ステップゼロ(3)
「お疲れ! どうだった?」
俯く僕の背中に、ダン先輩が声をかけてくれた。
「難しかったです。全然出来ませんでした」
「そっか。まあ、みんな初めはそうだって!」
そう言って明るく笑うダン先輩。
きっと僕に気を遣ってくれているのだろう。
そんな彼の優しさに、なぜだか無性に申し訳なさを感じてしまった僕は、まるでその居た堪れない状況から逃げるかようにぽつりと呟いた。
「……僕には向いてないのかもしれません」
もちろん、初日からうまくこなせるとは思っていなかった。
それにしても僕の体の動きは、思い描いたイメージの動きとはあまりにもかけ離れていて。
それに追い討ちをかけるように、周りの女子達の呑み込みが早かった。
実際のところはわからないが、少なくとも僕の目にはそう写った。
そこで思い出したのだ。僕には運動神経も無かったという事を。
考えれば考えるほどに、僕には向いてないと思えて仕方がなかった。
その思いが抱えきれないほどに溢れてきて、思わず口から出てしまったのだ。
そんな僕の様子を見て、ダン先輩はしばらく考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「――日向君さ、ダンスの起源って知ってる?」
「……知りません」
「諸説あるんだけどさ。
俺が印象に残っているやつでいうと、ダンスは昔の黒人奴隷が生み出したってやつ」
なにやら穏やかではない言葉が聞こえた。
少なくとも、この場で出てくるような言葉ではないと思う。
予想外の切り出しに僕は俯いていた顔を上げ、ダン先輩の顔を伺った。
ダン先輩は僕が話に食いついたのをチラリと見るなり、続きを語り始めた。
「奴隷として扱われていた黒人達が、会話を禁じられた状況で、それでもなおコミュニケーションをとるために生み出したのがダンスなんだって。
例えば、会話の代わりに足を踏み鳴らして意思疎通したりとかさ。
そういった動作が長い歴史の中でブラックミュージックと合わさって今のダンスになったっていうね。
もちろん最初に言ったように、諸説あるからさ。
こんなに残酷な話ばかりじゃなくて。
豊穣を神に祈る舞から始まったとか、色々あるよ。
それでもダンスっていうのはある種、『文化』とか『コミュニケーションツール』の意味合いが強かったんだろうな……」
ダン先輩はそう言って、思いを馳せるように遠くを見た。
僕はダンスにそんな歴史的背景があるのか、と驚嘆すると同時に、僕が如何にダンスというものの表面しか見ていなかったのかを、まざまざと思い知らされた気がした。
ダンスを覚えれば男らしく、格好よくなれるんじゃないか――そんな理由でここに来てしまったことが、とても浅はかに思えてしまって。
しかしダン先輩はそんな僕の様子を見るなり慌てて続けた。
「俺が言いたいのは、そういう難しい話じゃなくってさ。
日向君は今、ダンスの技術的な面しか見ていないと思うんだよね。
ダンスをやるっていうと、一見技術に囚われてしまいがちだけど、根本はそうじゃなくって。
昔の人が当たり前にやっていたコミュニケーションの一つだと思えばいいんだよ。
現に日向君は今、こうやって俺と会話できてる。
これと同じ。
本来ダンスは難しいものじゃなくて、自分を表現するための手段。
出来る技があれば、出来ない技もある。みんな違う。
――ひとつ面白い話があるんだけどさ」
楽しそうに話すダン先輩を見ていると、この人は本当にダンスが好きなんだなと思わされた。
そんな彼は一体、僕に何を伝えたいのか。その答えを求めて、僕は彼の次の言葉を待った。
「昔の有名なダンサーの話なんだけど、その人は当時流行っていたダンスが物凄く下手くそだったんだって。
そこで自分なりの動き方でそれをアレンジして、新しいダンスのジャンルを作り上げちゃったんだよ。
『ロックダンス』っていって、今ではアイドルとかがよく踊るジャンルなんだけど。
これって凄いことだと思わない?
例えばさ。日向君のあの独特の『アップ』のリズムも、突き詰めてけば『ヒナタ・ウォーク』みたいな技になるかもしれないんだよ!
……いや、それはないか」
首を捻るダン先輩。もしかして馬鹿にされているのだろうか。
僕は思わずダン先輩を睨んでしまった。
ダン先輩は「ごめんごめん」と眉をハの字にして笑う。
「ようは、それくらい自由でいいものだと思うんだよ。
正解があるわけでもなければ、不正解があるわけでもない。
だからこそ、技術の上手い下手はさらにその次のステップ。
『上手い』っていうのはさ。
極端に言えば、『そのやり方が格好いいと思う人が多い』っていう、ひとつの形なんだ。
目指してもいいし、目指さなくてもいい。
だから日向君も難しく考えすぎなくていいと思うんだよね。
――やりたいって思ったんでしょ?」
ダン先輩はその問いかけとともに、真剣な眼差しで僕の顔を見た。
その強い眼差しは、へこたれた僕を甘やかすでも無く、かと言って突っぱねるでも無く、真正面から僕にぶつけられたものだった。
決して僕を拒絶するようなものではない。
かと言って、僕に何かを期待していることもない。
ただ単純に『お前はどうしたいんだ?』と問いかけてくる。
――そうだ。別に彼は、僕に期待しているわけでも、失望しているわけでもない。
僕に失望しているのは、僕自身だ。
僕のやりたいことを遮っているのは、他でもない――僕自身なのだ。
「やりたい……です」
「じゃあその気持ちを大切にしなくちゃな!」
彼は僕の返事を聞いて、満足そうにその白い歯を見せた。
「――でも当然、上手い方がモテるよ?」
最後にそう言って悪戯っぽく笑うダン先輩。
僕は自分のきっかけを見抜かれたような気がして、急に顔が熱くなった。
そんな僕の様子を見て、「ははっ」と朗らかに笑った彼は、少しだけ恥ずかしそうに鼻を擦った。
「男子なんてみんなそんなもんだ」
――どうやら、あの日ステージの上で輝いていた彼のきっかけも、僕と同じだったようだ。
***
「これでよしっと」
学年、クラス、名前。
そして希望する部活動の名前。
記入欄を全て書き終えた僕は、ふぅと一息ついてから、改めて手元の『入部届』に目を通す。
僕に出来るのか。それは正直わからない。
でもそれは、今いくら考えてもわかるものじゃない。
まずは一歩。初めのステップを踏み出してみるんだ。
FA提供:あさぎ かな様
最後までお付き合いいただきましてありがとうございます!
2024年のオリンピックから『ブレイクダンス』の種目が追加されたようですね。
所謂ダンスバトルって、ランダムに流れた音楽に対して、即興で踊る形式だと思うのですが。
それをオリンピックでやる場合、どういうルールでやっていくのかなぁ……と思ったのがこのお話を書いたきっかけです。
作中で書いたように、自由な形が尊重されるダンスにおいて、オリンピックという舞台でどう優劣をつけるのかなぁ、と。
結局全然関係ないお話になっちゃいましたが。
途中、黒人奴隷の話が出ましたが、これは人権侵害について言及する物語ではないので、その部分について深く追求することはせず、あくまでダンスの起源として諸説あるうちの一つということで紹介させていただきました。
気分を害された方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
よければ評価や感想等いただければと思います。
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!




