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それまで呪いのように僕を縛り付けていたAへの悔恨はたった一度の対面で解かれた。僕が、あるいは変わりすぎていたのかもしれない。僕の目に映るAは自らの変貌に泥酔し、苦渋を飲み込むように酒を煽った。そうして僕は再び、血縁以上のしがらみが存在しないこと、そしてその呪縛が決して僕を救ってはくれないことを思い知らされた。
僕は人のことが嫌いではない。少なくとも、僕はそう信じて生きてきた。しかし僕が人を思うのは、明確な立ち位置を持たずふわついた存在である自分自身への疾しさのためだった。詰まるところ、僕は人が好きなのではなく、自分が憎いだけだったのだ。自分自身への疾しさを和らげ、あるいは忘れ、正常な一個人として社会に属するために、僕を写す鏡、僕を証明する名刺として、友人や恋人の存在が不可欠だと、無意識のままに思い至っただけだった。結果もたらされた善良な知人たちは、即効性を持たぬが確かに頓服薬としての役割を果たした。しかし酒や煙草やその他の薬と同様、次第に耐性がついていくと、彼らは無用になった。酒に休肝日が必要なように、無用な薬と距離を置くと、再び戻ることはなかった。僕の内面に生まれた彼らへの失望が、より一層弱い僕を疚しくさせ、それでも生じた壁は壊れることなく、僕は新たな薬を求め歩くことを余儀なくされた。




