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病室


 ククと一緒に校舎を後にすると校門に一人男子生徒がいた。

 彼はこちらを見るなり駆け寄ってくる。


「ククさん、今帰り? 実は俺も……」


 どうやらククのクラスメイトのようで、けれど俺の顔を見るなり固まった。


「ククの友達?」


「あ、はい。そうで――」


「クラスメイトです」


 あ、露骨に落ち込んだ。

 ククにとっては友達未満でも、彼にとっては違うみたい。

 この反応の仕方を見ると、もしや?


「コリンくん。私になにか用事でも?」


「あぁ、うん。えっと……ほら、もうすぐ課外授業だし、一緒に訓練でもどうかなって。同じ班なことだし……と思って」


「そう。申し出はありがたいけど、今日は外せない用事があるの。ごめんなさい」


「あ……そう。いや、ううん。気にしないで」


「それじゃあ、さようなら」


「うん、さよなら」


 歩き出したククの背中をコリンは見つめている。

 その物思いに沈んだ視線と表情を見るに、俺の予想はどうやら当たっているようで。

 いやぁ、青春だねぇ。

 なんてことを思いつつ俺も止まっていた足を動かす。


「シンリさん。この後、時間ありますか?」


「え? あぁ、うん。今日はこの後なにもないけど」


「なら、これから母に会って貰えますか?」


 おっと、この話題は不味いかも。

 まだコリンからそんなに距離が離れてない。

 聞こえてるかも。

 というか確実に越えてる。


「あぁ……うん、いいよ」


「どうして小声なんですか?」


「えーっと、そう言う気分だから?」


 コリンに聞かれると彼のメンタルに亀裂が走ってしまうから、なんてことは当然言えなかった。

 小首を傾げたククはその後、なにか得心がいったような表情をする。

 それから立ち止まり、背伸びをし、俺の耳元で囁く。


「またいつもの、ですね」


 普段のふざけた調子が、今回ばかりは裏目に出る。

 ククはくすりと笑って校門を抜けた。

 意中の人が自分の知らない異性と話しているところを見るだけでも、年頃の男にはキツい。親しげに話していれば尚のことだし、母親に会うともなれば劇毒だ。

 実際はコリンが考えるような仲じゃないが、心中穏やかじゃないだろうな。

 彼の青春がまだ壊れていないことを祈ろう。


§


「わざわざご足労をかけてすみません。シンリさん」


「いえ、大丈夫ですよ。体の調子はどうですか?」


「お陰様で病気はすっかり。あとは体力が回復すれば退院も出来るそうです」


「それはよかった。本当に」


 ユニコーンの能力はククの母親からすべての病気を消し去った。

 なにぶん人に試すのは初めてのことだったから、それを聞けて安心する。

 人一人の命を救えてなにより。


「貴方のお陰で私たち家族は救われました。本当にありがとうございます」


 二人に深々と頭を下げられる。

 なんだかとても照れくさい。


「はは、止めてくださいよ。ほら、頭を上げてください。ククも。ありがとうの気持ちは十分に伝わりましたから」


「シンリさんって以外と照れ屋なんですね」


「ピュアなハートを持ってるんだよ、こう見えてね」


 自分で言うのもなんだけど。


「ふふ、ククから聞いていた通り」


「ククから?」


「えぇ。ククったらお見舞いに来てくれるといつもシンリさんの話ばかりで」


「お、お母さんっ!」


「あらあら、ごめんなさい。内緒だったわね」


「もう!」


 ククは大人びているけれど、母親の前では年相応に見える。

 俺があの時、ククと出会わなければ、行動を共にしなければ、この未来はなかった。

 自分が損な性格をしていてよかったと思う。


「へぇ、俺をどんな風に言ってくれたのか、気になるな」


「シ、シンリさんまで!」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので気がつくと面会時間を過ぎようとしていた。


「もうこんな時間。そろそろ帰らないと。また来るね、お母さん」


「えぇ」


「それじゃあまた」


「あのシンリさんは少し残っていただけますか?」


「えぇ、良いですけど」


 ククと顔を見合わせ、俺だけが病室に残る。


「ククには苦労を掛けっぱなしなんです。私がククを支えなければならない時期に支えられてばかりで」


「それが家族ってものでしょ?」


「そうですね。でも、私の病気のせいでククが危険な職業に付いてしまったんです。私はいつかククがダンジョンから帰ってこなくなるんじゃないかと心配で心配で堪らないんです」


 母親ならばそれは抱いて当然の感情。

 そしてその心配ごとはあったっていた。


「ですから、シンリさん。この上、更に頼み事をする私を許してください。どうかククのことをよろしくお願いします」


 再びククの母親は深く頭を下げた。

 そんな姿に返す言葉を俺は一つしかしらない。


「任せてください」


 喉が潰れてしまいそうなほど、それは重い言葉だ。

 それでも俺はそう答えるしかないと思った。

 絶対にククを死なせない。

 他でもないククの母親にそう誓いを立てた。

 自分の中でククの存在が予想以上に大きくなっていくのを感じる。

 まだ出会って間もないはずなのに。


「母となんの話をしていたんですか?」


 病室を出ての開口一番がそれだった。


「ん? ククをどうぞよろしくって」


「そうですか……心配性なんだから」


「いいじゃない、親は子を思うものだよ。俺に子供はいないけどね」


 結婚もしてないし。


「さて、課外授業に備えなくちゃ。ククの班はもう準備は出来てるの?」


「はい。準備万端、明日にでも行けます」


「いいね。じゃ、当日を楽しみにしてようか」


 病室の廊下を歩き、帰路に就く。

 そうして課外授業の当日がやって来た。

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