回転
「撤退! 地上まで全速力! ファランクスの相手は俺がするから逃げて!」
「それではシンリさんが! 私も残ります!」
「ダメだ。クク、キミが三人を守るんだ。俺も直ぐに追い付くから、頼んだよ」
「……はい!」
「いい返事」
出来るだけ目立つように犬の仮面を被り、盛大に火炎を灯す。
揺らめく炎で気を引いているうちに、四人は撤退を開始した。
「おい、ノア! お前も手伝え! こいつ以外と重いんだよ!」
「えー! 重いなら嫌だけど、もうしようがないなぁ。じゃ、ククちゃん護衛お願いねー」
「そのつもりです。任されましたから」
ククたちを信じて送り出し、こちらはファランクスに集中する。
引率の先生らしく生徒を守って戦うことにしよう。
「やぁ、いい物件に住んでるね。ルームシェアしない?」
言葉なんて通じているはずもないけど、呼応するようにファランクスの甲羅から槍が突き出る。
「ダメ? 満員? あぁそう。じゃあキミを追い出しちゃおうかな」
派手に燃やしていた火炎をファランクスに向けて放つ。
火炎に一度は怯む動作を見せたものの、これで仕留められるとはこちらも思ってない。
ファランクスは自らの能力で輝く光のシールドを張り、火炎をシャットアウトする。
「あぁもう! それズルでしょ!」
深層の魔物はどれも強力だ、中でもファランクスの光盾は硬いことで有名。
牙も爪も、剣も弓もスキルも通さない。
並みの火力では突破は不可能だ。
それに加えてファランクスは攻撃方法も苛烈。
頭と四肢、尻尾を甲羅に引っこめるとその場で回転。
甲羅から突き出た槍がスパイクとなってダンジョン内を転がり回る。
全長四メートルから五メートルある棘付きの物体が暴れ回るだけでその破壊力は想像に難くない。
「とにかく回避! 挽肉にされる!」
走りながら犬の仮面を一角獣へと変更。
右手に顕現した角の槍を地面に突き立て、しなりを利用して高く跳躍。
すぐ側まで迫っていたファランクスの回転突進をなんとか躱す。
同時に天井に新たに顕現させた角の槍を突き立ててぶら下がる。
「不味い。こうなったら止められないかも」
ファランクスの回転突進は獲物を仕留めるまで止まらない。
攻撃は光盾で防がれるし、回転突進中はほぼ一撃必殺。
斃すには光盾を破壊し、尚且つ甲羅を突き破って中身にダメージを与えるほどの火力がいる。
だけど現状、俺にそれができるだけの能力はない。
正面突破は不可能。
なら、搦め手を使うしかない。
「これしかないか……やってみよう」
角の槍から手を離して地上へ降り立ち、回転突進の軌道を見極める。
同時に顔に手を翳し、泥の仮面を被る。
マッドフィンガーの能力は泥化。
自身の前方に泥沼を形成し、回転突進を続けるファランクスを落とす。
「湯加減はどう?」
泥沼に嵌まれば当然、回転力も落ちる。
身動きが取れなくなったファランクスは這い上がるために引っこめていた顔や四肢を伸ばして藻掻き、僅かずつだが這い出して来ていた
泥の仮面の能力で作れる泥沼の範囲ではこのまま沈め切るのは難しい。
だから再び顔に手を翳し、今度は蛇の仮面を被った。
「入浴剤もサービスしてあげるよ!」
自身の足下から発生する毒の侵食があっという間に泥を飲む。
泥沼は毒沼へと汚染され、ファランクスは毒に冒された。
「ダメダメ。肩まで使って十秒数えなきゃ」
汚染した範囲から毒の触手を生やし、暴れて抜け出そうとするファランクスを押さえつける。光盾で抵抗されるも能力に余力を割いた分、毒への抵抗が弱まるのは明白。
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ」
毒が全身に回り始め、ファランクスの抵抗が弱まる。
触手で押さえつけるだけでも、あの硬いと評判の光盾が砕け散った。
「六つ、七つ、八つ、九つ、十」
もはや触手で押さえつける必要もなくなる。
完全に毒が回り切り、体の自由を奪われたファランクスはゆっくりと毒沼に沈む。
その命は毒に蝕まれ、沼の中で尽きる。
「よくできました」
毒沼が光り輝き、煙のように立ち上ったそれが仮面と化す。
手繰り寄せたそれは甲羅を象っていた。
「なんとかなった……自分で自分を褒めたい気分。あっと、でもククたちは無事に逃げ切れたかな? 急いで合流しないと」
家に帰るまでが引率だ。最後まで役目を果たさないと。
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