ステップゼロ(2)
ダンス部の活動は放課後、生徒のいなくなった3ーAの教室で行われているらしい。
僕ら一年生の教室は三階。一方で、三年生の教室は一階にある。
どうせ翔と凪も一階まで降りるのだから、途中までは一緒に行けばよかった、などと考えてしまっている時点で心細さに負けてしまっている気がする。
そんな考えを振り払うように頭を左右に振り、僕は歩みを進めた。
そうしてやっとの思いで辿り着いた3ーAの教室で、僕は自分の目を疑う光景を目の当たりにする。
視界に映るのは、女子、女子、女子……。
(男子ダンス部は……?)
ステージで踊っていた彼はどこに?
いや、彼でなくとも男子ダンス部を目当てに来た新入生の姿が見つかればそれでもいい。
きょろきょろと辺りを見回すが、一向にそれらしい人物の姿が見当たらない。
そんな一見挙動不審な僕の様子を見かねた一人の女子生徒が恐る恐る僕に話しかけてきた。
「男子、だよね?」
「……はい」
僕は力なくそう返す。
制服でもなく、体操着でもなく、動きやすい私服に身を包む彼女はおそらく先輩なのだろう。女子ダンス部の。
彼女は僕の返事を聞くなり、足早に3ーAの教室の入り口付近まで進むと、そこから教室内に向けて声を張り上げた。
「男子きたよー!」
「まじか!?」
教室の中から聞こえたこの声――あの日聞いた彼の声だ。
慌ただしい足音を立てて駆けてきた彼は、教室から顔を覗かせた。
嬉々とした表情を浮かべていた彼だったが、僕と目が合うなりその表情は驚きに変わって固まってしまう。
そうしてすぐに、彼は先程の女子の先輩の方に視線を移した。
「この子……男子?」
「うん。私も同じことを思ったけど。学ラン着てるし、何より本人がそうだって言うし」
僕は二人の会話を聞き、またか、と肩を落とした。
生まれてこの方、僕は自分の容姿のことを好きだと思ったことが、ただの一度もなかった。
低身長。細くて華奢な体つき。幼い顔立ち。高い声。
あ、最後のは容姿ではないか。とにかく挙げたらキリがない。
そんな特徴から、僕はよく女の子に間違えられていた。
初めて好きな子に告白した時のことを僕はいまだに忘れられない。
「ごめんなさい。私より女の子っぽくて、そういう風に見れないの」
――僕はそんな自分を変えたくて。
この高校で格好いい部活に入って、男らしくなりたくて。
そうだ。だからこそ、この部活に入ろうと決めたのだ。
僕は改めて決意を胸に刻み込み、大きく口を開いた。
「男子ダンス部の体験入部で来ました! よろしくお願いします!」
***
3ーAの教室内の机や椅子は教室の前方、教卓側に全て寄せられていた。
さながら『掃除の時間』で、教室の半分を掃除する時のようだ。
そうやって空きスペースを作り、そこで練習しているのだと言う。
もちろん、部活の終了時には、寄せた机を元に戻す作業が待っている。
それでも得られるスペースはかなり狭いので、足りない場合は顧問の先生の許可を取り、3ーBの教室も同時に使ったり、廊下を使ったりと、練習場所の確保には色々と苦労しているようだった。
「ごめんな。男子は俺一人だけだから、基礎練は女子と合同でやってるんだ」
別の空き教室で体操着に着替えて戻った僕に向かって、申し訳なさそうにそう言う唯一の男子ダンス部員の先輩。
彼は自分のことをダンと呼んでくれと言っていた。
女子ダンス部と、それに入りたい女子達で大半が埋まっている3ーAの教室内。
その隅で、ぽつんと男子二人。
なんだか肩身が狭いなぁなんて思っていると、先程僕に声をかけてくれた女子の先輩が前に立った。
「じゃあ基礎練ね。新入生の体験入部も兼ねてるから、とりあえずリズトレしよっか」
そう言う彼女の声を聞くなり、ダン先輩は肩身の狭さなど微塵も感じてないとばかりに文句を垂れた。
「えー! 俺リズトレあんまり好きじゃない」
「黙りな! 日向君も、そこの脳筋パワームーバーなんか目指さないで、私たちと一緒にヒップホップやろうよ!」
「お前らのはガールズ・ヒップホップだろ!」
(……何言ってるのかさっぱりわからない)
僕は「ははは」と愛想笑いを浮かべることしか出来ずにいた。
***
「……はあ、はあ……」
僕は息を切らし、膝に手を当てて俯いていた。
「体験入部はここまで! お疲れ様ー!」
先の女子の先輩にそう言われて解散となったのだが、僕はどうやら基礎の基礎すらまともにできないようだ。
――リズトレとは『リズムトレーニング』の略のことだった。
その中で僕らが最初にやったのは、『アップ』と『ダウン』のリズム取り。
肩幅よりも少し広いくらいで足を開き、音楽に合わせて膝を曲げ伸ばししてリズムを取る――所謂、音楽にノる動作だ。
『アップ』と『ダウン』の違いは、音楽の中で膝を曲げ伸ばしするタイミングの違いだけらしい。
『アップ』とは「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」のリズムの「ピ」でヒザが伸びるリズム取りのこと。
逆に『ダウン』とは「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」のリズムの「ピ」でヒザが曲がるリズム取りのこと。
こんな言葉を聞くのすら初めてだった。
しかし、こうやって名前を知った上で改めて考えると、僕は今まで音楽にノる動作というものは『ダウン』だけだと思っていた。
まさかこれの逆があるなんて。
しかし、それだけでこの話は終わらない。
僕はとうとう、この体験入部時間の中で『アップ』のリズムを取ることができなかったのだ。




