公爵令嬢は陥れられる。わたくしを陥れた犯人は誰?王太子殿下、公爵令息?拉致され監禁される公爵令嬢は真実を知る。
「この泥棒猫っ。」
フローディア・アルバンス公爵令嬢は王立学園の教室でいきなり、近づいて来た令嬢に頬を殴られた。
エストランゼ・リリデルク公爵令嬢。
ラルド王太子殿下の婚約者の令嬢である。
銀の髪の縦ロールを振り乱して、金髪碧眼のフローディアの頬をバシっと平手で殴りつけたのだ。
フローディアは頬を押さえながら、慌てて、
「泥棒猫なんて、わたくしは何も盗んではいませんわ。」
「ラルド王太子殿下と中庭でイチャイチャしていたでしょう?」
「ラルド王太子殿下?覚えがございません。」
「ルーナからお聞きしましたのよ。貴方達がイチャイチャしていったって。」
フローディアは首を振って、
「覚えがございません。エストランゼ様。ルーナの見間違えでしょう。」
ルーナ・コレトス伯爵令嬢は青い顔をして、こちらを見ている。
何故?このような事を?
飛んだ濡れ衣である。
ラルド王太子殿下とは、そのようなやましい関係ではない。
そもそも学園で話をする事もない。
学園で近づかないようにしていたのに、誰がそのような…
陥れられている。そうとしか思えない。
フローディアはため息をついた。
授業を終え、門へ向かうルーナに声をかけて聞いてみようとすれども、
ルーナはフローディアの顔を見た途端、逃げていってしまった。
何故?どうしてそのような証言をしたの?
仕方が無いので、屋敷に戻ると、鳥を飛ばす事にした。
窓に向かって呪文を唱えれば、金の鳥が出現する。
そう、この魔法は王族の血を引く者にしか使えない魔法なのだ。
長い尾を持つ金の鳥は、部屋をくるりと一回りすると優雅に窓の外へ飛んで出て行った。
しばらくすると、金の鳥と共に、もう一羽、金の鳥が飛んできて。
その鳥は部屋の中に入ると人の姿に変わった。
そう、ラルド王太子である。
「フローディア。会いたかったよ。」
ぎゅっと抱きしめられるフローディア。
フローディアは慌てて、
「おやめください。お兄様。わざわざ来てくださって有難うございます。今日はお話があって。」
「ハハハ。つい嬉しくてね。」
フローディアは実はラルド王太子と血のつながりのある兄妹だった。
アルバンス公爵夫人メリーナは、国王の側妃だった女性だ。
だが、アルバンス公爵に下賜された。その時に身ごもっていたのが、フローディアだったのである。
フローディアが国王の血を引く娘だという事は秘密にされ、アルバンス公爵令嬢として育てられた。
しかし、国王陛下はメリーナの子フローディアが自分の子だと知っていて、それをラルド王太子にも内密に話をしていた。
ラルド王太子は当初、フローディアと婚約したいと国王と王妃に頼んでいたからである。
しかし、国王は焦った。兄妹を結婚させる訳にはいかない。
側妃メリーナは王妃に虐められ、精神を病んでアルバンス公爵へ下賜されたのである。
だから、王妃には二人が兄妹であることは内密にしたかった。
自分と同じ金の髪の美しき王太子ラルド。
婚約者候補に自分の名前が挙がったと聞いた時、嬉しかった。
王立学園に入学した時、遠目で見て、一目で恋に落ちたのはフローディアである。
公爵令嬢なら身分的に王太子妃候補になるであろう。
王妃教育は大変だろうけれども、ちょっとは期待してしまうフローディア。
でも、真実を知らされた時にフローディアは落ち込んだ。
自分は王の娘であると同時にラルドとは兄妹になるのだ。
永遠に結ばれる事を許されない恋。
その後、婚約者はエストランゼ・リリデルク公爵令嬢に決まったと聞いた時に、
密かに泣いたフローディアであり、兄妹と言えども距離を取ろうと思っていたのだが。
ラルド王太子は兄妹と解った途端、フローディアと距離を詰めてきた。
フローディアに会いたがった。
王妃の目が光るし、フローディアが王の子であるという事は内密なので、なかなか会う事は叶わなかったが。
ラルド王太子は愛し気にフローディアの金の髪を撫でながら、
「本当にフローディアと兄妹とは残念だ。そうでなければ、私は君を妻にしていたのだから。」
「わたくしは、安堵しておりますわ。王妃なんて務まりませんから。」
「それで、話とは?」
「わたくし泥棒猫にされましたの。エストランゼ様から。中庭で貴方とわたくしがイチャイチャしていたのをルーナ・コレトス伯爵令嬢が見ていたそうですわ。」
「ふーん。私とフローディアがイチャイチャとね。」
「どうしてそのような証言を?」
「私の方から調べさせよう。だからフローディアは安心して欲しい。」
「有難うございます。」
ラルド王太子はフローディアを再び抱き寄せながら。
「本当にフローディアの兄にはなりたくはなかったよ。私はフローディアの事が好きだ。」
「お兄様。エストランゼ様に失礼になりますわ。」
そっとラルド王太子の傍から離れる。
わたくしだって好きなのよ。お兄様だなんて呼びたくはない。
報われない恋…辛かった。泣きたかった。
堂々と婚約出来たエストランゼが羨ましかった。
ラルド王太子は金の鳥に姿を変えて、
「また来るよ。愛しいフローディア。」
窓から飛んで出て行ってしまった。
フローディアとて、17歳。年頃である。
そろそろアルバンス公爵家でも婚約者を探さなければならない。
しかし、ラルド王太子殿下とイチャイチャしていた泥棒猫という噂が、学園内に広がり、
それが貴族の間で広がったのか、アルバンス公爵があちらこちらの家に打診しても、なかなか婚約者が決まらない。
「まったく、あの男も汚い手を使うものだ。」
フローディアが中庭のベンチで読書をしていると、ふと声をかけられた。
アレフレッド・リリデルク公爵令息。エストランゼの双子の兄である。
顔がエストランゼとそっくりで、銀の髪に、きつい顔をしているが、美男子であった。
フローディアは本を閉じて立ち上がり、緊張する。
エストランゼの兄なのだ。泥棒猫と言ったあのエストランゼの。
アレフレッドは微笑んで、
「緊張しなくても。害を加えるつもりはないよ。この間は妹が失礼な事を。」
「いえ、誤解をされたのですから、誓ってわたくし、ラルド王太子殿下と中庭でいちゃついていませんわ。」
そして、ふと最初、彼が言った言葉の意味を聞いてみる。
「あの男が汚い手を使うってどういう事ですの?」
「君は婚約者が決まらないだろう?」
「ええ。わたくしのような女はお断りだと、父は頭を抱えていますわ。」
「何故、リリデルク公爵家に打診が来ない。」
フローディアは慌てて、
「それは、エストランゼ様をわたくしが怒らせてしまったからですわ。先程の質問。答えて下さらない?誰が汚い手を使っていると言うのです?」
アレフレッドはニヤリと笑い、
「王太子殿下に決まっているだろう?君を他の男にやりたくないのだろう。どうして、君が婚約者から外されたのか、私は知らないが。執念深い男だ。」
「ラルド王太子殿下が…あのような事を仕組んだというのですか?」
「美しいフローディア。お前は私の妻になるべきだ。リリデルク公爵家からアルバンス公爵家へ正式に婚約の申し込みをしよう。是非受けて欲しい。」
「わたくしの一存で決められませんわ。お父様お母様が、受けると言われたなら、わたくしも婚約の申し込みを受けたいと思います。」
「それならば、今度の日曜日、正式に申し込みに行こう。受けて貰える事を楽しみにしているよ。」
貴族の結婚は家と家の結婚である。
フローディアは、両親が受けると言うのなら、この婚約を受けようと思った。
それにしても、自分の結婚を妨害するなんて、ラルド王太子の事、いかに兄と言えども許せない。
そこへ、エストランゼがツカツカと近寄って来て、
「貴方、お兄様と何を話していたの?」
「エストランゼ様。わたくしに婚約の申し込みをしたいと、アレフレッド様がおっしゃいましたわ。」
「兄様が…兄様は欲しい物は何でも手に入れる怖い人よ。手段は選ばない。危険な男。」
「そうなのですか?」
「ええ。もしかしたらラルド王太子殿下が貴方と中庭でイチャイチャした件は…お兄様の仕業かもしれないわ。」
フローディアは困ってしまった。
アレフレッドはラルド王太子の企みだと言う。
エストランゼはアレフレッドの企みだと言う。
どちらが犯人なのかしら…わたくしを陥れた犯人。
フローディアは不安で不安でたまらなかった。
結局、日曜日、リリデルク公爵家から婚約の申し込みは来なかった。
フローディアは内心ほっとする。
ほっとしたのも束の間、学園からの帰り道、馬車に乗っていた所を数人の賊に襲われた。
布を口に押し当てられ気が遠くなる。
気が付いていたら、檻に入れられていた。
檻と言っても、大きな檻でベッドもトイレも風呂場もソファも全て完備されている。
天井は高い大きな部屋の中に檻が置いてあるという感じで。
フローディアは冷静に、犯人をしっかりと見極めてやろうと思った。
「美しいフローディア。君は私だけの物だ。」
アレフレッドが現れた。
「アレフレッド様。やはり貴方が黒幕だったのですね。」
「伯爵令嬢を脅して協力させた。偽の証言をね。悪名を流せば君と婚約したい貴族の家は出て来ない。愛しい君と結婚したかった。だが、リリデルク公爵である父上から反対されてね。だったら、こうして閉じ込めて私だけの物にすればいい。幸い、協力者にも恵まれた。」
「協力者って…」
「わたくしよ。」
以前、王宮で見た事がある。
この国のイリア王妃であった。
フローディアは叫ぶ。
「イリア王妃様っ。何故、わたくしを閉じ込める事に協力をしたのです?」
イリア王妃はフローディアを睨みつけ、
「お前は憎きメリーナの娘ではないか。メリーナは国王陛下をたぶらかして、側妃におさまって。挙句の果てにお前を身ごもった。わたくしが知らないと思っていたの?知っていたわ。お前が国王陛下の子だという事を。ふふふふふ。いい気味よ。お前を殺してやろうと思ったけれども、アレフレッドが欲しいというものだから、くれてやったわ。」
アレフレッドは檻を開けて、フローディアを抱き締め、
「愛しいフローディア。一生、私の人形でいてくれ。愛しているよ。」
「離して。いやっーーー。」
両手首に手錠をかけられる。
フローディアは震えながら、イリア王妃に向かって、
「わたくしがいなくなったら、お父様が探してくれるわ。ラルドお兄様だって。」
「ラルドお兄様ですって。汚らわしい。貴方とラルドは血が繋がっていないのよ。
あの子は国王陛下の子ではない。わたくしが騎士と浮気をして出来た子よ。」
「お兄様は、王家の血を引いているわ。だって…」
「そう、ラルドは王家の血を引いているわ。だってわたくしが王家の血を引いているのですもの。今の国王陛下はわたくしの従兄。だから王家の血は引いているわ。でも…貴方とラルドは兄妹ではない。この事は国王陛下は知らないわ。ここは王宮の地下深く。観念するのね。」
フローディアは金の鳥になろうと思った。
王家の血を引くフローディア。金の鳥に化けられるはず。
でも…手錠が特殊なのか、化ける事が出来ない。
一生、ここで過ごす事になるのかしら。
絶望で涙がこぼれる。
そこへ、ラルド王太子が現れて。
「母上の様子がおかしいと思ったから、全て聞かせて貰った。フローディア。今、助ける。」
「ラルドお兄様っ。」
ラルド王太子は騎士を連れていて、その騎士達がイリア王妃とアレフレッドを拘束する。
「わたくしは王妃よ。離しなさい。」
アレフレッドも叫ぶ。
「リリデルク公爵令息だ。私は。無礼だぞ。」
ラルド王太子は毅然と母である王妃に向かって、
「母上、観念して下さい。フローディアを監禁する事は立派な犯罪です。」
「何を言っているの。ラルド。」
イリア王妃はフローディアを睨みながら。
「わたくしがどんなに憎んだと思うの。国王陛下はわたくしと言う婚約者がいながら、下賤の男爵令嬢のメリーナを真実の愛などと抜かして。側妃にしたわ。国王陛下がわたくしの元へ通うのは義務で週に一度しか来ない。でもメリーナの元へは毎夜のように通って。
憎い。メリーナが憎い。わたくしはメリーナにきつく当たったわ。それはもう、王宮のマナー、貴族の社交。全てわたくしはよく知っている。だって王妃ですもの。でも、あの女は何も知らなかった。だから虐めて虐めて虐め抜いて。アルバンス公爵へ下賜されると聞いた時、どんなに嬉しかったか。でも、あの女、お前を身ごもっていた。わたくしは、国王陛下が来ない寂しさのあまり、騎士との間にラルドを身ごもったと言うのに。国王陛下の子が欲しかった。でも、出来なかった。わたくしの悔しい気持ち、お前達には解るまい。」
「すまなかった。イリア。」
国王陛下が現れた。
「国王陛下。」
国王陛下はイリア王妃を抱き締めて。
「私がお前を苦しめていたのだな。だが、娘のフローディアには罪はない。犯罪に手を染めるとは持っての他だ。」
「ああ…国王陛下。わたくしは貴方様に愛されとうございました。貴方様はずっとメリーナの事を思い続けているのは解っておりますのよ。」
イリア王妃は涙を流す。
騎士達に檻からフローディアは出して貰った。
国王陛下は頭を下げる。
「まことに申し訳なかった。フローディア。」
「いえ、こうして助かったのですから。国王陛下。」
「王妃は離宮へ幽閉しよう。私も王妃と共にありたいと思う。」
ラルド王太子が慌てて、
「私はまだ未熟者です。王位を継ぐのは無理です。」
「それでは5年。期間をやろう。その間に王位を継ぐ心の準備をするがよい。」
「有難うございます。」
そして、ラルド王太子はフローディアを抱き締めて、
「リリデルク公爵家は犯罪者を出した。エストランゼとの婚約は破棄となろう。
フローディア。改めて、私の妻になって欲しい。君を憎む母上は離宮へ幽閉される。
だから、安心して、私の妻になって共に国を支えて欲しい。」
ああ…一時は諦めた兄への想い。
フローディアは嬉しかった。
「お兄様。いえ、ラルド王太子殿下。お父様お母様も文句を言わないでしょう。愛しております。わたくしも。」
ラルド王太子に口づけをされる。
フローディアは幸せに包まれながらその口づけを受けた。
フローディアはしばらくして、ラルド王太子と婚約を結んだ末、一年後、結婚をした。
アレフレッドは投獄され、リリデルク公爵家は、アルバンス公爵家へ莫大な慰謝料を払った。
婚約破棄をされたエストランゼは学園を辞め、外国へ留学した。
彼女は優秀な女性だ。外国で公爵令息に見初められたが、きっぱり断り、外交官になると言って頑張っているらしい。
国王陛下は二人が結婚してから4年後、退位をし離宮へ移り、イリア王妃と余生を楽しんでいるようだ。
ラルド王太子は国王へ即位し、フローディア王妃と共に、国を治めた。
国は大いに栄え、2人の王子にも恵まれ、ラルド国王に愛されフローディアは幸せに過ごしたと言われている。