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手の中にあるもの


「行きます」


 獣化したククの身体能力は人間のそれを遙かに凌駕していた。

 一息に浄化範囲外に飛び出したククは踏み締めた毒の飛沫すら置き去りにする速度で駆ける。毒耐性ポーションの持続効果は健在。引き抜いた剣は一薙ぎで数匹の毒蛇を断ち、壁や天井を縦横無尽に駆け巡る。

 捨て身でさえなければ、冷静であれば、視野が開けていれば、ククは元々ヘルハウンドに敗北するような冒険者じゃない。


「いいね、そう来なくっちゃ。俺も負けてらんない!」


 ククだけ活躍させてちゃ、こっちの格好が付かない。

 角の槍を振るい、ウェネーヌムへと前進。

 毒の領域を浄化しながら距離を詰めると、向こう側に動きがあった。

 細長い舌が伸び、震えて音が鳴る。

 蛇特有の鳴き声と共に汚染された地面、壁、天井から毒の触手が現れた。

「悪いけど、俺ってそう言う趣味ないんだよね」

 向かってくる触手にそのまま突っ込み、浄化範囲に捉える。

 これで他の毒同様に消えるかと思われたが、そうじゃなかった。


「おっと!?」


 浄化された触手は透明な結晶となって残り、より強力な攻撃として振るわれる。

 紙一重でどうにか躱したけど、間髪入れずに次が来る。


「嘘でしょ、対抗策持ってるの!? 昔、ユニコーンと一悶着あったってこと!? 止めてくれないかな、そういうことするの!」


 避けるには触手の数が多すぎる。

 しようなく角の槍を振るい、身に迫る結晶化した触手を粉砕。

 予想外の反撃に面食らったものの、更に距離を詰めて攻撃の間合いに踏みこんだ。

 触手はすべて砕いたし、攻撃を阻むものはない。

 踏み込み、渾身の突きを放とうとした寸前、ウェネーヌムは自らを毒触手で覆い尽くす。

 すると何が起こるか。

 ユニコーンの能力で浄化された触手が結晶化し、ウェネーヌムを守る鎧と化した。

 まんまとこちらの能力を利用され、放った突きは鎧を剥がすだけに終わってしまう。


「冗談でしょ!?」


 真正面からの頭突きを間一髪の所で防御するも吹き飛ばされて距離をリセットされる。

 畳みかけるように振るわれた触手を角の槍で打ち砕き、なんとか体勢を建て直した。


「あーもう、折角格好付けようと思ったのに台無し」


 絶え間なく召喚され続けている毒蛇を、ククは対処し続けてくれている。

 毒耐性ポーションも時を追うごとに激しく動くたびに効果が薄れてしまう。

 今、相当キツいはず。

 このままじゃ格好悪いったらありゃしない。


「いいよ、わかった。そういうことしてくるなら、こっちにも考えがある」


 汚染された箇所から幾つもの触手が伸びる。

 迫り来るそれを見据えて、こちらは顔に手を翳して仮面を変更した。


「今度はそっちがびっくりする番!」


 犬の仮面を被り、ヘルハウンドの火炎を放出する。

 まさか灼熱を浴びるとは思ってなかっただろう。

 触手はすべて焼き払われ、毒の地面は焦土に変わる。

 その最中を駆け抜けると、ウェネーヌムは押し返そうと毒の波を吐く。

 火炎の不意打ちと身を焼く痛みで失念していたみたいだ。


「それは通じない」


 翳した手の内で仮面が書き換わる。

 犬から一角獣へ。

 この手に再び角の槍が顕現し、押し寄せる毒の波を浄化する。


「びっくりはもう結構!」


 跳び上がり、天井を蹴って一直線に角の槍を突き放つ。

 今度は結晶の鎧も間に合わない。

 真っ直ぐに脳天を貫いて、ウェネーヌムの息の根を止める。

 穂先が地面に到達し、串刺しになって命尽きた。


「ついでに禊も済ませといたよ、迷わず逝きな」


 宿主が死したことで毒の汚染も失せた。

 召喚され続けていた毒蛇たちも共に何処かへと消える。

 俺たちの勝ちだ。


「これで終わり……やった」


 両手をぎゅっと握ったククは笑みを浮かべていた。


「話の続きだけど」


「はい?」


「それだよ。その手の中にあるそれが欲しくて冒険者になったんだ」


 達成感、充足感、満足感。

 それを表現する言葉は幾つもあるけど、どれにも当てはまらないもの。

 自分だけの感情。


「これが」


「手を開けば消えちゃうし目に見えないものだけど、俺はそれを掴みたいんだよ。何度でもね」


「……すこしわかった気がします」


「そう? なら良かった」


 いつかの未来にククは冒険者を続けるか否かの判断を下すことになる。

 その時、このことが少しでも判断材料になってくれれば嬉しい。


「今回はかなり負担を掛けちゃったね、クク」


「いえ、気にしないでください。お役に立てて嬉しいです。そのためにパーティーを組んだんですから。むしろもっと頼ってください」


「頼もしいね。じゃ、また頼っちゃおうかな」


「はい、いつでも」


 なんて会話をしているうちにウェネーヌムの亡骸が輝きを放つ。

 煙のように立ち上り仮面となったそれを手繰り寄せる。

 これでウェネーヌムの力を宿した蛇の仮面が手に入った。


「つ、い、で、に」


「どうしたんですか?」


「いや、この結晶も金になるかなって」


 触手を浄化した際に残った透明な結晶。

 これだけはウェネーヌムが死した後も残り続けている。

 透明度が高くて加工の仕方によってはかなりの価値が付くんじゃなかろうか。


「さぁ、結晶を出来るだけ拾って換金しに行こう!」


「はい、行きましょう」


 雑嚢鞄に入るだけの結晶を詰めてダンジョンから帰還する。

 俺の予想通り、結晶には高値がついた。

 無毒化された成分の結晶化がどうのこうのと言う理由でらしい。

 とにかく、良い収入になった。

 これでククの家の金回りがすこしでも楽になるといいんだけど。

よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。

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