汚染区域
冒険者である以上、ダンジョンは切っても切り離せない。
職場がダンジョンだし。
向かう場所が同じなら必然的に会う回数も多くなる。
ほとんどの冒険者が顔見知りみたいなものだし、パーティーが解散なんてすればすぐに情報は回るもの。
今回も例に漏れず、俺が何日かぶりにダンジョンを訪れた時には周知の事実みたいなものだった。
「しかし、酷ぇ話だな。妙な理由で追放した挙げ句深層で放置かよ」
「後半はこっちが望んでやったことだけどね」
早速顔なじみの冒険者が話を聞きに来たので、ククが来るまですこし談笑する。
流石に元仲間たちも自分の行いが褒められたことじゃないのは自覚しているのか、在らぬ事実が噂されているようなことはなかった。
とりあえず、そのことにほっとする。
「でも、もう吹っ切れたよ。何時までもしゅんとしてるのも性に合わないし」
「だろうな。で、今度は誰と組んだんだ? 余程の命知らず以外、一人でここには来ないだろ」
その命知らずがパーティーメンバーなんだけど、そのことは黙っておこう。
「あぁ、それなら直に――」
「お待たせしましたっ」
肩で息をしながら乱れた長い髪を整える。
ククは大きく息を吐いて真っ直ぐにこちらを見た。
「お前、こんな可愛い子と組んだのか!?」
「羨ましいでしょ」
「馬鹿野郎。俺にはカミさんがいるんだ。他の女にうつつ抜かしてたらナ二を潰されちまうぜ」
「おー、こわ」
まぁ、奥さんがいるのに他の女性に目を向けるのはよくないことだよね。
罰があまりにも大きすぎる気がしないでもないけど。
「ま、立ち直ってんならそれでいい。新しいパーティーで頑張れよ」
「あぁ、ありがと」
背中越しに手を振って、彼は仲間たちの元に戻っていった。
「さてと、じゃあ行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
ククはすこし緊張している様子だった。
母親のために命懸けの薬草探しに向かった前回と違って今日のククは冷静だ。
色々と状況が見えているが故に、この前より動きが鈍くなっているかも。
その辺りは俺がなんとかフォローすることにして、まずはダンジョンに入ろうか。
「ククってダンジョンに入るのはこれで何度目?」
「そうですね。学校の授業で何度か来たことがあったので十数回くらいだと思います」
「へぇ、思ったより来てるんだね」
この街の中央に位置する巨大ダンジョン。
その入り口は古びた遺跡のような造形となっている。
折れた石柱、崩壊した家屋、割れた石畳み。
冒険者にとっては見慣れた光景だ。
最深部は未だ誰も辿り着いたことがなく、深層の深度だけが更新され続けている。
誰が何のために作ったのか、なぜトラップが自動で再配置されるのか。
最奥になにがあるのか。
詳しいことは何もわかっていない。
そんな現状を打開しようとダンジョンにまつわる謎の探求をメインにしてる冒険者もいるのだとか。ちなみに俺はまだ会ったことがない。
みんなお金が大好き。俺もだけど。
「今日は事前の打ち合わせ通りに?」
「うん、変更なし。折角ユニコーンの能力が使えるんだし、普段は行けないところに行ってみよう」
爪先を向けたのはダンジョンの中でも普段は近寄らない区域。
ここに用事がある冒険者は決して事前準備を疎かにしない。
深層ではないにしろ怠けたが最期、生きては帰れないと知っているからだ。
「ここが……汚染区域」
ここは足の踏み場もないほど毒に汚染されている。
何種類もの毒が混ざり合い、風がないのに蠢いている毒の沼。
その影響は壁を伝い天井にまで及び、得体の知れない液体が滴り落ちている。
局地的ではあれど、この先にはこう言った光景が何カ所もあるらしい。
「誰かここで絵の具遊びしたでしょ」
「やんちゃな子がいたみたいですね。シンリさん風に言うと」
「お、よくわかってるね」
何種類もの絵の具をデタラメに混ぜて出来た濁った色。
毒の表現としてはぴったり。
「毒耐性のポーションは飲んだ?」
「はい。万が一に備えて」
「よし。それじゃあお掃除の時間!」
顔に手を翳し、一角獣の仮面を被る。
右手に顕現するのは角の槍。
淡く優しい光を放つそれを振りかざすと、一瞬にして毒の沼が掻き消える。
毒に侵食されて溶けた部分は直らないが、通路としての機能が回復した。
「ヒュー! 気持ちいい! 俺、こう言うの好きなんだ。高圧洗浄の動画とかもう最高!」
「楽しそうですね」
「うん、楽しい!」
汚れていた所が綺麗になるだけなのに、どうしてあんなにも見入ってしまうんだろう。
実際にやってみると楽しいし爽快感がある。
堪らない。
「よーし、この調子でどんどん行こう!」
この先にはここでしか取れない資源がある。
普通の冒険者はあまり近寄らないから高値がつくはず。
毒を浄化していれば新設パーティーのならしとしても丁度いい。
頑張るぞ。
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