 仮にこの頬の傷くらいの軽傷なら一瞬だ。


「中途半端な攻撃じゃ無意味なら」


 再び耳を覆いたくなるような咆哮を放ったリザードマンは手の内に何かを握る。

 投擲の所作の後に放たれたのは鈍色の弾幕。俺の頬を撫でていった何かだ。

 転がるように回避して距離を詰めると、リザードマンは握り締めていた何かを手放し、両手で刃毀れした剣を握る。

 ごつごつとした岩肌の地面に跳ねるそれが金属片だと気付いたのも束の間、鋭い剣閃が打ち込まれた。

 リザードマンの膂力を考えれば受け止めるのは無謀。

 だから、剣で受けてから刃の上を滑らせて落とす。

 剣と剣が削り合って火花を散らし、刃毀れした刃が地面に触れる。

 同時に振り上げた剣を落とし、リザードマンの腕を落とす。

 鳴り響く悲鳴、噴き出す鮮血。

 だが、それもすでに止まろうとしている。

 断面から新たな腕が生えようとしていた。

 そうなる前に剣を水平に構え、直感が訴えかけるままに一歩踏み込む。

 突き放った剣閃は鱗を断って皮膚を突き破り、心臓に刃を突き立てる。

 剣先が背中から突き抜けると同時に勝負は付いた。


「はぁ……助かった」


 力なく崩れ落ちたリザードマンから剣を引き抜き、長いため息を吐きながら血を払う。


「リザードマン一体にこの有様? おいおい、先が思いやられちゃうよ、まったく」


 剣を鞘に納めて現実と向き合う時が来た。

 ここはダンジョンの深層、魔物も強力でその辺にうじゃうじゃいる。

 今回はリザードマンが一体だけだった。

 例えばこれが二体だったら? きっと今頃俺はディナーになっていたに違いない。


「一人じゃ無理かも。ほかの冒険者が通り掛かるのを祈るしか――」


 足下に崩れ落ちたリザードマンの亡骸が微かに光る。


「なにこれ? 祈りが通じた?」


 輝きは煙のように立ち上り、一所に集まって形を成す。


「仮面?」


 それは蜥蜴を模した仮面のように見えた。

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