放課後の教室
「課外授業の引率?」
「はい。シンリさんにお願いできないかと」
テーブルの上に置いた通信石が淡く輝いてククの声が響く。
「課外授業の内容は聞かなくてもわかるけど」
生徒と引率でダンジョンに向かうデンジャラスな遠足みたいなもの。
ククが通う学校の生徒はそのほとんどが卒業後に冒険者になる。
まぁ、ククみたいに一足早く冒険者になる子もいるみたいだけど。
とにかく、卒業後を見据えて行われる、ならしだ。
「でも、引率って外部の人間がなってもいいもんなの?」
「通常ならあり得ないことですが、引率の先生方に病気や怪我が重なってどうしても人手が足りないみたいなんです。なので、今回に限り外部の冒険者にお願いするそうで」
「なるほど、事情はわかったけど。でも、なんで俺なの?」
「シンリさん、私の学校の卒業生ですよね?」
「あぁ、うん。そうだけど……まさかそれで?」
「はい。先生方が候補について話しているところを偶然耳にして、ちょうどシンリさんの名前が出てきたんです。それで私から推薦を」
「なんでまた」
「その……シンリさんなら適任だと思ったんです。スキルもそうですし、経験もありますから。それに見ず知らずの冒険者よりシンリさんのほうが私も安心できるかなって」
直感で危険を察知できる分、生徒の安全は確保できる。
たしかに引率として俺のスキルは適任かも。
先生たちも無関係な外部の冒険者を引き入れて厄介ごとになるのは避けたいだろうし、その点卒業生でククのパーティーメンバーならってことで許可したんだと思う。
「わかった、いいよ」
正直、生徒の面倒を見るのは気が引けるけど。
ククからの信頼を感じるし、それを裏切りたくない。
「本当ですか? ありがとうございます! では、シンリさんの開いてる日に一度先生と面談を」
「了解。次、開いてる日となると――」
予定を書いた手帳と相談して日取りを決める。
先生との面談なんて何年ぶりだろ? もう二度とないと思ってたけど、人生わからないな。まぁ、あの頃より成長した姿を見せるのも恩返しの一つだよね。
§
「失礼します。わぁ、懐かしい」
放課後の教室に入ると、懐かしい気分に襲われる。
記憶と寸分違わない教室に憶えのある匂い、一歩入った途端に当時の記憶が蘇った。
一日でもいいから、あの日に戻りたいな。
「よう、久しぶりだな。シンリ」
「先生」
学生時代によく世話になっていたダリル先生。
数年見ないうちに顔の皺が深くなった気がする。
黒一色だった髭もすこし白髪が交じってた。
「まさかシンリに課外授業の引率を頼むことになるとはな」
「その節はどうも。まぁ、それだけ成長したってことで」
「ははー、いいもんだな。教え子が立派になるってのは。じゃあちょっと話を聞かせてくれ」
面談とは言う物の、その実体はお互いの近況報告や昔話で構成されていた。
積もる話は途切れることなく、ふざけたり笑ったりしながら時は過ぎる。
「ふぅー……楽しかったぜ、シンリ。久々に会えてよかった」
「じゃあ合格?」
「あぁ、合格だ――あぁ、いや、一応確かめておくことがあったんだった。まぁ、ないとは思うんだが」
ダリル先生にしては歯切れが悪く躊躇いがちに、次の言葉を紡いだ。
「シンリ、お前ドーピングドラッグなんてやってないよな?」
「ドーピングドラッグ? もちろん、注射は苦手なもんで」
「よかった、ならいいんだ」
本当に心底安心したような様子でダリル先生は胸を撫で下ろす。
その様子を不思議がっていると、それを察したのか話してくれた。
「いやな、お前の同級生にディランって奴がいただろ」
「ディラン、ディラン……あぁ、子犬のディラン!」
子犬みたいに何にでも反応してキャンキャン喜ぶ人なつっこい人だった。
「あぁ、そのディランなんだかな。死んだんだよ、少し前にな」
「死んだ? まさか……」
「左腕に注射痕が無数にあったそうだ。恐らくドーピングドラッグのやり過ぎだ」
そんな、まさかあのディランが。
「俺はもう教え子がそんな末路を辿るのは見たくねぇ。だから確認しちまったんだ、悪いな。シンリ」
「……いえ、気持ちはわかります。けど……そうか、ディランが……」
「暗い話しちまったな。忘れろとは言えないが、気にしないでくれ。面談は終わりだ、課外授業の引率、頼んだぞ」
「あ、はい」
そう返事をするとダリル先生は先に教室を後にした。
「どうしてだよ、ディラン。先生を悲しませるなよ」
旧友の死。
それを知らされて、すこしの間、席を立てなかった。
「失礼します。シンリさん?」
「ん? あぁ、クク。どうしたの?」
「いえ、もう面談も終わった頃かと思って様子を見に」
「大正解、ちょっと前に終わったよ」
「そうですか、それで……」
「あぁ、決まったよ。俺も今じゃ引率の先生だ。やったね」
「よかった、安心しました」
いつまでも座ったままじゃ居られない。
足腰に力を入れて立ち上がる。
起こった出来事は変えられない、いくら後悔したって遅い。
だから、目の前にいるククを、生徒を精一杯守ることにしよう。
危険から、魔物から、薬物から。
それが大人になった俺の役目だ。
「ちょうどいいから一緒に帰ろっか」
「はい」
見慣れない学生服姿のククと一緒に帰路につく。
校舎の廊下は夕日に染まりつつあった。
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